
評価社会を生き抜くために養老孟司と名越康文が語る、“他人のものさし”から自由になる思考法
インタビュー・対談
2025.05.09
大学や社会での評価、承認欲求、そして成功への渇望――現代人の多くが無意識に追いかけているこれらの価値観に、解剖学者・養老孟司は真っ向から異を唱える。学生時代から一貫して「人の評価は意味がない」と語り、自らの関心に忠実に生きてきた養老氏。精神科医・名越康文との対話を通して、評価に振り回されずに自分の軸で生きるヒントが浮かび上がる。機能や効率では測れない「構造」や「好き」を大切にする生き方とは――。不確かな時代にこそ響く、思考の自由を取り戻すための対話。
人の評価はあんまり意味がないから
――養老さんは、たとえば大学の同期生が論文で評価されたり、先に評価されたりしていてもあまり気にはならなかった方ですか?
養老 全然気にならないね。人の評価はあんまり意味がないから。頼まれて、いくつかの賞の選考委員をやっているけど、本当はあんなのはイヤなんだ。評価というものがあまり意味がないというのは学生を評価しているとよくわかりますよ。学生を評価する場合、何を軸にしているかといえば、「何とかやっていける程度の常識が身についているか」。それを根本から揺さぶられたのはオウム真理教の事件だよね。
名越 どんなことがあったんですか?
養老 実は、僕のところに、「尊師がこれから、一時間水の底にいるというのを公開実験する。ついては立会人になっていただきたい」と頼みに来た奴がいた。そう頼みに来た彼は水の底に人間が一時間、息を止めていられると思っているんだね。
名越 底が抜けちゃってるんですよ。それは医学部の学生としては厳しいな。ショックですよね、それは。
養老 ショックでしたよ。そんな学生がいるんだから。
名越 僕はなんのために教えてきたんだと思いますよ。
養老 変な学生はしょっちゅう見てはいたけど、それとは明らかに違う。
名越 いや~、それは広く人間の知性というものの限界を感じるなぁ。
養老 さっき言った「何とかやっていける程度の常識が身についているか」という評価軸に照らせば、水の底に一時間平気でいられると思っている奴を医者にできるかと。
名越 それはよくわかりますよ。教育を受けるという意味には、知識を増やすだけではなくて、何かある共通の基盤、地平ができてくるというのがある。先生に立会人を依頼しに来た学生とは、医学教育を受けている者同士で意思疎通が成り立たないだろうという、ある恐怖心を覚えます。
養老 患者さんの命を預けるんだから、水の底でも人によっては一時間平気だよと思われてしまったのではね。
名越 危なっかしすぎる。
競争があるところには必ず評価がつきまとう
――養老さんはさきほど選考委員のお話をされていましたが、いまどんな賞を担当されていますか?
養老 小林秀雄賞、山本七平賞、菊池寛賞、もうそろそろ定年だよ。
――どんな基準で選考されているんでしょうか?
養老 政治的判断ですよ。皆さんがここなら落ち着くなってところを探します。
――その場の空気?
養老 そう、空気です。メンバーによっても違いますよ。
名越 空気、わかります。それぞれの体面のある方々ばっかりやからな。
養老 いまは何でも評価したがるでしょ。それは機能社会になっているからですよ。機能っていうのは評価なんです。評価が必要になる。評価できる物差しがあるんですよ。だいたいアングロサクソンは機能的だね。
――大学で養老さんが評価の対象になったとき、思うことはありましたか?
養老 大学の人事というのは人物評価なんですよね。日本の組織というのはフリクションを起こさないことが大事。なぜかというと、人口密度と関係があるかもしれない。人が住める面積に対する人口密度というのがあるんだけども、それを測ると日本は世界一位なんですよね。山が多いということも影響していると思うんだけど。で、日本国内の都道府県別に人口密度をみていくと、鳥取県とか島根県が世界の平均値らしいんだね。日本人はぎゅうぎゅう詰めの社会に住んでいるから、できるだけ波風を立てないことが大事なんです。
――だから出る杭は打たれると?
