読者を挑発し続ける西澤保彦の“素敵な大人げなさ”に脱帽 佳多山大地(ミステリ評論家)

西澤保彦『双死相殺 腕貫探偵リバース』ブックレビュー読者を挑発し続ける西澤保彦の“素敵な大人げなさ”に脱帽 佳多山大地(ミステリ評論家)

書評

2025.09.11

 西澤さん、もう大ベテランの域なのに論理がトガりすぎですよ! と、思わず叫び出したくなる新作だ。当年とって65歳(男性なので遠慮なく年齢を書いてしまう)なのに、まるで売り出し中の若手作家みたく、丸くなろうなんて考えないんだもんなあ……。
 普段からミステリに――わけても不可解な謎とその論理的解明を骨子とする「本格ミステリ」に親しんでいる方ならご存知だろう。2010年代以降、いわゆる特殊設定ミステリが流行していることを。SFやファンタジー、ホラーの小説世界なら馴染みのある要素(例えば、人と見分けのつかない人型アンドロイドが普及しているとか、魔法を使って自分の体を小さくできるとか、建物の外をゾンビがうろうろしているとか)を本格ミステリに持ち込んだ作品群を指して「特殊設定ミステリ」と総称するようになっている。とりわけSF方面におけるその鉱脈をすでに1990年代半ばから熱心に掘りすすめ、現在の流行に先鞭をつけた栄誉は西澤保彦のものである。
 当年(2025年)1月に作家生活30周年の節目を迎えた西澤保彦は、デビュー直後からSF的設定を謎解きの前提条件とする特殊設定ミステリ(当時は「SFミステリ」と呼ぶのが一般的だった)に挑みつづけた。同じ時間をループする特異体質の主人公が殺人事件の発生を阻止しようとする『七回死んだ男』(1995年)をはじめ、複数の人間の人格を入れ替える特別な装置が惨劇を招く『人格転移の殺人』(96年)、触れずに物体を動かす超能力が悪用された犯罪を摘発する『念力密室!』(99年)などなど、西澤が掘り当てた輝石の数々は枚挙にいとまがない。
 ――と、そんなミステリ史的功績を現在認められる西澤が、ちょうど20年前の2005年、特殊設定を用いないミステリの新シリーズとして開幕させたのが『腕貫探偵 市民サーヴィス課出張所事件簿』(文庫化に際し『腕貫探偵』と改題)を皮切りとする〈腕貫探偵シリーズ〉だった。
 くだんのシリーズで名探偵の役を主に務めるのは、櫃洗市なる架空の地方都市の市役所に勤める、通称「腕貫さん」。長袖シャツの袖口の汚れを防止するために、往年の事務仕事アイテムたる腕貫(アームカバー)をはめているのがトレードマークの年齢不詳の男性だ。悩みや疑問を相談する市民に解決に至るヒントさえ与えれば、はい次の方、と“お役所仕事”で名探偵ぶりを発揮したりするのもユニーク! 坐って話を聞くだけで、真相をピタリと当てる。いわゆる安楽椅子探偵物の本格ミステリ・シリーズである。
 2025年現在、腕貫探偵シリーズは連作集と長編を合わせ9冊刊行されており(今度の新作『双死相殺 腕貫探偵リバース』が9冊目)、シリーズ累計40万部を突破する人気を誇る。ミステリ作家の西澤にとって、特殊設定を用いないほうの看板シリーズといえるが――果たして西澤自身、当初からその可能性の追求が頭にあったものか、作例も稀なホワットダニット(裏事情探し)に挑むことに熱を上げているとしか思えなくなっているのですよ。
 ミステリにおける謎解きのタイプは、言うまでもなくフーダニット(犯人探し)とハウダニット(犯行方法探し)、そしてホワイダニット(動機探し)の三つが基本。しかしながら西澤は、腕貫探偵シリーズが進むにつれ、いったい何がどうなっているのかわからない出来事の連鎖的発生を前面に押し出したホワットダニットの〈謎空間〉を作り出すことに邁進しだすのである。
 3本の中編を収録する新作の表題作では、老境の主人公が自宅のリビングで「な、なにをやっている。いったい、なにをやっているんだ、わたしは」と茫然自失している場面から幕を開ける。ついさっき、「ただいまあ」と外から帰ってきた妻になぜだか無言で襲いかかり、動かなくなるまで無我夢中で首を締めてしまったからだ。しかも主人公の衝撃はそれだけにとどまらない。たった今、同じ自宅リビングで、同居していない一人息子の妻が首を吊って自殺していたのを発見したばかりなのだから……!
 いやあ、もう堪りませんね。名探偵に助けを求める依頼人の周囲で、どうにも不思議な出来事が重なって起こるのがホワットダニットの基本形。だが、なんとこの作品では、結婚35年の妻にどうして急に殺意を向けたのか、主人公自身、何が何やら腕貫さんに説明できないのだ。いったい何が起こったかわからないのは、依頼人の〈外側〉だけでなく〈内側〉も。西澤流ホワットダニットの極みがここにある。
 ミステリファンには周知のとおり、腕貫探偵シリーズの前作『異分子の彼女 腕貫探偵オンライン』(2023年)の表題作が、第76回日本推理作家協会賞短編部門をめでたく受賞した。その輝かしい栄冠を得ても、ますます論理の角をトガらせて読者を挑発することをやめない、西澤の“素敵な大人げなさ”に脱帽だ。