寝ても覚めてもアザラシとともに―ひかるくんから月ちゃんへ、命がつなぐ物語

『寝ても覚めてもアザラシ救助隊』岡崎雅子寝ても覚めてもアザラシとともに―ひかるくんから月ちゃんへ、命がつなぐ物語

自作解説

2025.10.08

 『寝ても覚めてもアザラシ救助隊』の舞台でもあるアザラシ専門の保護施設、「オホーツクとっかりセンター」を退職してから3年が経った。現在もアザラシが大好き、週に1度くらいのペースでとっかりセンターに通っている私は、ついこの間まで働いていたような感覚でいるが、ふとスマートフォンの中のアザラシたちの写真を見返すと、もうそんなに月日が経過しているのかと驚く。写真の中ではまだ幼さの残るアザラシたちも、気がつけば成獣と大差ない体格にまで成長し、堂々とイベントの主役を張るまでになった。お爺ちゃん、お婆ちゃんアザラシたちは、続々と平均寿命である30歳を超え、最高齢は37歳。本書の中で紹介した、グーグくんの亡くなった年齢、34歳を超えたアザラシが7頭もいる。年齢に関係なく新しい技を習得するなど、変わらず元気ではいるものの、動きや反応から、やはり歳を取ったなぁ、と感じることがある。

 この3年間で、悲しい別れもあった。ホワイトコートの頃から成長を見守ってきたワモンアザラシのポンすけくん、えさの時間や取材対応時に頼りにしていたゴマフアザラシの忍くん。在職中は、アザラシが亡くなると、関係各所への報告や死因究明のための解剖の段取りなど、山ほどある業務に追われ、悲しみはひと段落してから押し寄せてくるのが常だった。訃報に接し、その子のこと以外は何も考えず、その場でただ涙を流したのは、退職後が初めてだった。

 一方で、嬉しい出会いもあった。新たに保護されたゴマフアザラシのソルくん、ワモンアザラシのましろくん。アザラシ好きの私からすれば、どんなアザラシももちろん可愛いが、やはり幼獣はそのサイズ感も相まって、特別に可愛い。そして誰より、今年の春、ようちゃんとかつのりくんの間に誕生した「月ちゃん」だ。ようちゃんの妊娠が発覚してから、いつ生まれるのか、母子ともに無事で生まれてくるのかと、おせっかいながらに心配していたが、ようちゃんは今回も、立派に月ちゃんを産み、育て上げた。「今回も」というのは、ようちゃんとかつのりくんの間には、私の在職中に生まれた、ひかるくんという第1子がいたのだ。ひかるくんの誕生はとても印象的な出来事で、本書の中でも紹介している。誕生から3歳で亡くなるまでの時間を一緒に過ごしてきた私にとって、ひかるくんは思い入れの強い個体だった。月ちゃんが生まれてから、その可愛い姿に会いたくて、とっかりセンターへ通う頻度が増えた。なんとなく、月ちゃんをひかるくんと重ねて見てしまうのではないか、という複雑な気持ちもあったのだが、実際に会ってみると、全然そんなことはなかった。2頭とも、見た目はお母さんのようちゃんにそっくりだが、月ちゃんと記憶の中にいるひかるくんを比べると、当然のことながら顔が違う。性格も違うだろう。「ムー! ムー!」と鳴いてお魚をねだる月ちゃんの可愛さは、とっかりセンターの公式Instagram(@tokkaricenter_official )で見られるので、ぜひとも皆さんにもご覧いただきたい。一頭一頭の輝く個性を感じられるところも、とっかりセンターの魅力である。これから月ちゃんがどんな女の子に成長していくのか、ファンの1人として末永く見守っていきたいと思っている。そして偶然にも、現在のとっかりセンターには、月ちゃんと同じワモンアザラシで、月ちゃんと年齢も近いましろくんがいる。ひかるくんとポンすけくんが仲良しだったように、いつか月ちゃんとましろくんが仲良くなってじゃれ合う姿を見られたり、いずれペアになって2頭の子どもが見られたりするのだろうか。そんなことを想像し、とっかりセンターの今後に期待が膨らむばかりである。

 さて、話は変わるが、今年の夏は紋別もとても暑かった。私の体が紋別の気候に慣れた、というだけではない。紋別らしく過ごしやすい日もあることはあったのだが、7月下旬に記録した36℃を超える気温など、紋別では今まで聞いたことがなかった。在職中、夏休みを利用して実習に来る学生さんには、念を押して防寒対策を勧めていたし、実際に私が学生で8月に実習を受けた時には、寒すぎて長袖の作業着を買い足した記憶があるくらいだ。紋別で暮らし始めてからも扇風機があれば十分で、朝晩は寒くて8月にストーブを点けることもあったのに、ここ数年はクーラーがないといよいよ厳しい暑さになってきた。夏だけではない。昨年の冬も暖かく、とっかりセンターの目の前の海では、例年のような港内結氷が見られなかった。在職中、雪かきと並ぶ冬の重労働の一つに、凍結したプールからの氷揚げがあったのだが、昨年の冬は、とっかりセンターのプールもほとんど凍らなかったという。私が、たかだか十数年住んだだけでもひしひしと感じる環境の変化を、アザラシたち、特に流氷に依存するような種は、もっと敏感に感じているのではないだろうか。

 月ちゃんの誕生や、職員および関係者の皆様のご尽力により、とっかりセンターの活動は、以前よりもさらに多くの人に知られるようになった。

アザラシが可愛い。

 その気持ちを、アザラシや私たちを取り巻く環境、そしてその未来について考えるきっかけの一つにしてもらいたい。僭越ながら『寝ても覚めてもアザラシ救助隊』も、その一助になれば幸いである。