養老 そうそう。日本では昔から銭湯がある。銭湯で個性を発揮されたのでは困るんだよね。やっぱり面倒くさいですよね、個性を出してはいけないという社会にいて、個性を出す人物を見るっていうのは。僕なんかはそういう時代はきつかったですね、とくに評価というのは教授の選考ですからね。
だから自分はぎゅうぎゅう詰めの社会からは離れて、人口密度が低いところに行こうとしている。競争があるところというのは必ず評価がつきまとうでしょ。
そういう環境の中で大事なのは、自分の好きなことをもっていること。自分ならば虫ですよね。イヤなことがあったら、虫を捕りに行く。それに没頭するから考えなくてもいいからね。好きなことだったら、いくらでも時間が潰せる。大事なのは自分は何が好きなのかっていうことをちゃんとわかっていること。人に聞いたってわかんないでしょう。
もう一つ幸いしたのは、解剖は評価の対象にならないってこと。解剖は機能ではないから。構造なんですよ。構造に評価はないんですよ。でも体の各部位は評価の対象になる。たとえば消化は消化効率という物差しがある。呼吸器も酸素飽和度といって、体に酸素をどれぐらい取り込めているかという数値がある。ところが解剖はそうした物差しがない。解剖して出てくる部位は評価の対象になっているけれども、「解剖」という行為自体は評価の対象にはならない。解剖は体の物差しを見ている感じだから。
こうしたら成功するってわかって、ほんとにおもしろいかな
――最近は若い人の口から「承認欲求」という言葉がよく聞かれて、人から認めてもらいたいと考える人が多いです。
養老 ダメだよ、人に評価を預けてしまったら。自分の承認もそうだけど、基本的に、他人に価値を置くと苦しむと思う。
名越 「生殺与奪の権を他人に譲るな」っていうこと。「他人の評価に振り回されない」。それ名言だと思います。
養老 僕なんかは、小さい頃から不承認欲求だったようなところがあってね。承認欲求の逆だね。だいたい自分の同級生やなんかは、みんな軍人さんに憧れたりとかするでしょ。大人が、「大きくなったら何になる?」とか聞く。しようがないから「兵隊さんはいや」とか言っていた。大人が、「兵隊」と答えるのを期待して聞いているのはわかっていたから。
名越 それ珍しいですよね。
養老 戦争中なんかは、大人の女の人でももんぺ姿で、髪はひっつめで、口紅もつけずにいるわけでしょ。
――当時はパーマを当てたり、おしゃれをしただけで周囲から自粛を求められたそうですね。
養老 横須賀線の鎌倉駅に行くと、そんな女性の横を、海軍の偉いさんが乗り降りしたりしてるわけね。軍服をちらっとみると、ご立派な勲章をつけて、堂々と歩いているおじさんだったりする。それを見て、僕は「あの人はよく恥ずかしくねぇな」と思った。その姿が恥ずかしいことに、このおじさんは全然気づいていないんだなと思って。
――普通の子どもに見えない部分を洞察してしまう、ちょっと変わった視点を持った子どもだったんですね。
養老 「素直」って言ってほしいな(笑)。
――イーロン・マスクとかウォーレン・バフェットといった起業家や資産家になりたいと思う人が、世の中にいます。成功法則を知りたいとビジネス書を読みあさって、自分もそうなりたいと思っているわけですが、どう思いますか?
名越 そうなれなくても、何か得するんじゃないかと考えているのかなあ。イーロン・マスクになりたいと思ってる人にはどうします?
養老 余計なことを思うなと。あんたはあんただろうと。世界は何が起こるかわかんないっていうふうになっているんですよ。将来のことなんか誰にも見えない。見えなくていいんですよ。見えたらおもしろくもなんともないんだから。こうしたら成功するってわかって、たとえそのとおりやって成功したとして、ほんとうにおもしろいかな? 何もおもしろくないよ、と自分なら思う。虫取りだって、あそこの木にのぼったらあなたの好きな虫が取れますよと聞いたって、俺は行かないな。
※本稿は、養老孟司・名越康文『虫坊主と心坊主が説く 生きる仕組み』(実業之日本社)の一部を抜粋・編集したものです。