百合だからこそ描けた、「明日もいっしょに帰りたい」関係

織守きょうや×るぅ1mm 対談百合だからこそ描けた、「明日もいっしょに帰りたい」関係

インタビュー・対談

2025.05.30

百合小説アンソロジー『彼女。』『貴女。』で描いたピュアで不器用な恋模様が大反響を呼んだ織守きょうやさんが、自身初の百合短編集『明日もいっしょに帰りたい』を刊行。これを記念して、『貴女。』の装画を担当した漫画家のるぅ1mmさんとの百合対談をお届けします。小説で、漫画で、百合もBLも描いてきたお二人だからこそ語れるその魅力とは――。
構成・文/清 繭子

王道の百合を目指した「いいよ。」

――この対談は、るぅ1mmさんが『貴女。』に収録された織守さんの短編「いいよ。」に熱烈な賛辞を送った縁から実現しました。「いいよ。」は最新刊『明日もいっしょに帰りたい』にも収録されます。その魅力をあらためて教えてください。

るぅ1mm(以下、るぅ):『貴女。』の装画を担当することになり、収録作品を全て読ませていただいて、みなさんそれぞれの百合に対する応え方があってとても感激しました。その中でも、織守先生の「いいよ。」の優しい進み方に「なんて可愛いんだっ!」と心がわしづかみにされたんです。
 主人公・真凛ちゃんはとても明るくて積極的な子なんですが、「プライベートな時間を誰かと共有するのって怖いよね」と意外に臆病な一面もあって。でも好きな人とだったら一緒に暮らしたいな、だけど相手はどう思ってるんだろう……となかなか同棲を提案できない。その、相手が思うがゆえに慎重になってしまうところにきゅーんとしました。

織守きょうや(以下、織守):ありがとうございます。『貴女。』も『彼女。』も執筆陣の顔ぶれを見たら、ほとんど知っている人たちで……たぶん誰も普通の百合小説は書いてこないだろうなって思って(笑)。だからあえて私は王道で行くことにしたんです。
『彼女。』に書いた「椿と悠」が初めて書いた百合小説だったのですが、女子高校生同士の話ですごく良い反響をいただけたので、『貴女。』でもJK同士にしようと決めました。「椿と悠」は恋愛なのか友情なのか微妙な関係だったので、「いいよ。」ではもう一歩踏み込んで、ちゃんと恋愛している二人を書いたんです。

共通点は「コミュニケーション」の描き方

――織守さんから見た、るぅ1mmさんの魅力はなんですか。

織守:『貴女。』の装画が初めて触れたるぅ1mmさんの作品だったのですが、本当に素晴らしくって! 感情が滲み出ていて、この女の子の、視線の先にいる相手への愛しさがじんじん伝わってくるんですよね。あとからるぅ1mmさんが漫画家さんだと知ったのですが、この装画は漫画というより絵画のようにも感じました。

るぅ:ありがとうございます。たしかに装画を描くときは、漫画を描くときよりも一枚の絵と思って描いていますね。

織守:色彩も素晴らしいです。その後、るぅ1mmさんの作品も色々読ませていただきました。怪獣と人間のハーフの女の子と、怪獣というあだ名をつけられた男の子の物語「怪獣くん」や、友人の死の真相を本人の幽霊とともに探る「友人の式日」など、設定やストーリーの面白さに目が行きそうになるけれど、きっとそれよりも内面の変化に重きを置いて描かれる作家さんなんだろうなって感じました。結末もわかりやすいハッピーエンドではなく、周りからは見えない本人の中での変化や進歩が描かれていて、深いなあ……って。登場人物がちゃんと思っていることを言葉にして、コミュニケーションを取ろうとしているところにも惹かれました。というのも、私も常々コミュニケーションって大事だなって思ってて……。

るぅ:……‼ それについてぜひお話したいです! 私も織守先生の作品を読んでいて、キャラクターたちがものすごく丁寧なコミュニケーションをとっているな、って感じていたんです。相手を最初から疑わないようにしていたり、決めつけないようにしていたり、後から印象が変わっても、「そういうところもいいよね」って思ったりするようなキャラクターが多くて。たぶん先生はそれを大事にしているんだなって感じたんです。

織守:ありがとうございます。映画とかでも、「ほうれんそうをしっかりしてれば防げた事態じゃない⁉」と思うとイラッとしちゃうんです、そうしなきゃ物語が展開しないとわかっていても……! だから自分の作品でも、恋愛とか人間関係でコミュニケーション不全によるすれ違いはなるべく起きないようにしています。作品によっては、そのすれ違いがおもしろい場合も、もちろんあるんですけど。イギリスで幼少期を過ごして、言葉が通じるありがたさを実感しているからかもしれません。『ロミオとジュリエット』にも、「それは君が悪いよ! ちゃんと伝えてればこんなことにはならなかったじゃん!」ってストレスを感じちゃうんです(笑)。

るぅ:わかります! 『ないたあかおに』とかもそうじゃないですか?

