
『みにくいふたり』刊行記念インタビュー“虫っぽい人”と“人っぽい虫”の愛──芦花公園が語る、美醜と孤独の物語
インタビュー・対談
2025.06.04
令和のホラーブームを代表する作家・芦花公園さんの『みにくいふたり』が発売されました。交換留学生として台湾を訪れた高校生の緑川芽衣。彼女の部屋に現れたのはとてつもなく醜く、同時に圧倒的に美しい少女・恵君(フェンジュン)。クラスの中で孤立しながらも、恵君との逢瀬を重ねる芽衣は、やがて恐ろしい事件に巻き起こまれていき……。おぞましい、でも読むのをやめられない、衝撃の百合×ホラー長編について芦花公園さんにインタビューしました。
取材・文=朝宮運河
装丁が物語る『みにくいふたり』の世界
――『みにくいふたり』はまず装丁と装画が素晴らしいですね。おぞましくて耽美的な百合ホラーということが、本のたたずまいから伝わってきます。
わたしもすごく気に入っています。装画のたけもとあかるさんの作品は前から存じ上げていて、これまであまり百合系は描かれていないのでお願いしていいのかなと不安だったんですが、素晴らしい作品を描いてくださいました。芽衣と恵君がとにかく綺麗ですし、二人を取り囲む無数の白い花が、どことなく虫っぽいのも気に入っています。
――『みにくいふたり』は「Webジェイ・ノベル」に2023年の12月から24年の10月にかけて連載された長編です。今回百合ホラーを書こうと思われた経緯は?
これといったアイデアもないまま連載をお引き受けしたんですけど(笑)、実業之日本社は百合小説のアンソロジーをよく出されていますよね。『彼女。 百合小説アンソロジー』という本を送っていただいて読んだらどれも面白くて、この流れに乗ってホラーでも百合をやりましょう、という話になったんです。以前書いた『とらすの子』も若干百合テイストではあったんですが、それが主題というわけではなかったですし、もっと百合を前面に出したものを書いてみようと。
台湾ホラーへの憧れと実体験──「壁紙が動いた日」
――主人公の緑川芽衣は、交換留学生として台湾を訪れます。一緒に行くはずだった高校の同級生が事故に遭い、ひとりで台湾に渡ることになった芽衣。しかしクラスのみんなは優しく接してくれて……、というのが物語の冒頭ですが、台湾を舞台にしたのはどうしてですか。ひとつには台湾ホラーが好きだから、というのがあります。台湾のホラーは面白い作品が多いんですよ。それから芽生の境遇は、実体験が少しだけ下敷きになっていて、大学時代台湾に短期留学していたことがあるんです。台湾の皆さんにはただただ優しくしていただいて、本当にいい思い出しかないのですが、大学があったのが都市部から離れた土地で。ここでクラスから浮いてしまったら、すごい孤独感だろうなとも思ったんですね。授業は英語でしたが、街に出ると英語がまったく通じない場面も多くて、台湾語が分からなくて、親しい人もいなかったら詰むなと思いました。
――クラスメイトと待ち合わせをしていた芽衣は、無人の教室でうごめく黒い虫を目撃し、気を失ってしまいます。その晩、彼女の部屋には美しい少女が現れる。恵君というその少女に心を奪われた芽衣でしたが、優等生の詠晴が“虫に関わってはいけない”と警告をしてきます。
虫については思い出があって台湾留学時代、学生寮の部屋の壁紙に、妙な模様が浮かんでいたんです。ベッドのすぐ後ろのところが、ぼこぼこ膨らんだデザインになっていて、変わった壁紙だなと思いながら、2週間くらいその部屋で過ごしていたんですね。ある日、部屋の中に蛾が出て、わたしは蛾が苦手なので親切な人に退治してもらったんです。ああよかったと一息ついたら、壁の模様がぞわぞわと動いているのに気がついて、「もしかしてこれ全部蛾の子供!?」と、また絶叫したという。
――それはすごい体験ですね。しかし2週間気づかずに生活していたとは……。
よく見たら気づきそうなものですけど。物事を深く考えないわたしの性格が、悪い方に発揮された出来事でした(笑)。
「虫っぽい人」と「人っぽい虫」が惹かれ合う理由
――芽衣はやってくる恵君に不快感を覚えながら、一方で心を惹かれていく。圧倒的な醜さと美しさを同時に感じさせる恵君の怪物性が、この作品の大きなポイントです。恵君は言ってしまえば、吸血鬼みたいな存在なんですね。台湾には実際に血を吸う小さな虫がいて、地元の方々は「黒い虫」と呼んでいましたけど、咬まれると傷がついて痛いんです。その虫のイメージと美しい少女を結びつけてみたら面白いかな、という発想だったと思います。わたしは見た目の美しい人を書くのが好きで、ずっと美形ばかり書いているんですけど、この作品はモンスターものなので、恵君はおぞましく醜く書かないといけない。それはそれで楽しいんですけど、やっぱり美少女も書きたいということで、こんなキャラクターになりました。
