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6月の新刊『悪徳(ブラック)探偵』刊行に寄せて
アンチ・ハードボイルド(?) 安達 瑶

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――――男女ふたりの合作作家である安達瑶。実業之日本社文庫初登場を記念して、安達О(オー)さん(男性)と、安達B(ビー)さん(女性)、そして登場人物黒田氏による鼎談風エッセイをお届けします。

安達O「本日は我々のような者に新作を宣伝するための、このような場を与えていただき」

安達B「まことに感謝の念に堪えません」

黒田「そんな当たり前のこと言うなや。オモロないわ」

「むむっ。あなたはもしや……黒田社長?」

「そうや。黒はブラックの黒、田はライスフィールドの田、二つあわせてブラックフィールド。ブラックフィールド探偵社いうたらウチのことや。しかしあんたらもこういう鼎談させて貰えるちゅうのんは、ずいぶん偉うなったもんやのう」

「おかげさまで。デビューした時は官能、それも男女合作ということで、完全にイロモノ、キワモノ扱いでしたから」

「ようもまあコンビ別れもせんと二十年も続けて来たな」

「合作の苦労はそれなりにあるけれど、映画の助監督をしていた頃と比べれば軽いもんです。何しろ僕の師匠だった人は、昨日と今日とで言うことが百八十度違ったりしたので。合作ってそういうことでしょう。別な頭の持ち主が打ち合わせた後もずっと考えてるんだから、次の日に会ったときに違うことを言い出すのは仕方ない。『もっといいアイディア』が浮かんだら、その方が絶対いいわけだし。だけどこっちは元のアイディアに沿ってイメージを膨らませていたりするので、そこで話し合いが必要になるわけで」

「そう。だからわたしがコロコロ意見を変えても我慢できるって相方は言うのね。それを思えば故・市川崑監督には、生前お目にかかる機会は一度もなかったとはいえ、足を向けて寝ることができません」

「それを言うたらワシかて、生みの親であるあんたらには足向けて寝られんことになるけど、どっちやねん、ワシのキャラクターを思いついたんは?」

「それは相方のほう。わたしたちは『悪漢(わる)刑事(デカ)』っていうシリーズをずっと書いていて、それが好評だったので、このお仕事もいただけることになったという経緯が」

「あのヤクザよりタチの悪い刑事の話か。それがウケたんで今度はヤクザみたいな、否、ヤクザそのものの私立探偵のハナシっちゅうことか」

「というより、やりたかったのは、いわゆる正統的ハードボイルドのアンチ。ほら、トレンチコートの襟を立ててソフトを目深に被って寂れたバーのカウンターでバーボンのグラスを傾けるみたいなアレは、日本でやるのは相当無理があると以前から思っていたので、その真逆のカッコ悪い……失礼、身もフタもない探偵が主人公というのはどうかと」

「日本の私立探偵は銃の携帯もできないし、やっぱり何らかの『力』がバックに欲しいということで」

「それでヤクザかい。力、言うたかてワシらも最近は暴排条例とかで手足縛られた状態やけどな。昔はワシらとカタギの人らとの間には、深くて広い溝があったもんやが、今は素人がワシらみたいなことを平気でやっとる」

「規制緩和というか、参入障壁がどんどん低くなってる」

「そういうことや。ワシらヤクザと霞が関のお役人のやってたことは、ある意味似てたんや。役人の振りかざすのが許認可権ならワシらの武器は代紋や。その効き目が無(の)うなって素人が好き勝手できる時代やから、まあ色々あるわな」

「素人とプロの垣根が低くなっているのは女の人も同じで、それで奔放すぎる広報ウーマンの第三話を思いついたのね。女性アナウンサーに『清廉性』を求めたテレビ局が内定取り消そうとして負けたとか、わたし的にはワクワクする感じ?」

「その件は同感だけど、かと言ってすべてズルズルになるのはねえ。世の中には何らかの歯止めは必要なんじゃないの?」

「物事は良い面を見ないと。女の人をまとも/まともじゃないの二種類に分けて『まともじゃない』に分類された時点で人生終わりなんて今時ヘンでしょ。プロ野球選手だってメジャーに行って戻って来れる時代になっているというのに」

「それとこれとは話が違う!」

「夜職(よるしょく)や風俗に一度行った女が戻ってきたらアカン、戻って来られても困るいうんは男のロマンやな。ワシが初登場の第一話、消えたAV嬢を探す話やけど、あれはカメラの前で何もかも見せたような女が引退して、そのへんで当たり前の顔して暮らしてられても困る、それは無い、ちゅうことやろ?」

「困るというより、あれだけ顔も躰(からだ)も知れてしまったヒトが、バレたりせずに普通に暮らせているんだろうか? っていう素朴な疑問はありますね。だからこそ『消えたAV嬢』の都市伝説もあるわけで」

