旅、また旅 竹宮ゆゆこ

25年11月新刊『寝てる場合じゃねえんだよ』刊行記念エッセイ旅、また旅 竹宮ゆゆこ

自作解説

2025.12.01

 私は旅に出たかった。
 それは2025年11月。紅葉シーズン真っ只中の秋のある日のことでした。ここではないどこかにとにかく今すぐ行きたくなって、私は宿と電車の切符を必死に探しておりました。

 申し遅れました。竹宮ゆゆこと申します。この度『寝てる場合じゃねえんだよ』という、アホでしんどい若者たちの痛こっぱずかしい小説を、刊行させていただくことになりました。
 登場するのは、陽気な筋肉男子大学生と、陰気な眼鏡もやし男子大学生です。真逆な二人が送る学生寮での日々は、どうしようもなくコメディなはず。ただ、青春の輝きは、強ければ強いほど暗い影を作り出す。真っ暗闇の二人の夜は、寝てる場合じゃないのです。

 かれこれ丸一年以上、彼らの寮生活を書き続けていました。ようやくすべての作業が手を離れたのが10月。はっ、と我に返ったのが11月。もしかして、原稿終わってる? え、やることはもうない? ってことは、私、休んでいいのか? なにしてもいいのか?
 じゃあ、じゃあ、――旅行がしたい!
 思いつくなり、メラッ! 旅に出たい欲が燃え上がる。旅だ、今すぐ、紅葉だ温泉だ山だ海だ! 私は東京在住なので、行きやすいのは関東圏……そうだ! 箱根、行こう!
 すぐに「パカ!」パソコンを開き、「カタカタ! ポチ!」じゃらんのサイトへ。希望の日時(なる早!)や条件(部屋に温泉! 源泉かけ流し!)を入れ、「カチ! カチ! ッターン!」おたくなので擬音が全部口から出ます。
 しかし、こちらの勢いと裏腹にじゃらんの検索結果は渋い。空いている宿は0件。0件て。検索条件をゆるめても、本当に全然空いていない。仕方なく箱根を諦め、日光、鬼怒川、伊香保、四万、草津、湯田中、なんなら紅葉を諦めてもいい、伊豆、熱海、修善寺……本当にあちこち、宿を探しました。ほんの何件かだけ空いている宿もあったのですが、そこへ行く電車の席がない。車を持っていないので、電車がなければどうにもならない。
 旅行って難しい。そう思いました。そもそも秋は旅行のハイシーズン。もう諦めようとしたその時、検索画面の地図上に、その県があることにふと気付きました。
 千葉県。
 ……通勤圏だし通学圏だしあまりにもほぼ東京、あまりにも日常と地続きに思えて、無意識に候補から外していたのです。が、検索してみれば海沿いにいい感じの温泉がある。宿も空いているし、電車もある。全然ある。あるあるある! 東京駅発、特急わかしお……!

 二日後、私は千葉県の鴨川温泉に来ていました。海も魚も宿も最高でした。鴨川シーワールドにも行ったのですが、シャチ。……シャチって、とんでもない。まずサイズが潜水艦。潜水艦が、急浮上から圧巻の大ジャンプ、水面に巨体を打ち付け、怒涛の勢いで観客席に水をぶちまけてくる。頭上から降り注ぐ大量の水。ほぼ滝。白く泡立つ水柱の中で時が止まる。こんな……こんなこと、されたこと、ない……。幸いポンチョで全身を包んでいたので服や靴は無事でしたが、一番水がかかる最前列センターに陣取った観客はみんな水着にゴーグル、サンダル姿で参戦しており、水がかかると大喜びで「もっと来いや!」「もっとかけろや!」シャチを煽り、シャチはシャチでさらにやる気、もはや「ジャンプしたらたまたま水が跳ねちゃったの」という言い訳すら放棄し、巨大な尾びれを高々跳ね上げ、ひたすら水面を叩きまくってザブザブと大量の水を人間たちの頭上に撒き散らしていました。人間、大歓声。
 人間はシャチに濡らされて幸せ、シャチは人間を濡らしてご褒美をもらって幸せ。みんなが幸せになれる最高のひとときを鴨川で過ごすことができました。

 私は旅が好きです。だから、小説を書いています。ここではないどこかの世界をこの目で見る。この耳で聞く。この肌で触れる。この魂を運んで行って、そこでしばらく生きてみる。私にとっては、それが小説を書くということです。小説を書き終えるのは旅の終わりと同じで、だからこの秋、私は旅に出たかった。大学の学生寮で一つの部屋を左右に分け、騒がしく暮らす彼らの世界から自分の世界に帰還し、もう次の旅にうずうずと胸を震わせていたのです。もしよろしければページを開いて、『寝てる場合じゃねえんだよ』の世界を旅していただけましたら幸いです。