水族館にちりめんじゃこ!? 木宮条太郎

2025年8月刊『水族館ガールNEO』刊行に寄せて水族館にちりめんじゃこ!? 木宮条太郎

自作解説

2025.07.31

 光陰、矢のごとし。
 水族館の物語を書き始めて、十五年程がたちました。いろいろと教えて下さったスタッフの方も、水族館をご退職に。「親父さん」とお呼びしていた方です。今でも、お付き合いはございまして……。
「どうでえ。一杯やらねえか」
 久々にお誘いがありました。場所は港近くの居酒屋です。昔の失敗話を肴にして、二人で盛り上がることとなりました。ところが、その真っ最中、隣のテーブル席が騒がしくなり始めたのです。料理に異物とのよし。店員が平謝りしています。
 大丈夫か。
 私は固唾をのんで、その光景を見つめました。ですが、ほどなく一件落着。代替の一品を持参して、店員は厨房へと戻っていきます。親父さんは肩をすくめました。
「見たか。あの若けえ店員、謝っちまったな。アルバイトだから、分からなかったんだろ。今、店長は留守みてえだしな」
 この言葉には、首を傾げざるを得ませんでした。謝るのは当然じゃないですか。異物が入っていたわけですから。
「ありゃあ、異物じゃねえよ」
 異物じゃない?
「タツノオトシゴ。ちりめんじゃこに、入ってたんだな」
 そう言えば……私の子供の頃、ちりめんじゃこには、様々な生き物が入っていました。超ミニサイズのタコやら、ヒラメの稚魚やら。
 あれ? 最近は目にしていません。
「そりゃ、そうだろ。今は、厳しい選別をしてるから。工業製品みてえにな。そうしねえと、世間が許さねえんだよ。けどよ、この店のウリは、昔ながらの素朴な料理。店長は、わざわざ、粗い選別のちりめんじゃこを仕入れてんだがな」
 慌てて、メニューを確認してみました。確かに『昔ながらのちりめんじゃこ』と記載してあります。となれば、謝るのも、おかしい。
「これが『時流』ってやつなんだよ。一番、変わったのは、自然じゃねえ。人間よ。だが、そのことを、人間自身が全く理解してねえ。お手上げだな」
 そう仰ると、なんとも複雑な表情をお浮かべになりました。
 その瞬間です。一気に昔の感覚が戻ってきました。この表情なんです、私がひかれたのは。十五年前、この表情にひかれて『水族館ガール』を書き始めました。無理やり表現するなら「熱意と諦めが入り混じり、自嘲気味となった表情」といったところでしょうか。
「やっかいな世の中になったもんよ。昔話の方が気楽でいいや」
 思いもよらず、感慨深い一夜となりました。こうなると、この感慨を誰かに語りたくて仕方ない。幸い、その翌日には、編集者の方との打ち合わせがありました。私は嬉々として語ったわけです。すると。
「いいですね。次巻のテーマは『ちりめんじゃこ』にしましょう」
 えぇ?
「その方の思い、無にしちゃダメですよ。『水族館ガール』シリーズって、水族館スタッフの思いを書いてきたわけですから」
 いや、いや。ちりめんじゃこですよ。話がまとまりそうにないんですが。
「では、その方の思いを踏まえて、抜本的に見直しましょう。悩める水族館――時流を受け入れるのか、抗うのか。原点回帰です。物語を再スタートさせてもいいですよ。水族館スタッフの嘆きを放っておいちゃ、シリーズの意義に関わりますから」
 分かりました。でも、それ、書くの、私?
「何、言ってんです。当然でしょう」
 いい加減な打ち合わせ? いえ、いえ、毎度、こんな感じで、やっているのです。かくして、半年程がたちまして……。
 いよいよ、新章の開幕です。いいのかな。
『水族館ガールNEO』
 十五年の間に、水族館を取り巻く環境は激変し、複雑化しました。これらの状況に、水族館アクアパークは、どう対応するのでしょうか。そして、新婚となった主人公達の生活は? 後輩達の恋は? 
 実は、その行方、私にも分からないのです。十五年前とは、前提となる環境が大違い。間違いを指摘されては、調べ直し。調べ直しては、書き直し。何もかも手探り状態でして、先が見えてきません。実に悩ましい。でも。
 悪い心持ちではないのです。
 タイトルには『NEO』とありますが、本旨は原点回帰なのですから。引き続き、水族の魅力も満載です。たとえば……タラバガニ。縦歩きもするんですよ。その理由はシンプルです。タラバガニって、カニじゃないから。
 どういうこと?
 そう思われた方は、何卒、新刊コーナーへ。そして、水族館に行きましょう。更には、海辺へと出て、潮風に身を任せましょう。今年も暑い夏がやってきました。誰にとっても、新章開幕。そんな季節の到来です。

著者プロフィール
木宮条太郎(もくみや・じょうたろう)

1965年兵庫県生まれ。金融機関の勤務を経て、2005年『時は静かに戦慄(わなな)く』で第6回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞しデビュー。著書は「水族館ガール」シリーズのほか、『銀行占拠』『本日の議題は誘拐』『王子になるまでキスしない』がある。