岡野大嗣さん×担当編集 往復書簡 後編

『うたたねの地図 百年の夏休み』刊行1周年記念岡野大嗣さん×担当編集 往復書簡 後編

インタビュー・対談

2025.07.25


2024年8月、歌人・岡野大嗣さんによる初の短歌×散文集『うたたねの地図 百年の夏休み』を刊行しました。
この本はさまざまな場所をテーマに夏の心象風景をまとめ、ひとつの街を作り上げています。歌人のまなざしからどのようなシーンが歌のたねとなり、短歌が生まれていくのか、その過程を紐解く一冊でもあります。
刊行1周年を記念して、岡野さんと担当編集(齋藤)が往復書簡を交わしました。
今回は後編をお届けします。
前編はこちら⇒岡野大嗣さん×担当編集 往復書簡 前編


編集 では、装丁のお話にうつりたいと思います。デザインは、六月さんにお願いしましたね。書肆侃侃房さんで刊行された『葛原妙子歌集』のデザインの美しさに惹かれたのと、六月さんなら自由度の高いこの本の余白を大事にしたデザインをしてもらえると感じてのご依頼でした。

岡野 六月さんのデザインは、短歌も散文もたねのページも、それぞれの内容をすごく丁寧に読み込んでもらったことが伝わってきて、単にテキストを並べただけじゃない、本当に素敵なデザインにしていただけて嬉しかったですね。散文のページの余白も、ただの空白ではなくて、その空間で読者の方がそれぞれの記憶や心象風景を探れるような、そんな余白になっています。特に今回の「たね」のページのレイアウトは動きがあって特徴的ですが、決して奇をてらわずにやりたいという僕の意図を丁寧に汲んでくださった仕上がりになっていて。文字の動きに必然性があるから、読む行為がそのまま記憶の痕跡をなぞるような体験になるんじゃないかなと思っています。


散文のページは、実はゲラ組みの後にも何度も推敲や修正を加えてしまって。六月さんには最後まで付き合っていただいて、本当に感謝しています。この場を借りて、お詫びと感謝の気持ちを改めてお伝えしたいです。


編集 イラストは、「さまざまな場所」をテーマにすると決めたときに、イラストをどうするか事前に話し合っていました。中村一般さんのイラストを見た瞬間に、ふたりして中村一般さんにお願いしてみたいねと盛り上がった記憶があります。大阪であった中村さんの個展に岡野さんが訪問された後に、都内で開催された中村さんの個展に一緒に伺いましたね。

岡野 そうですね、イラストは齋藤さんと「中村一般さんにお願いしたいね」と盛り上がっていた頃に、ちょうど大阪で中村さんの個展が開催されて、在廊されている日を知ったので、これは絶対会いに行かないと、と思いました。その日は、いつか装画をお願いしたいということだけをお伝えして、僕の第三歌集『音楽』をお渡しして帰りました。

その後、中村さんから感想をいただいたんですが、「絵と違って最大公約数の質量で読み手の脳内に豊かな世界を作り出す短歌はすごい」と書いてくださっていて。自分の短歌をとても精緻に受け取ってもらえたことに感動したのを覚えています。東京での展示では、実際に描いているところも間近で見せていただけて、その様子に見入ってしまいましたね。欲しかった「花の真ん中に犬が座っている絵」の原画を買えたこともすごく嬉しかったです。


編集 中村一般さんにご相談する前に、六月さんと3人でイメージを話し合いましたね。
挿絵もカバーイラストも、3人ともに、ただ往古来今の風景というものにはしたくなく、でも時間の流れが見えるようにしたいというぼやあっとしたイメージがあって。話し合うなかで、岡野さんからの「夢と現実の境目みたいな」という言葉が鍵になって、ファンタジーやSFといった不思議な要素が入っている、けれど時間の流れが見える雰囲気をリクエストしようとまとまりました。

岡野 装丁に関しては、僕の方からは「夢と現実の境目」っていうキーワードをお伝えしたくらいだったと思います。あまり細かい制約をつけるよりも、中村さん、六月さん、齋藤さんに任せた方が絶対にいいものになると思っていました。最初のラフを見せてもらったときから、夢のなかで見た世界をジオラマで組み立てたような「夏の街の地図」の感じがあって、すごく期待が高まりました。実際の仕上がりを見たときには、「これは本の内容と完全に響き合って生まれた絵だな」と感動しましたね。


編集 そうなんです。とくにカバーは少し地図っぽいというか、俯瞰した街のイラストでタイトルとの親和性を高めたいと六月さんが提案してくださいました。

中村さんには事前に原稿もお読みいただいていたのですが、ラフの時点でわたしたちがイメージしている以上のものを細やかに汲み取ってひとつの街を素敵に作り上げてくださいました。本と絵がこれほど共鳴しあっているものはないと思います。

岡野 カバーは全体で一枚の絵になっているところがとても気に入っています。夏休みの宿題で描いた絵って、こういうスケール感だったなあと懐かしく思ったり。あと、色合いがすごくいいですよね。小学校入学のときに最初にもらった「おどうぐ箱」に入っているクレヨンや色鉛筆の初期セットで描いたような、そんな懐かしくてクラシカルな佇まいがあります。それでいて、ちゃんと新しさもある。本の内容にも、そういうところがあるかもしれませんね。懐かしい雰囲気なんだけど、ライブ感のような新鮮な臨場感もあって。とにかく最高の装丁だと思っています。本屋さんで見かけるたびに、表と裏を隣り合わせにして一枚の絵にして帰りたくなるくらいです(笑)。もちろんできないんですけど、この場で改めてその魅力をお伝えしておきます。


