
『自民党と派閥 政治の密室 増補最新版』渡辺恒雄自民党と派閥──「密室」とは何かを、私たちはもう一度問わなければならない
作品紹介
2025.05.26
「政治とは、表に出ない場所で動く」。そう感じる瞬間が、この国のニュースを見ていると幾度となく訪れます。政策の方向性、人事の決定、突然の辞任、電撃的な人選……。そこには必ずと言っていいほど「密室」が存在し、人の思惑と権力の力学が複雑に絡み合っています。
そんな「密室政治」のリアルを、戦後政治の最深部を知る男・渡辺恒雄氏が圧倒的な取材力と筆致で描き切った一冊があります。『自民党と派閥 政治の密室 増補最新版』──1967年に初版が刊行され、当時の政界の奥底に潜む構造と心理を明かした本書は、今も色褪せることのない「政治の教科書」として、静かに読み継がれてきました。
これは過去の記録でも、懐古趣味でもない。まさに「今を読み解くための本」として、再び読まれるべき一冊なのです。復刊を決意した編集者が、その背景と思いを語ります。
(文:実業之日本社・村嶋章紀)
政治の「リアル」を伝えるために──復刊を決意した理由
この本の原型は、1966年に刊行された渡辺恒雄氏による『政治の密室―総理大臣への道』にさかのぼります。以降、1967年に加筆・改訂され、『派閥と多党化時代―政治の密室 増補新版―』として世に出た本書は、政界の深層を描いた画期的な記録でした。自民党の派閥史を、「密室政治」という視点から捉え直した構成は、刊行当時も多くの読者に衝撃と示唆を与えました。
しかし、時が流れ、政治の表面だけをなぞるニュースがあふれるなかで、本書が伝えた「政治の本質」──すなわち、「人と人」「思惑と策謀」「将来への投資と取引」といった、実際の政治を動かす見えにくい力──は、改めて見直されるべきだと感じました。
さらに、2020年代に入ってからの自民党内の混乱や派閥のあり方の見直し、公選制の限界、密室での人事・政局調整の問題などを前に、「歴史は繰り返される」という言葉の重みを痛感しています。だからこそ、いまこの本を復刊する意味があると確信しました。
渡辺恒雄氏の筆が描く、政治の実相
本書の最大の魅力は、政治記者として多くの修羅場を取材してきた著者・渡辺恒雄氏が、その鋭い観察眼と筆致で派閥政治の裏表を描き切っている点にあります。大野伴睦の「敗者」としての姿を描いた冒頭シーンは、政治家の孤独と、権力を巡る非情さが凝縮された一編です。密室、資金、派閥、そして総裁選──日本政治を貫くキーワードをもとに、多くの総理誕生の裏側が描写されます。
一読して思うのは、これは決して過去の記録ではない、ということです。例えば、大野が「新党を作るには、十億はカネがいる」と語る場面。これは現在の政治資金問題を照射するかのような、鋭いリアリティを持っています。
増補にあたって:令和の派閥と政党政治を見つめて
復刊にあたっては、原著の価値を損なうことなく、現代的な視座を加える必要がありました。そこで、読売新聞元政治部長・前木理一郎氏に、「令和の派閥」「政党政治の変遷と将来」の2章を加筆してもらいました。自民党派閥の変遷、政治資金規正法違反事件の衝撃、令和の総裁選の行方。これらを丁寧に振り返ることで、本書が“過去の記録”にとどまらず、“現在と未来を考えるための書”になるよう意識しました。
また、渡辺氏自身が語るように、「自民党政治にはプラスの面とマイナスの面がある。批判すべきは批判すべきだが、評価すべきは評価して認めなくてはならない」。このバランスの視点こそ、編集者としての私が最も大切にしたかったことです。
なぜ、いま読むべきなのか?
この本が初めて刊行された1967年から58年が経ちましたが、政治の本質は大きくは変わっていません。表向きの制度やルールが変わっても、根底にあるのは「人間の思惑」「力の駆け引き」です。たとえば現代においても、総理大臣の選出、派閥の勢力争い、人事とカネの動きなど、「密室」と呼ばれる場面は少なくありません。メディアがいくら透明性を叫んでも、実際に意思決定がどこで行われているのか──その現実を見据える目を養うためにこそ、本書は大きな価値を持ちます。
政治に失望する人が増える一方で、「なぜこうなるのか」を知りたい人もまた増えています。本書は、そうした読者にとって、単なる解説書ではなく、「目を開かせる本」になると信じています。