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6月の新刊 堂場瞬一『1934年の地図』刊行記念インタビュー
“人間臭い”野球人が歴史の謎を解く楽しさ

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堂場瞬一

『チーム』や『大延長』など、スポーツ小説の名手として知られる堂場瞬一さん。実業之日本社創業120周年記念作品として特別描き下ろし作品を上梓した堂場さんに、今作への思いと、これまで手掛けてきたスポーツ小説について伺いました。

構成/宮田文久

――新刊の『1934年の地図』は、1934年と1960年を往還しながら、野球を愛してやまない日米のふたりの男の友情、そして史実の“暗部”に秘められた謎が描かれる、歴史エンタメ・サスペンスになりましたね。

堂場:野球への熱い思いあり、歴史あり、謎解きありと、多くの要素が入った、自分としても極めて珍しい小説になっています。史実を元にしながら、フィクションとしての“嘘”を混ぜ込んでいく作業は、とても楽しいものでした。

――物語の序盤は1960年が舞台。東京大学の地理学者である京極勝の前に、元大リーガーで同じく地理学者になっているディック・チャンドラーが現れます。彼は26年ぶりの来日なのですが、京極が旧交をあたためようとしても、どこか含みがあって心を開き切ってくれないわけですが……。

堂場:ディックは1934年に実際に来日した大リーグ選抜チーム――いわゆる“ベーブ・ルース・オールスターズ”の一員だった、という設定です。京極はその当時学生で、選抜チームの通訳としてディックと出会い、友情を深めていった。
日本のプロ野球が生まれるきっかけになった時期の話で、野球史のなかでも非常に大きな出来事。まずそのベーブ・ルース・オールスターズに興味を抱き、そこにフィクションの人物を配置していく、という進め方でした。

――実際に行われた試合の詳細な描写もありますよね。現実に行われた試合の記録を元に、そこに架空の人物が自然と溶け込んでいる様子は、とても新鮮です。

堂場:本当の出来事をベースに、本来ならそこにいない人が混じっていく。ベーブ・ルースの造形にかんしても、少し野球に詳しい方ならご存知でしょうが、酒と女性に溺れる豪快な人物だったわけで、彼を肉付けして書いていくのは本当に面白かったです(笑)。執筆しながら、「歴史小説や時代小説を書かれる方の楽しみはコレか!」と発見がありましたね。

――1934年当時の日本の街並みに、虚実双方のキャラクターたちが息づいている点も、とても読み応えがありました。

堂場:野球というものは“記録のスポーツ”だと感じています。スコアブックのつけ方を発明した19世紀のスポーツライター、ヘンリー・チャドウィックがアメリカ野球殿堂入りしているくらいですから、記録に非常に重点を置いているわけです。そして日米双方、野球の歴史はスポーツマスコミと共に歩いてきたところがある。ですから、試合の外、言わば“本筋”以外のエピソードも数多く残っている。ここまで歴史がきちんと残されているスポーツはあまりないですし、だからこそ同時代の歴史を描くという点でも親和性が高い。

――日米の歴史の“暗部”として、ディックが1934年に来日した時のある出来事が描かれ、まさに彼の心中にある“暗い影”を落とすわけですね。そしてその謎が、1960年の京極との再会につながります。1960年という設定もまた絶妙ですね。

堂場:戦後、まだたった15年しか経っておらず、1ドル360円の時代です。京極がディックの抱える“謎”を解きにボストンへ向かうのも学会の発表があったから可能だったように、業務や視察、留学といった目的がなければ海外旅行が不可能でしたし、その後の1963年にやっと外貨の持ち出しが500ドルまでの制限付きで許されたような頃でした。

――アメリカから日本は近くても、日本からアメリカは遠かった時代。

堂場:物理的にも精神的にも、とても遠かったはずです。だからこそ、京極の“謎解き”にもドキドキ感が醸し出されたかな、と。1963年に王貞治や長嶋茂雄がパリに遊びに行ったという話が残っていますが、そうした海外旅行はやはり特定の人に限られた時代。東大の教授だったとしても、そんなに頻繁に渡米はできるわけではなく、京極のように初めてアメリカに行くということは、訳の分からない経験だったと類推されるわけです。
そうしたハラハラした感情を、京極には抱いて欲しかった。謎解きのために渡米したのに、行ったら行ったでまた新たな謎を掴んでしまうような不安感――そうした感覚は、作品のなかでうまく出せたと思います。

――京極とディック、二人が地理学者であるという点も、時代性が浮かび上がってくるポイントですね。

堂場:地図というのはまさに“刻まれた記憶”。ある時代、ある時期で、その土地をスパッと切った“断面”ですよね。そうしたロマンあふれる地図を調べながら、舞台のひとつである横須賀を歩き回ったりしたのですが、未だに昭和感が街の至るところに残っていて、非常に勉強になりました。

――ディックは地理学を志す学生でありながら、野球選手としてベーブ・ルーズのチームに帯同。まだアメリカ人が日本をうろうろしているのは珍しい時代で、警察官がディックを詰問するシーンがあります。学生かつ野球選手というのがよく分からない、と。

