「道なき道」のつくり方 為末 大 × 馬渕俊介──スポーツ・グローバルヘルスの実践から 前編

馬渕俊介『道をひらく』刊行記念対談「道なき道」のつくり方 為末 大 × 馬渕俊介──スポーツ・グローバルヘルスの実践から 前編

インタビュー・対談

2025.09.23

陸上競技選手としては前例の少ない“プロ”という選択で競技の世界を切り拓き、今はスポーツを社会に活かす道を探る為末大さん。世界銀行、マッキンゼー、ゲイツ財団という独自の道を経て、グローバルファンドで発展途上国の保健システム強化とパンデミック対策を率いる馬渕俊介さん。道が見えにくい時代に、道を見つけるために何が大切か、そしてそれをどう実践してきたのかを語っていただきました。肩書やスキルの羅列ではなく、経験を編集し直して物語を更新し続けることで「唯一になっていく」プロセスとは。頭で考えるだけでは見つからない“興奮の種”をどう見出し、夢を彫刻のように形づくるのか――実践知でひも解く対談の前編です。
文・構成/森谷 令(編集部)


道は自分でつくるもの


為末
本日はよろしくお願いいたします。

馬渕
こちらこそ、ありがとうございます。こういう台本なしの対談はあまり経験がないので、ちょっと緊張していますが(笑)、意味のある時間にできればと思っています。

為末
はい、僕も楽しみです。
まずは、馬渕さんの本『道をひらく』について伺います。どういう経緯で執筆されたんでしょうか。

馬渕
きっかけは、キャリア相談を受ける機会が増えたことです。最初は国際開発やグローバルヘルスを志す人たちが中心でした。でも東大の入学式で祝辞をしたあたりから、民間企業の人や学校からの依頼も増えてきて、専門外の人とも話すようになったんですね。

その中で感じたのは、「道が見えない」という不安を抱えている人が本当に多いということです。以前は「一社に入って成長していく」ことが成功モデルでした。でも今はそれが崩れている。逆に「気に入らなければすぐ辞める」という人もいて、キャリア観が揺れている。

さらに、これから世界で働く人がどんどん増えていく中で、そのための力をどうやって身につけていくか、切り拓いていくかということも課題になっている。私の分野はちょっと特殊ですけれども、「普通の人間が苦労しながら道を切り拓いた」経験を共有することが、この過渡期を生きる人たちの役に立つのではないかなと思ったんです。

為末
本を読むと、一直線のキャリアじゃないなと感じました。試行錯誤しながら進んでこられたんですね。

馬渕
そうです。結構欲張りで、いろんなことをやりたくなるので。
最初は文化人類学を学びましたが、真剣に学んで実践してみて、「これは違う」と思った。学者に向いてないし、また学者という立ち位置ではなくて、発展途上国の現場で役立つ立場になりたいと思い、方向を変えました。

そこで、コミュニティに入って直接改善していく方が面白いかな、と思って実際にネパールの僻地で取り組んだのですが、外部から来た自分よりも、現地の人達がやった方が、より効果的に改善できることが分かった。そして自分自身も、より広い世界に大きなインパクトを与える方が興奮するなと気づいて。

為末
実際にやってみて初めて分かることって多いですよね。

馬渕
頭で考えて「意味がある」と思っても、自分が興奮しなければ続かない。「これは自分に合っている」と感じる瞬間があれば、そこから道が拓けます。

為末
「道なき道」というテーマで言うと、僕はよく小学校で「夢の授業」をするんです。子どもたちは「警察官になりたい」とか、世の中にある職業から選ぼうとする。でも本当は「その職業を通じて何をしたいか」が夢なんじゃないかなと。

職業という手前の選択肢に目を奪われがちですが、その奥にあるものを見ていないと、本当に行きたい道にはたどり着けない気がします。

馬渕
同感です。少しかじってみるだけでも「頭では意味があると思うけど、興味はない」とか「むしろ別のことにワクワクする」と気づけます。

ハーバード大学に行ったときも、最初は非常に重要だと思っていた財政管理の専門家になろうとしましたが、学ぶほどに興味が湧かなくて。そんな時、エチオピアの財政管理改革のプロジェクトに入れてもらって、現場に行って分析してみたら、財政管理の活動の裏にある、人や組織の仕組みの方に興奮を感じる、と気づいたんです。
何らかの行動を起こして、ちょっと深く入ってみる、という必要があると思います。

為末
やっぱり触ってみる、ということですね。
触って、実感を持って自分が興奮しているかを感じ取れないと、選択できないですよね。

馬渕
為末さんがやりたいことを考えた時は、どういう感じだったんですか?