織守:そうそう! 私だったら黙って悪者になった青鬼のところへ行って、「お前はそれで気持ちいいかもしれないけどな! 赤鬼はそんなこと望んじゃいないんだ!」ってほっぺ叩いちゃうかもしれません(笑)。

るぅ:自己犠牲はよくないですよね(笑)。

ふり絞った「明日もいっしょに帰りたい」の意味

織守:るぅ1mmさんの作品もちゃんとコミュニケーションを取り合っていますよね。「怪獣くん」でも、クラスみんなと仲良くなろうとして上滑りする女の子に、怪獣くんはちゃんと何がダメなのかを伝えるじゃないですか。

るぅ:嬉しい! じつは、『明日もいっしょに帰りたい』に収録されている「変温動物な彼女」の雪さんと、「果実と怪物」(ケーキバースBLアンソロジー『君は僕だけのドルチェ』収録)に描いた井桁のコミュニケーションの仕方が近しいな、と感じて……。

編集部注)
「変温動物な彼女」…恵まれない家庭で育ち、アルバイトをしながら大学の聴講生をしている珠璃は、昔バイトしていた喫茶店の常連だった雪と再会する。雪は珠璃の学びのサポートをし、珠璃は雪においしいものを作ることでお礼をするのだが……。

「果実と怪物」…捕食者である「フォーク」と被食者である「ケーキ」がいる「ケーキバース」。ケーキである松村は、フォークの同級生に腕を舐められた経験を忘れられず、自ら腕を切る。それを見た井桁は松村が自殺未遂をしたと勘違いし、守ろうとして……。

るぅ:雪さんは珠璃ちゃんに対して、「ところで、あなたは今日も可愛い」って口に出してちゃんと褒めるんです。しかもその前に、自分は一般的な「可愛い」には当てはまらないのに両親や兄姉に「可愛い」「可愛い」と言われて育った、だから「可愛い」は「愛している」と同義だと気づいた、って話をしているんですよね。つまり、珠璃ちゃんに対する「可愛い」って、そういうことですか⁉ くぅぅ……! ってにやにやして読んじゃいました。雪さんはそういうすごく素直な気持ちを伝えられる人なんですよね。自分が与えられて良いと思ったものを、人にさっと差し出せて、寄り添える人なんだなって。
 井桁を描いたときも、そういう素直な優しさを意識して書いたので、私の見ている世界の景色を織守先生も知っていらっしゃるのではないかな、と……。

織守:いいと思うキャラクターが近いのかもしれませんね。きっと気が合うんですね!

るぅ:織守先生はもしかして、言葉を手札だと思っていませんか?

織守:たしかに。元弁護士だからかな。

るぅ:言葉=気持ちとは限らないじゃないですか。「椿と悠」では、椿ちゃんは悠に対して色々思いがあるんだけど、今言えるのはこれだけ、って感じで「明日もいっしょに帰りたい」って伝えるんですよね。相手に伝わるのは口に出した言葉の部分だけだから、その表現をとても丁寧に描いているのではないのかなって感じたんです。

織守:そこまでちゃんと読み込んでくださって、ありがとうございます。この作品では自分が思ったことを全部言ってしまうと、今の関係が壊れてしまうかもと思って彼女は言葉を選んでいて。

るぅ:やっぱりそうですよね。この「いっしょに帰りたい」っていう言葉の裏にはたくさんの愛が詰まっているんですよね。
織守きょうや×るぅ1mm 対談

百合なら書ける「友情以上恋愛未満」の関係

――お二人が考える「百合」の魅力とは?

織守:初めて書いた百合小説が「椿と悠」なのですが、あの二人は「これが恋愛なのかまだわからない」関係性。私、女の子同士でも異性同士でも、〈すごく仲がいいけど恋愛関係じゃない〉という関係を書くのが楽しくて。だって、世の中恋愛だけじゃないじゃないですか。

るぅ:わかります! どういう関係があってもいい!