――「虫」と関わりをもったことで、芽衣はクラスメイトに無視され、学校内で孤立することに。そんな彼女に恵君だけは寄り添ってくれます。あちこちで逢瀬を重ね、芽衣が恵君に血を与えるというシーンは、かなり百合度が高くて引き込まれました。
ここくらいしか二人をいちゃいちゃさせられる場面がないので(笑)、耽美な百合として書いています。血を吸われる側が吸血鬼を恐れずに、むしろ迎え入れるというのは、近年の耽美系吸血鬼ものの傾向ですよね。『トワイライト』の影響が大きいんだと思いますが。
芽衣が恵君に惹かれていったのは、言葉の通じない異国で日本語で優しくしてもらったという事情もありますし、「虫っぽさ」で響き合うところもあったと思うんです。恵君が「人っぽい虫」だとしたら、芽衣は「虫っぽい人」ですから。どちらも物事を都合よく解釈するタイプなので、それで惹かれ合ったのかなと思います。
――なるほど、「虫っぽさ」で響き合うというのは納得です。恵君は見た目こそ美少女ですが、正体は完全に人ならざるものですよね。血を吸うときには、ばりばりと口が開きますし……。
あくまで虫の行動原理で動いているんですよね。人間の道徳や善悪では生きていないので、純粋といえば純粋。それで生徒たちに気持ち悪がられているので、気の毒な存在ではあるんです。アニメの『妖怪人間ベム』でも、ベムたちは見た目が妖怪なだけですごい差別されるじゃないですか。事件解決したのに石をぶつけられるみたいな。ああいう人間とは相容れない感じ、モンスターの悲しさみたいなものも、ちょっと書きたいと思いましたね。
言葉が通じないということ──異文化と孤独のリアリティ
――台湾の学生たちは、恵君の存在に気づきながら、必死にそれを無視しようとする。その反応が、作品を覆う怖さにも繋がっています。台湾の人たちは占いや風水を生活に取り入れていて、日常会話の中でも「占いに行った方がいいよ」みたいな話題が出てくるんです。わたしの留学先の寮にも、「福」と書いてある菱形の紙が逆さまに貼ってあったりとか。そういうおまじないのようなものも、生活に溶け込んでいるという印象を受けました。作中にも出てきますが、童乩(タンキー)と呼ばれる霊媒師のような人たちもいて、頼りにされている。詠晴の家はいわゆる童乩とはちょっと違うんですが、恵君みたいなモンスターを書くうえで、こうした台湾独自の文化や価値観が、うまく作用したところはありました。
――恵君との関係にどんどん溺れていく芽衣。その周囲では、血なまぐさい事件が起こるようになります。
台湾のホラー映画は日本のホラーと比べても、結構スプラッターな描写が多いんですよ。台湾のレトロな雰囲気とスプラッターはぴったりだなと以前から思っていたので、自分でも入れたいと思っていました。
――詠晴やクラスメイトの台詞は、台湾語で書かれていることも多いですね。そこが芽衣の孤独感をいっそう強調する、という効果をあげています。
口語的な台詞は自力でもなんとかなったんですが、先生が話すようなきちっとした表現は結構怪しくて。本になる段階でネイティブの方にチェックしてもらいました。かなり直していただいたので、現地の方が読んでも違和感のない表現になっているはずです。台湾語の台詞はあえて日本語訳を書いていない部分もありますが、詳しく分からなくても問題がないと思いますので、安心してください。
――今お話しいただいた台湾のパートは第一章まで。第二章からは日本を舞台に、結婚して岐阜県で暮らす芽衣と恵君の再会と、新たな事件が描かれます。
このあたりの流れは、連載前から決めていました。ただ当初の予定ではもうちょっと耽美系にするつもりだったんです。芽衣の家に恵君が忍んできて、再びいちゃいちゃがくり返されるというような。でも「電波ハウス」の住人を出したことでトーンが変わって、後半はかなり動きのある展開になりました。徹底した耽美は『パライソのどん底』という作品で一度やっているので、別のところに重点を置こうというのもありましたし。
――恵君を追って、詠晴も日本にやってくる。詠晴と恵君の愛憎入り交じる関係性も、この小説の重要な部分ですね。
そうですね。ある意味、芽衣を交えた三角関係というか。詠晴は恵君に対して妹のような親しみを抱いてはいる。だから過度に期待をかけて、そのたびに裏切られての繰り返しなんです。恵君は虫ですから善悪の区別がないし、優しくしてくれた人になびいてしまう(笑)。だから詠晴は恵君に対して、余計憎しみを募らせているところがあるんじゃないでしょうか。