編集 表紙は、岡野さんが「この本は夏の街をテーマにしているけれど、秋になっても夏がそこにいたことはかすかに残っていて、春になれば夏がもう少しでやってくる。季節は廻っているんだという当たり前でもささやかな時間の経過を大切にしたい」といった制作過程でお話されていたことが印象に残っていて。
中村さんにコマ割りのイラストを描いてもらい、最後に岡野さんに手書きで一首したためてもらいました。

岡野 そう、表紙のカバーを外したところもぜひ見てもらいたいんですよね…。本屋さんに並んでいる本のカバーを勝手に外すわけにはいかないので、ここで魅力の一端を語ると、サイレントの漫画になっているんですよ。この漫画まで含めて、『うたたねの地図』の読み心地は完成するんじゃないかなと思っています。映画のエンドロールの後に流れる映像のような、そんな余韻があります。


編集 『うたたねの地図』は一つひとつのシーンのモデルとなる自分だけの場所を見つけてじっくりと浸ることもできます。大切な場所、いまはもうない場所、懐かしい場所、読みながら特別な場所を見つけてもらえたらいいなとも思っています。

そして、読む季節によって、いまのような災害級の暑い夏ではない、心地のいい夏だったり、ぬるい風を悪くないと思える夏がたしかにあったことを読みながら記憶を紐ほどいて楽しめる。読んでいて少しものさびしさがあるのは、もう戻れない夏がたしかにあるということを私たちはわかっているからだろうなとも思ったりします。エモーショナルすぎないさびしさや懐かしみ、それが「夏」をテーマにした本なのに涼しさを生みだしているようにも感じています。
春の終わりや秋のはじまりといった、それまで夏がいたことをかすかに感じるなかでこの本を読むとまた違った夏を味わえる、そんな一冊になったんじゃないかなと。

岡野 僕はこれまで「夏」を舞台にした本を多く出していて、木下龍也さんとの共著『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』は七夕までの一週間、ちょうど初夏が舞台でしたし、今年出した新刊『あなたに犬がそばにいた夏』もタイトルにしっかり「夏」が入っていますよね。だから夏大好き歌人だと思われそうなんですが、実は夏そのものはあまり得意ではないんです。『うたたねの地図』の著者POPにも書いたんですが、「命の危険を感じる暑さからも、ただ生き延びることにやたら意味を浴びせる強い光からも、なるべく距離を置いていたい。でも夏にふと感じる、ほっとするようなさびしさとは握手したくなる」という感覚が僕の夏へのスタンスなんです。


得意じゃないけど、好きな瞬間はたくさんあります。この本を書いているときも、最初は「さまざまな場所との出合い直し」がテーマでしたが、途中から「scene(シーン)」になりましたよね。好きな瞬間、好きな光景。暑さを逃れて立ち寄った本屋で感じる涼しいインクの匂いとか、信号待ちの日傘に漂う懐かしい気配とか、図書館の片隅で空調の音に包まれてめくられるページの響き。そういう、光を帯びたさびしさを書き留められたらと思いました。その結果、散文にも短歌にもたねにも固有名詞が一切出てこなくなって。その状態から「あとがき」に入ったときの景色の変化も、ぜひ味わってほしいですね。

実は、『うたたねの地図』の春・秋・冬バージョンも作りたいという密かな野望があります。

編集 そうなんです! この心象風景を集めて短歌を読み解く、どの季節でも味わい深く、新たな気付きが生まれる一冊になると感じています。
それを実現させるために、今年の夏も『うたたねの地図 百年の夏休み』をお読みいただき、みなさまに夏の心地よさを味わっていただきたいです。

今年は新しいPOPに、KREVAさんの言葉を添えさせてもらいました。KREVAさんははじめて書店で短歌の本を買ったのが『うたたねの地図 百年の夏休み』だったそうです。散文とたねとあわせて短歌を詠むことで「短歌初心者でも読みやすかった! 全部ドラマチックに感じられるほど、この本を読んだおかげでいい夏を過ごせた気がする」とラジオで感想を寄せてくださり、すごく嬉しかったですね。

岡野 KREVAさんのラジオに呼んでいただいたとき、まさかご本人のご指名だったとは知らず、本当に驚きました。誰かに薦められたわけではなく、ご自身で、本屋さんにずらりと並ぶ短歌の本のなかから『うたたねの地図 百年の夏休み』を選び取ってくださったというのが、まず何より嬉しかったです。
以前から僕の作品を読んでくださっている読者の方のなかには、「今回はちょっと難しかった」とか「マニアックな作りだった」といった感想もいただいていたのですが、そんななかでKREVAさんが「短歌初心者でも読みやすかった!」と言ってくださったのは、とても印象的でした。きっと、何を意図して書いてあるのかを細かく読み解こうとするというよりも、目の前に流れる街の風景を感じながら、そこにゆっくり溶けていくように読んでくださったのかな、と思っています。
実際にお話ししているときも、まるで音楽を聴くようにこの本を味わってくださったのが伝わってきて、とても嬉しかったですね。

ラジオでの対話の様子はSpotifyのポッドキャストに残っていますので(2025年7月9日現在)、ご興味のある方はぜひ聴いてみてください。1時間以上、たっぷり話しています。


編集 『うたたねの地図 百年の夏休み』は短歌に馴染みがないけど興味があるという方にも、短歌の世界への入口としてもお楽しみいただける一冊だと思います。
ぜひ、『うたたねの地図 百年の夏休み』で心地いい夏をお楽しみいただけましたら幸いです。

岡野 『うたたねの地図 百年の夏休み』をまだお読みでない皆さまへ。この夏、短歌で涼んでみませんか。時間はたっぷり百年用意しました。どうぞのんびり、この街で休んでいってくださいね。