
文庫版『死体の汁を啜れ』刊行記念すべては謎解きのために。中国熱狂! 白井智之が明かす創作の裏側
インタビュー・対談
2025.05.02
中国でも人気を博しているミステリーの鬼才・白井智之。日本国内では、『名探偵のいけにえ』が2023年本格ミステリ大賞受賞、「2023年 本格ミステリ・ベスト10」第1位など、ミステリ・ランキングを席捲。その独創的な世界観は、冷徹な論理と緻密な構成に支えられている。異様な死体や設定も、すべては「謎」を成立させるための必然──。
今回のQ&Aは、中国版『死体の汁を啜れ』(原題:『死神广播』)の翻訳出版を手がけた磨鉄グループの発案により、2024年に実施されたもの。中国読者の熱い問いかけに著者が回答を寄せ、中国のSNSで発表された。文庫版『死体の汁を啜れ』刊行記念として、国内初公開する。
Q 白井先生は、『名探偵のいけにえ』や『死体の汁を啜れ』など、想像力豊かな設定をどのように思いつかれたのでしょうか。先生の創作のインスピレーションについてお聞かせいただきたいです。
A それぞれの作品でやってみたい〝たくらみ〟があり、それを実現するための設定を考えます。『名探偵のいけにえ』では多重推理のアイディアから、信仰を持った人々が暮らす外界と隔絶したコミュニティという舞台を選びました。『死体の汁を啜れ』では死体を使ったアイディアをたくさん描きたいという思いから、殺人事件の発生率が異様に高い街、という舞台をつくりました。
Q 先生がミステリー作家になられたきっかけは何でしょうか。また、なぜこのようなエログロの文体をお選びになられたのでしょうか。
A 子どもの頃からミステリーが好きで、初めは事件現場の絵を描いたり、トリックを考えたりしていました。やがてそれを小説で書いてみたいと思うようになり、執筆を始めました。二〇一四年に『人間の顔は食べづらい』が横溝正史ミステリ大賞の候補になり、落選したものの、有栖川有栖先生と道尾秀介先生が「本にしてはどうか」と提案してくださったため、デビューすることができました。
もともとホラーも好きで、ホラー小説の賞にも原稿を送っていたのですが、鳴かず飛ばずでした。そこでホラー映画のようなグロテスクな世界観で謎解きミステリーを描いたら面白いのでは、と思い立ち、『人間の顔は食べづらい』を書きました。この作品を書くのがとても面白かったため、この方向をもっと追求してみたいと思うようになりました。
Q 作品のトリックについて、実際の事件を参考にされることはございますか。
A 実際の事件がトリックの参考になることはほとんどありません。ただトリック(ないしは作品の核になるような〝たくらみ〟)を思い付いたとして、それは出発点に過ぎず、そこから、なぜそのトリックが使われたのか、なぜその人物は殺されたのか、犯人はどのように凶器を手に入れ、被害者の行動を把握し、自身の痕跡を消し去ったのか……といった無数のディティールを考え、矛盾なく成り立たせなければなりません。自分の執筆時間の大半はこうした細かい帳尻合わせの作業が占めています。そしてたびたび、なんだかしっくりこない、もっと良いピースがありそうなのに見つからない、という状態に陥ります。そんなとき、実際の事件について見聞きしていたことが物語の隙間にピタッと嵌まり、この状態から抜け出すきっかけを与えてくれることがあります。
Q 先生の作品の中で、主な登場人物の設定に、先生ご自身を参考にされたことはありますか。また、先生に似ている主人公はいらっしゃいますでしょうか。
A 自分を参考に登場人物の設定を考えたことはありません。似ている主人公もいません。ぼくはすぐ人を殴ったりはしません(笑)。
Q 白井先生のお好きなミステリー作家はどなたですか。また、お好きな作品についてお聞かせいただけますでしょうか。
A 好きな作家はたくさんいますが、もっとも熱中したのは横溝正史です。本格ミステリーとして優れていると思うのは『獄門島』ですが、小説としてのお気に入りは『悪魔の手毬唄』です。他にも面白い作品がたくさんあります。
Q 先生のお好きな映画は何でしょうか。
A これもたくさんありますが、リドリー・スコット監督の『エイリアン』がとても好きで、今年はフェデ・アルバレス監督の『エイリアン:ロムルス』を何度も観ました。このシリーズはただエイリアンが恐ろしいというだけではなく、繁殖や成長などの生物の仕組みそのものを気味の悪いものと捉えているところがあり、そこに非凡な魅力があるように思います。
Q もし先生がミステリー作家にならなかったとしたら、どのような職業に就いていたと思いますか。
A 大学を卒業した後、Web関連の仕事をしており、作家になった後もしばらく続けていました。作家になっていなければ今もこの仕事を続けていたと思います。
Q 白井先生は、以前の設定を使って新しい物語を作られることがあるのでしょうか。
A 特殊設定もののミステリーを書くときは、その設定から生まれたアイディアの中で一番良いものを使うようにしています。そのため一つの作品を書き上げた後、同じ設定で続きを書きたいと思ったことはありません。ただもしその設定でより良いアイディアを思い付くことがあれば、また書いてみたいと思うのではないかと思います。
Q 特殊設定系ミステリーは、論理的なズレが生じやすいものなのでしょうか。小説を書き上げた後に、何度も再確認する必要があるのでしょうか。
A 通常のミステリーと比べて特殊設定ミステリーは論理的なズレが生じやすい、と思ったことはありません。どんな作品もさまざまな要素から成り立っており、設定もその一つに過ぎないと思うからです。ただ書き手と読み手が同じ世界(=現実の世界)を前提にしていない分、認識にズレが起きたり、疑問が生じたりしやすい、ということはあると思います。
なおどのようなタイプの作品であっても、何度も確認と修正を重ねながら完成稿を仕上げていく、ということに変わりはありません。
Q 中国にいらしてサイン会などのイベントを開催される可能性はございますでしょうか。
A これはぼくの力ではどうにもならないので、ぜひ書店や出版社にお願いしてみてください。ぼくも中国へ呼んでもらえるような作家になれるよう、さらに腕を磨いていきたいと思います。
この場を借りて、中国の読者の皆様、ご質問を寄せていただいた皆様、また『死体の汁を啜れ』の翻訳に携わってくださった方に、あらためてお礼を申し上げます。ありがとうございました。