為末
僕は、8歳か9歳で陸上を始めて、あ、自分は足が速いんだ、と気が付いて面白くなったことが原点でした。
また、陸上にはリーグやクラブのような枠組みがなく、世界中の大会を転々とするので、多様性に触れながら、勝てば勝つほど広い世界に入っていけるのも魅力でした。

僕がレールから外れた、自分で道をつくる方に行ったという意味では、プロになることを選んだ時が一番大きいと思います。当時日本では、スポーツ選手の大多数は企業に所属していました。多くの選手は会社員としての安定とセットで競技を続けます。でも僕は企業に属さず、プロとして活動することを選びました。当時はプロになる人は非常に少なく、スポンサー契約も単年度で不安定でしたが。

馬渕
なるほど。どうしてそうされたんですか。

為末
そっちの方が面白かったっていうか、「他にない何か」を追いかけることが、小さい頃からの興味の対象だったんです。
小学5年生の時にベルリンの壁が崩壊して、そのニュースを先生がすごく興奮して話しているのを見て、「社会の意識が一瞬で変わる出来事」があるんだ、と感じました。

スポーツって、そういう瞬間を比較的つくりやすいんですね。単純にランキングを追い求めるより、自分が大きなインパクトの瞬間、その出来事の中心にいられたらいいな、と思ったんです。

馬渕
私も同じように、「ちょっと違うことをやりたい」という気持ちが強いので、よく分かります。
例えば、私は世界銀行に6年間勤めました。とてもやりがいがあり、世界中の優れた人が集まっていて、巨大組織ならではの影響力や安定もありました。仕事自体も自分に向いていて、天職だと思いました。多くの人は世銀でキャリアを全うします。そこに留まれば安定も地位も約束されている。でも私は「このまま巨大組織の一部で終わっていいのか」と思って、違う道を選びました。

為末
「飽き」が来る、というのもあるんですか?

馬渕
それもありますね。5〜6年続けると「この先も同じレールか」と思ってしまった。上を目指してディレクターやマネージャーになるために競争を続けていく、それだけでいいのか、と。そこで思い切ってゲイツ財団に移ったんです。

ゲイツ財団は、従来の国連型の援助の仕組みを壊し、新しいやり方をつくろうと、創造的破壊を起こしていました。そこに飛び込むことは、リスクでもあったけれど、大きな学びになる確信もありました。

為末
安定を捨てて挑戦に向かうとき、不安はなかったんですか?

馬渕
もちろんありました。でも「正しい選択をすれば、不安定になりすぎることはない」と信じていました。要は「どんな力をつけて世の中にどう役立ちたいか」を軸にして良い選択をしていれば、必ずその方向に前進できる。むしろ同じ場所に留まるリスクの方が怖かったんです。

私はずっと「やって失敗するリスク」と「やらずに終わるリスク」を天秤にかけています。例え前のめりで失敗しても、そこで必ず成長できる。環境が人を育てるとよく言いますが、本当にそうで。挑戦する環境に身を置けば、自分も変わる。

逆に、安定に留まって停滞し、「本当に自分の人生はこれでいいのか」と悩み続けるリスクの方が、ずっと大きいと思うんです。
それが転職への行動を突き動かしてきたところはあると思います。

為末
なるほど。
キャリアを選ぶとき、「成長できるからやる」という考え方と、「情熱があるからやる」という考え方があると思います。スポーツ選手は情熱から入る人が多い。でも、スポーツ界だって実はもっと多様な人材を求めているんです。最初に他分野で力をつけてから入ってきてほしい、というケースもあります。

トレーニングのキャリアと、パッションのキャリアは、どのように行き来すると思われますか?