堂場:ディックはその後もしばらく野球人生を送り、京極は地理学一本に絞る。ディックのような生き方は、日本人からするとなかなか理解しにくいかもしれませんね。ゲイル・ホプキンスという、広島や南海でもプレーした有名な元大リーガーであり、医者になった人物がいますが、それこそ彼もシーズン中でも医学書を読んでいるような変な選手だった、という記憶のされ方をしている。アメリカだったら、両方できるんだったらやったらいいじゃないか、という感覚があるはず。
でも、そうした人物を描くことは、私の小説執筆にかける大きな思いの表現でもあります。私は“違和感”を持ち込むことこそが、小説の醍醐味だと思っています。実は、共感は特に要らない。「ああ、自分とは違うけど、こういう人もいるのか」と感じてもらうことが、小説の目的だと考えているんです。

――共感よりは、“違和感”が重要だと。

堂場:私が海外ミステリを読むのが好きだということも、そうした理由によるんです。自分の知らないものがたくさん出てきますから。そして、登場人物に共感したいわけではない。たとえどんなにクズな人物であっても、自分の肌感覚としては分からないけど、今まで知らなかった人物像を見せてくれたからいいや、と(笑)。ですから、自分が書くときもそうしたテンションになるのだと思います。

――堂場さんが描くスポーツ小説に出てくる人物たちは、強烈なキャラクターが多いと思いますが、その理由がよく分かりました。

堂場:自分の周りにはあまりいてほしくない人物が多いですよね(笑)。でもエゴが強くない人間は、アスリートとして強くなれないですし、強烈なエゴを持った人間を“読む”のは楽しい。たとえばビジネスマンなら、ライバルと直接対決できる場面というのはなかなかない。自分の業績を上げて相手を追い抜く、という間接的な戦いが多いはずです。でも野球なら、ライバルと直接ぶつかることがある。エゴ同士がビリビリと鍔(つば)迫り合い、神経の先っちょが飛び出たような状態で突っつきあう……私はそういう話が本当に好きです(笑)。

――なるほど。堂場さんはそうしたスポーツ選手らしいエゴをデフォルメして描いているわけですね。

堂場:まさにそう。語弊があるかもしれませんが、犯罪とスポーツというのは人間のエゴが分かりやすく一番突出するジャンルだと思うんです。ですから、私がスポーツ小説と警察小説を両方書いているのは、自分としては筋が合っていると思っています(笑)。

――それにしても、京極もディックも、そしてベーブ・ルースも、野球にかかわる人物には独特の味わいがありますね。

堂場:人間臭いですよねえ。書いていると、キャラクターがひとりでに動き出して、自然とそうなっていく。ポジションによっても微妙に性格が変わってきますし、まさにいろんな人間のタイプを注ぎ込み、描くことができる、“器”のようなジャンルだと感じます。

――そうした人間臭いキャラクターの人生のひと時をそっと“切り取る”ような、物語の趣深い着地の仕方も、堂場さんの小説の醍醐味です。

堂場:もちろん、小説の設計図は最初にきちんと用意します。その上で、登場人物には彼らなりの人生があるから、私はあまりコントロールしすぎないようにして、キャラクターが勝手に動いて、設計図からはみ出していってもらえると楽しい。たとえ本が終わっても、私が想像もしないような人生を彼らが送るかもしれない――そんな感触が好きですね。

――今回の『1934年の地図』は、実業之日本社創業120周年記念の刊行物の一冊です。実業之日本社では、2003年にマラソン選手を描いた『キング』以来、ずっとスポーツ小説を書いていらっしゃいます。

堂場:実は『ラストダンス』の原型になった短編を2001年に書いているんです。ナックルボールの原理を描いた「四分の三回転」(「週刊小説」2001年6月8日号掲載)というもので、短編をあまり書かない私にとっては珍しい単行本未収録の幻の一本なんですよ(笑)。それにしても、野球に陸上競技、競泳にクロスカントリースキーと、本当に好き勝手書かせてもらえて、嬉しい限りですね。
マラソンとドーピングを絡めた『キング』、一時大変な話題になった“高速水着”ことレーザー・レーサーを元ネタにした『水を打つ』(2010年)などは、時事ネタを使っているものですが、それこそ警察小説にも通じるような「“公平性”とは何ぞや?」という問いを突き詰めている感じですね。『ヒート』(2011年)は、世界最高記録達成のために新設されたマラソン大会を描いたものですが、先だっての2017年5月にナイキが行った2時間切りプロジェクト「Breaking2」(注:ランナーに最適な環境をサポート、非公式記録ながら2時間00分25秒達成)の話を聞いた時は、もしや担当者がこの小説を読んだんじゃないかと思いました(笑)。いろんな小説を書いてきたからこそのシンクロですね。

堂場:今回は野球と史実を題材にハイブリッドな小説を書いたので、次作はよりスポーツそのものを描くストレートプレイな作品を手掛けようと思っているところです。これからも楽しみにしていてください。

(2017年5月 都内で)

堂場瞬一

どうば・しゅんいち
1963年生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業。2000年『8年』で第13回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。警察小説とスポーツ小説の両ジャンルを軸に、意欲的に多数の作品を発表している。小社刊行のスポーツ小説に『チーム』『大延長』『ラストダンス』『20』『独走』など。

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