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8月の新刊 あさのあつこ『風を繍う』取材ルポ
京都に刺繍職人を訪ねる

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あさのあつこ『風を繍う』取材ルポ

『バッテリー』の刊行から20年。デビュー以来、ヤングアダルト向けのみならず、現代小説、時代小説など多彩なジャンルで作品を発表しつづけているあさのあつこさん。このたび上梓した『風を繍(ぬ)う』は、江戸を舞台に、剣才ある町娘と刺繍職人を志す若侍の人生が交差する時代小説だ。

江戸・深川の縫箔(刺繍)屋丸仙の娘・おちえは、「弟子入りしたい」と突然丸仙を訪れた美しい若侍・吉澤一居に心を奪われる。一居はなぜ、武士の身分を捨ててまで刺繍職人になることを切望するのか。そして江戸中を震撼させた娘斬殺事件の行方は――。執筆にあたり、刺繍職人の世界に直に触れたいというあさのさんの希望で、京都へ取材に赴いた。
写真・文/編集部

風を繍う

著者略歴 あさの・あつこ
1954年岡山県生まれ。青山学院大学卒。累計1000万部を超えるベストセラー『バッテリー』シリーズは野間児童文芸賞、日本児童文学者協会賞などを受賞した。ヤングアダルトから時代小説まで、ジャンルを超えて活躍している。小社刊行作品に太平洋戦時下の少女たちの青春を描いた『花や咲く咲く』がある。冒頭の写真は、京都・西陣で。

――「京繍すぎした」は、京都市北区の住宅地の一角にある。町家の玄関で迎えてくれたのは代々刺繍業を営む杉下晃造さんと奥さまの陽子さん。まず数百もの家紋の刺繍を見せてくれた。日本の伝統色に染められた絹糸で精緻に刺繍された意匠に、あさのさんも思わずため息が漏れる。

あさの「ほんとうに細やかで、美しい。見ていて飽きません」

陽子「すべての図案に物語があるのですよね。それを知るのもまた楽しい」

――庭に面した明るい和室では、女性ふたりが静かに針を動かしている。刺繍は音のしない生業だ。

あさの「江戸時代は女性の職人もいたのでしょうか」

晃造「多くの職人の世界と同様、おそらく男性が大半だったのでは。私の記憶にある昭和30年代前半も男性がほとんどで、非常に厳しい仕事でした。6畳間に4人で刺繍台に向かい、夕方になると刺繍台を片づけて食事をし、ふとんを敷いて雑魚寝する……」

あさの「晃造さんも一緒に暮らしていたのですか?」

晃造「はい。ただ、昭和30年代後半になると、新卒の女性もたくさん入って来たので、高校生の私は家から出されました」

あさの「なるほど、その頃になると、女性の職人さんが増えるのですね」

――現在修業中というおふたりは、伝統工芸に魅せられて市内から通ってきているそうだ。

今回の連載は江戸の下町が舞台となる。江戸と京都で違いはあるのだろうか。

「とんぼ」と呼ばれる道具で糸を紙管に巻き取る

「とんぼ」と呼ばれる道具で糸を紙管に巻き取る晃造さん。「扇風機を改造して巻き取り機を作ったこともありました」

陽子「多少違いはありますが、基本的には変わりません。江戸時代から、道具もほとんど変わっていないはずです。少しやってみますか?」

――おそるおそる針を持ち布に刺してみるあさのさん。「きゃー! 全然違う場所に刺しちゃった……私本当に不器用で。指を刺すこともありますか?」

晃造「ええ。針は鹿皮の指貫も破ってしまうのです。昔はローソクのロウをさっと垂らして殺菌しました」

あさの「えっ! なんと豪気な……」

――刺繍というと華やかなイメージがあるが、それだけではないようだ。住み込みのほか「渡り」(日雇い)の職人もいたという。

晃造「鳥を繍うのが上手い人でした。腕は良いがちょっと癖のある人でね。呼ぶと鳥の絵柄だけ繍って帰っていく。でも小学生の私を自転車の後ろに乗せて遊んでくれたこともありました」

――2階には古い道具類や絹糸が仕舞われている。陽子さんが、先代が繍ったという美しい反物を出してくれた。

先代が刺繍した反物

陽子さんが手にするのは先代が刺繍した反物。大きな蝶のモダンな柄だ。

あさの「銀の箔もあしらわれていてなんという美しさ」

陽子「着物は、絵柄の考案、染め、摺箔、刺繍と、さまざまな職人の技の結晶です。残念ながら、和服の需要が減ってしまっているので、いろいろ新しいことも始めているのですよ」

――見せてくれたのはウェディング用のリングピロー。しっとりと輝く純白の小さなピローの端に鶴と亀が繍いとられている。またひとつ溜め息をつくあさのさん。

針の持ち方を教えてもらうあさのさん

針の持ち方を教えてもらう。「職人さんを見ている分には簡単そうなのに!」とあさのさん。

美しい刺繍と、厳しい職人の世界。この取材であさのさんが体感したものが、見事に昇華された時代小説『風を繍(ぬ)う』、ぜひお楽しみください。

※本記事は「月刊ジェイ・ノベル」2014年11月号掲載記事をもとに構成しました。

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