馬渕
私がマッキンゼーにいた3年間は、明確なトレーニングの期間でした。民間企業の改革のノウハウやスピード、結果をどう出すかといったスキルを学びました。それ自体は私にとっては情熱の対象ではなかったけれど、今でも役立つ重要な力になっています。

マッキンゼーでもゲイツ財団でも、飛び込む時は勇気がいりましたし、実際行ってみてとてもきつかったのですが、開発業界の中だけにいて、その慣習を染みつかせるんじゃなくて、民間の一番厳しいところでやって自分を証明しつつ、そのスキルを得たいと思って行きました。

情熱のない分野であっても、必要だと思えば一度身につけておく価値があります。若いうちなら回り道も可能ですし、そこから戻ることもできる。だからこそ、早いうちに考えて「修行の時期」を持つのは大事だと思います。

為末
キャリアの考え方について、日本は履歴書をすごく意識しますよね。
海外、特にアメリカでは、最終像を意識し、逆算してキャリアを設計する人が多い。
マッキンゼーで働いている知人が、最初にしきりに自身のキャリアをどうイメージしているのか、と問われたと聞きました。

馬渕
なるほど、そうですね。
マッキンゼーで働いている人たちも、大きく三つのタイプに分けられると思います。
一つ目は、経営コンサルティングが大好きで、その道を極めていきたい人。これはごく少数です。
二つ目は、やりたいことが分かっていて、そのやりたいことで大きな結果が出せるようになるための修行の場として、スキルをつけに来る人。私のようなタイプですが、これも少数ですね。
そして三つ目、ほとんどの人が、やりたいことは分からないけれど、とりあえず力がつくらしいから、と就職する人なんです。

なので、実はマッキンゼーで働いていても、なかなか自分のストーリーを描けずに迷うことが多い。だからこそ「自分が何の課題に対して、どんな強みを活かしてどういう立場から貢献したいか」を模索し続けることが大切だと思います。

為末
ゴールが見えていれば計画していけるんだけど、一方でやりながらじゃないと心が動くものは分からない。だから「計画」と「模索」の往復が必要なんでしょうね。

馬渕
まさにそんな感じのイメージですね。
たとえば今、このグローバルヘルスの業界で、もう全力でやっていますけど、じゃあ自分の興味がそれだけかと言われたら、そうでもない。何かを見つけて、それが完成した、だからハッピー、というわけではないですね。
自分のキャリアの彫刻の輪郭が少しずつできてきていますが、またその先違うところに行くかもしれないし。自分の経験をベースにしつつ、この先もずっとやれることを考えながらやっていくんだろうな、と思います。

為末
アスリートの世界で、技術を高めていくと、最後哲学がだいたい二つに分かれるんですね。
片方は身体が統合されて、技術を積み重ねていくことで最終的に理想に到達するという考えで、もう片方は、人間はすでに理想の走りを実は知っているから、ほこりを払うように無駄を省いていけば理想に到達できるという考え方。

積み重ねるのか、削るのか、真実はなんとなく、その間にあるんだろうなあと思うんですけれど。

馬渕
なるほど。面白いですね。うん、確かに私のキャリアでも、積み上げているのか、できないことを削ぎ落としているのか。その両方で形ができてきた感じです。

為末
キャリアは、科学できそうな感じもしながら、本当にアートっぽいですね。

馬渕
うんうん、そうですね。おっしゃる通りですね。

(後編につづきます)

為末 大(ためすえ だい)

1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2025年9月現在)。現在はスポーツ事業を行うほか、アスリートとしての学びをまとめた近著『熟達論:人はいつまでも学び、成長できる』を通じて、人間の熟達について探求する。その他、主な著作は『Winning Alone』『諦める力』など。



馬渕 俊介(まぶち しゅんすけ)

1977年生まれ。東京大学卒業後、国際協力機構(JICA)、マッキンゼー日本、南アフリカオフィスを経て、世界銀行勤務。2014~16年に西アフリカで大流行したエボラ出血熱の緊急対策を統括し、流行の収束に大きく貢献。その後ビル・ゲイツ率いるゲイツ財団で副ディレクターとしてプライマリーヘルスケア戦略の策定などを担当。コロナ禍には、WHOの独立パネルでパンデミックを二度と起こさないための国際システムの改革を提言。2022年からグローバルファンドで、途上国の保健システム強化及びパンデミック対策を統括。ハーバード大学公共政策修士、ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生博士。