織守:そういう関係性が、女の子同士のほうがよりピュアに描きやすい気がします。それは、男の子がピュアではないという意味ではなくって、男女だと強い感情がどうしても恋愛とくくられてしまいがちなところがある……外から見ても、自分の認識としても。それに、やっぱり女性って男性に対してはちょっと恐れがあると思うんですね。肉体的にもだし、心もちょっとわからない部分がある。そこを女の子同士なら、より深くさらけ出して、相手に甘えやすい気がします。

るぅ:私は、「女の子らしく」「男の子らしく」って言われてきた時代に育てられてきて、ずっと「本当にそうかな」って違和感を感じてきたんです。「女だから」って役割を押し付けられたり、これって私が女だから起きたことだよね、っていう自分が経験してきたいざこざを百合だと表現しやすい。我が強い子も出しやすいですし。

織守:「ベラドンナの恋人」もベラとアンナという二人の女性のお話ですが、あれも二人が男性社会に害されがちな女性たちだからこそ、理解しあえたり、同じ怒りを持てるんだなと感じました。もちろんあの作品は女性である以前にベラであり、アンナである、というところに力点が置かれているんだけど、でも結局、みんな社会の中で生きているから、「これが私です」というだけでは通らないんですよね。

るぅ:そうそう。とくに百合では、女の子たちの社会的立場を意識して描いている気がします。

――お二人はBLも描かれますが、百合とBLで描く時に違いはありますか。

織守:私は『キスに煙』という作品で初めて男性同士の関係を書いたのですが、じつはデビュー前、色んなジャンルを書いてみようと思ってファンタジーとか少女小説とか色々書いていた時期があるんですけど、そのときにBLにも挑戦しようとして挫折しているんですよ。「BLの書き方」っていう本を書店で見つけてぱらっとめくってみたら「ベッドシーンは絶対書かないといけないですか?」って相談があって、私と同じ悩みだ! って読み進めたら「あなたはBLを買ってベッドシーンがなかったらどう思いますか? 騙された、金返せ! と思いませんか?」って書かれてあって(笑)。そうか……私には無理そうだ……ってあきらめたんです。当時はまだBLにはエロが求められていたんですよね。今はるぅ1mmさんが描かれた「果実と怪物」のようにBLの表現も多種多様になりましたけど。その点百合はBLよりエロなしの関係も受け容れられやすいジャンルかもと思います。
 あと、特に異性愛を書くときなんですけど、男性に対する恋愛感情を書くと、「この作者こういう男がタイプなんだ」「こういう恋愛観なんだ」って作者とキャラクターを重ねられてしまうのにちょっと抵抗があるというか……。同性間、特に女性同士の感情なら、より物語として、作者は外にいるものとして読んでもらえる気がして、思う存分、甘い関係も書けるというのはあるかもしれません。

るぅ:私は、読者の反応に違いを感じます。百合では性的な接触をあまり書くことがなくて、その分、感情面で「共感しました」といった感想を頂くことが多いんです。一方、BLでは「キャラクターが可愛い」「萌える」という反応が多い傾向があるかなあ。

全作に手料理が登場する理由

るぅ:もう一つ、『明日もいっしょに帰りたい』で、自分との共通点を感じたところがあって。4編すべてにおいしいものを好きな人に食べさせているシーンがありますよね。「椿と悠」では椿が悠の分までお弁当を持っていくし、「友達未満」では、榛名が家に来た的場にラタトゥイユとぬか漬けを出すし、「変温動物な彼女」では珠璃が雪の好きな喫茶店のレシピでかつサンドを作るし、「いいよ。」でも真凛が清良にお弁当を作っていく……。しかも「変温動物な彼女」のなかで珠璃が雪に、「料理を作るのは、私にとっての愛情表現」ってちゃんと伝えていて。そこを読むと、じゃあこれまで読んだ他の作品のあれもこれも全部愛情表現ってこと……? と嬉しくなっちゃいました。

織守:(にやりと笑って)ふふ、やった。技が決まりましたね。じつは「変温動物~」がいちばん最後に書いた作品で、それまでの3編を全く意識せずに書いて4編目のプロットを作っていたときに、「あれ、またご飯振る舞ってる!」って気づいたんです(笑)。ああ、私はおいしいものを共有することを愛情表現だという意識があるんだなと思って、このセリフを書きました。