――物語が進むにつれて、ある登場人物の歪んだものの見方が浮かび上がってきて、吸血鬼とはまた違った角度からぞっとさせられます。
この作品では「言葉が通じない」ということを徹底して書いています。それは言語の壁があるというだけではなく、同じ日本語を話していても言葉が通じない、ということでもある。彼女のような人って実際にいるんですよね。周囲の優しさや心遣いにまったく気づくことができず、常に自分を被害者だと思いこんでいる人。彼女がそういう人物であることは、割と序盤から分かるように書いています。二度読んでいただくと、一回目とは違った楽しみ方ができるのではないでしょうか。
歪んだ心の描写へのこだわり──「おまえの悪人解像度はその程度か!」
――芦花公園さんは他の作品でも、歪んだ内面の人間をたくさん登場させていますよね。なぜ歪んだ人、異常な人を書き続けるのですか。わたしは人間関係が面倒くさいんですけど、一方で人間には興味津々なんです。そのせいか優しい人よりも、変な人や嫌な人に関心が向いてしまう。生活していてもSNSを眺めていても、そういう人に目が向いてしまう癖はありますね(笑)。だから創作物にティピカルな悪人や変人が出てくると、がっくりするんですよ。おまえの悪人解像度はその程度か! と(笑)。できるだけ一面的ではない、複雑で底の知れないキャラクターを書きたいと思っています。
――そういう意味では、非常に芦花公園さんらしいホラーになっています。しかしキリスト教モチーフが出てこないなど、これまでの作品との違いもあります。
しばらくキリスト教ものが続いたので、少し距離を置こうと思っていました。それでこの作品と、ほぼ同時期に連載していた『眼下は昏い京王線です』の二作は、珍しく信仰の問題が出てこないホラーになっています。
――第六章で恵君との対決が描かれ、エピローグでその後日談が印象的に語られる。深い余韻を残すエンディングでした。
連載版では第六章で終わっていたんです。吸血鬼ものとして、綺麗にまとまっていたと思うんですが、よくあるパターンだなという気もして。それで単行本にする際にエピローグをつけ加えました。ある意味、ハッピーエンドとも言える終わり方になったと思います。
――『みにくいふたり』というタイトルも、結末で回収されます。恐ろしいこの物語を象徴するいいタイトルですよね。
当初は仮タイトルのつもりだったんですが、書き終えてみたらこの話にはこれしかないなと。本当に「みにくい」のは誰だったのか、「ふたり」は誰と誰を指すのか、いろんなダブルミーニングを含んだタイトルになっています。
――芦花公園さんのファンは熱心な方が多く、この作品もウェブ連載中からSNSで注目されていましたよね。
ありがたいです。忙しくてろくに宣伝もできなかったんですが、更新のたびに詳しい感想を書いてくれる方がいて。単行本でエピローグを新たにつけ加えたのは、連載を追ってくれた方にお礼をしたかったから、というのもありますね。単行本が連載版とまったく同じだと、ちょっと申し訳ないというか。
創作への尽きぬ欲求と「ネタ切れ」の先にあるもの
――『ほねがらみ』でデビューされて丸4年が経ちました。ホラー作家として着実にキャリアを積み重ねていますが、今のお気持ちや今後の展望は。困っているのはネタ切れですね。いや、冗談じゃなくて本当に書くことがなくなってきたんですよ(笑)。同じことを書いても仕方がないし、デビューから4年経ってそろそろ読者も優しい目で見てくれなくなる時期ですから、新しいことを書かないといけないなと思っています。それで今年出した本は、過去の作品と傾向を変えているんです。『無限の回廊』も「佐々木事務所」シリーズの中ではかなり異色ですし、『みにくいふたり』もそう。夏に出る予定の『ベトベト・メモリー』という作品もこれまでとはだいぶテイストが違っています。
ものすごいペースで小説を書かれている斜線堂有紀さんが、(スマホゲームの)『ディズニー ツイステッドワンダーランド』をやればアイデアが浮かぶとおっしゃっていたので、わたしも『ツイステ』をやろうかなと思っているところなんですよ。これからもホラーを中心に書いていくとは思いますが、幻想小説寄りのものも少しずつ書いてみたいと思っています。
東京都生まれ。2020年、カクヨムにて発表した中編「ほねがらみ―某所怪談レポート―」がTwitterで話題をさらい、書籍化決定。21年、同作を改題した『ほねがらみ』でデビュー。その他の著書に『異端の祝祭』『漆黒の慕情』『聖者の落角』『無限の回廊』の「佐々木事務所」シリーズ、『とらすの子』『楽園〈パライソ〉のどん底』『食べると死ぬ花』『極楽に至る忌門』『眼下は昏い京王線です』などがある。