「毎年あれだけたくさんデビューして、そのうち消えてゆく彼女たちは一体何処に行ってしまうのか、という疑問が」

「けど案外、みんな普通に暮らしとるもんやで」

「第一話を書くときに相方はAV嬢のことをあまり知らないことに気がついて、調べるのに結構時間がかかったそうだけど、その後、わたしも資料を読んで、『「AV女優」の社会学』っていう学術書の要件を満たしつつ実はインサイダーというか当事者が書いてる凄い本なんだけど、それはとても参考になった。AV嬢の話、第三話にも出てくるから」

「あの三話の依頼人のお嬢ちゃんにはワシも往生したがな。リベンジポルノの被害者やと思うて同情したんやけどな」

「リベンジポルノは犯罪だから同列には語れないけど、不運にして被害を受けた人たちもそこで人生終了とか思わないで欲しいのね。一線を越えても戻って来れる時代になった、と考えれば……なんて言うのかな、自分の本質は何も変わらない! と開き直って世間の圧力を跳ね返せ、みたいな」

「打たれ強さは生きていく上には大事だよね」

「相方はツイッターやってないけど私は一応女で、官能書いてるってことでどれだけ叩かれたか判らないです。でもそのうちに気づいた。ネットであれこれ言われるくらい全然、大したことじゃないって。回線切って、部屋でも掃除すればどうでも良くなるし美味しいものの味が変わるわけでもない」

「ツイッターなんかやめてしまえばいいのに」

「やめない。だって、クオリティの変化はあったけど、ネットはやっぱり面白いものだよ」

「さよか。ネットたらいうもんがなければあんたらも知り合うことはなかったし、ワシの存在もなかったわけや」

「なんだかんだ言っても我々はパソコン通信の時代から、ネット社会と技術の変遷はつぶさに見てきてるわけで」

「接続の時にモデムがピーガー音を立てていた転送速度300bpsの時代からだものねえ。今の高速通信なんて想像も出来なくて。テラとかギガとか何それ美味しいのって言う」

「重い箱形のデスクトップに牛のヨダレみたいにゆっくりゆっくり情報が送り込まれてきた二十年前と、掌のスマホで何でもさくさく検索の現在とではクラウド化が便利すぎて」

「それで第二話を思いついたのね。あの手の『家電』って言うか超高機能のダッチワイフの話、わたしたちずっと前にも書いたことがなかった?」

「書いた。Windows95が出た頃に。当然、自動的にアップデートなんて親切な製品であるハズもなく、しかも肝心の『部品』を買い足さないとまるっきり役に立たない、という当時のパソコンあるあるみたいな話のパロディになったので官能だと思って読んでた人はストレス溜まっただろうなあ」

「『部品』てオ×コのことか? まあ要するにあんたらはネットから生まれた安達瑶いうユニットやいうことやな」

「そういうことですね。ネットは様々な障壁を軽々と超えて、離れたところにいる人と人を結びつけるし」

「エディタが可能にした編集技術がなければ、相方と私のテキストを融合させることも出来なかったわけだし」

「『ボーダレス』っちゅうことか。素人とプロ、ヤクザとカタギ、何もかも境目が無うなってややこしい時代や。第四話でワシがシメたった人殺しのおばはんも、アレは素人やったしな」

「素人のくせにやってることはヤクザ顔負けといえば、ブラックと言われる企業群がまさにそれで」

「最終話か。ワシらが暴排条例守らされてシノギもままならん言うのに、上場してるカタギの企業がタコ部屋みたいな真似しとったら、そら何のために法律があるねん、いう話になるわなあ」

「何かをカモにしなければやってられないのが資本主義で、今までは遠い貧しい国々をカモに出来てたんだけど、そういう国々も力をつけてきたので、食いつぶす対象が例えば同じ日本国内の労働者とかにシフトしただけ、みたいな内容の連載を水野和夫さんが『新潮45』に書いてる」

「そうかそうか。資本主義もワシらヤクザも同じか。そらええわ。流行りのピケティたらが言うとるr>gは『ヤクザのシノギ>カタギの暮らし』みたいなもんか」

「それはちょっと違うような気が」

「けどなあ、いっときネギ背負ったカモで豪勢な鴨鍋毎晩食うてる生活もそうそう長続きするもんやないで。ワシも、ベンツに乗って札ビラ切っとったのは昔の話や。新しいシノギに乗り出すか、生かさず殺さずで行くか。それでワシも探偵社を始めたわけやしな」

「まあ何事もボーダレスで何でもアリの昨今、生かさず殺さ……もとい、持続可能性は非常に大事ということで。本日は安達の新刊のプロモーションにご協力いただき」

「まことにありがとうございました」

「おう。あんたらの本よう売れるようにワシも祈っとるで」

※本インタビューは月刊ジェイ・ノベル2015年7月号掲載記事を転載したものです。

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