るぅ:私もご飯を食べる描写がある作品が好きで、特に織守先生のような二人の間に自然に差し込まれるご飯の描写っていうのがすごく好きなんです。ご飯を作ることは、例えばプレゼントを贈って「喜んでほしい!」という気持ちよりも、一緒に過ごす食事の時間を少し良いものにしたいというようなもっとささやかな贈り物っていう感じがして、好きです。自分の「終末、君と」という作品もそんな思いを込めて書きました。

織守:あのお話もすごくすてきでした。食べ物といえば、るぅ1mmさんの「果実と怪物」はケーキバースBLですよね。このアンソロジー「君は僕だけのドルチェ」を読んで、なんて業が深い設定なんだ!と思いました。

るぅ:カニバリズムですからね(笑)。

織守:他のみなさんが捕食者のケーキ×被食者のフォークという組み合わせで書いてくる中、るぅ1mmさんだけ、ケーキである松村の相手としてフォークではない普通の人間の井桁を描いていて、それがこの設定をより深いものにしていました。

るぅ:ありがとうございます。ケーキバースという世界観は、食べたいほど愛す、この人なら食べられてもいいと思うほど愛す、っていう背徳感と感情の高ぶりを楽しむコンテンツかなと思って。それを真正面から描くと隠されてしまう何かがある気がして、別の角度から描けないかなと思い、ああなりました。

タイトルまで抜かりなく楽しませます!

――では最後に、『明日もいっしょに帰りたい』の魅力についてあらためて伺えますか。

るぅ:4作品どれも素敵なのですが、あえてひとつだけおすすめするとしたら、私はやっぱり「いいよ。」です。この4編を通して「言葉にするって大事だよね」ということが伝わってくるのですが、その最後にくる作品のタイトルが「いいよ。」っていう思いを受け取る〈言葉〉になっていて……。勝手ながら、織守先生が大切にしているものが集約されているお話なのではないかなって、思っています。

織守:嬉しいなあ! タイトルの話で言うと、単行本のタイトル『明日もいっしょに帰りたい』は「椿と悠」の中のセリフではあるんですが、じつはほかの3編にもつながっている言葉かなって。好きな人と、この気持ちが恋愛であれ友情であれ、変わらない関係でいたい、一緒に過ごしたい、なんならおんなじ家に帰りたい、そういう感情を描けたのは女の子同士だからこそ、と思います。 小説を書く時はいつも、何かメッセージを伝えたいというよりは、自分が「面白いはず」と思ったものを形にしたい一心なんです。この短編集も、読者の皆さんの心を躍らせるものになっていれば嬉しいです。

(2025年5月 東京都内にて)

織守(おりがみ)きょうや
作家。1980年ロンドン生まれ。2012年『霊感検定』で第14回講談社BOX新人賞Powersを受賞し、2013年同作品で作家デビュー。15年「記憶屋」で第22回日本ホラー小説大賞読者賞を受賞。同作に始まる『記憶屋』シリーズ(KADOKAWA)は20年1月に映画化され、累計60万部を突破のベストセラーに。2021年『花束は毒』(文藝春秋)が第5回未来屋小説大賞に選ばれる。他の作品に『黒野葉月は鳥籠で眠らない』『ただし、無音に限り』『響野怪談』『学園の魔王様と村人Aの事件簿』『彼女はそこにいる』『花村遠野の恋と故意』『隣人を疑うなかれ』『キスに煙』『まぼろしの女 蛇目の佐吉捕り物帖』『戦国転生同窓会』など著書多数。 ホラー、ミステリ、時代からエッセイまで、幅広く豊かな世界観を持つ作品で読者を惹きつけている。


るぅ1mm(るぅわんみりめーとる)
漫画家、イラストレーター。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。在学中の2020年、短編集『バースデイ』(KADOKAWA)で商業デビュー。主な作品に『危ないお兄さん NOIR』(小学館クリエイティブ)、『新装版怪獣くん』(22年に発表し、大きな話題を呼んだ卒業制作「怪獣くん」の商業版)、『友人の式日 るぅ1mm作品集』、「友人の式日」後日談短編集『友人と恋人』(いずれも双葉社)、初連載作品『終末、君と(上・下)』、短編集『致死量の幸福』(いずれも KADOKAWA)、『ベラドンナの恋人』(小学館)などがある。