箱根駅伝「山の神」が明かす“襷の重み”と競技の未来図。神野大地×佐藤 俊×堂場瞬一 スペシャルトーク

『チームⅣ』『箱根2区』刊行記念 青山学院大学OB鼎談箱根駅伝「山の神」が明かす“襷の重み”と競技の未来図。
神野大地×佐藤 俊×堂場瞬一 スペシャルトーク

インタビュー・対談

2025.12.15

箱根駅伝・学連選抜チームの絆を描いた駅伝小説「チーム」シリーズが人気の作家・堂場瞬一さん。箱根駅伝をテーマに多数のノンフィクション作品を発表するライター・佐藤俊さん。そして、初優勝レース時の快走で箱根駅伝「3代目・山の神」として一躍脚光を浴びた神野大地さん。箱根駅伝の歴史を変えたと言っても過言ではない青山学院大学のOBという共通点がある三氏の初顔合わせが、このたび実現! 原監督の“ワンマンではない”指導術、神野さんが明かすレース中の秘話など、知られざる舞台裏から駅伝競技の未来図まで、熱く語り尽くしていただきました。
(構成・文/友清 哲)

駅伝の歴史を変えた原監督はどこが凄いのか!?


堂場 青山学院大学出身者が3人そろったわけですけど、僕や佐藤さんの世代からすると、まさか母校がこうして駅伝で勝ちまくる時代が来るなんて、夢にも思っていなかったですよね。

佐藤 本当にそうですね。当時の青学は、ラグビー部がオールブラックスのような黒いジャージを着ていてカッコよかった印象はあるんですけど、陸上に関してはまったく話題にあがりませんでした。

堂場 駅伝はそもそも箱根に出ていなかったので、注目しようがなかったというのが本音ですよ。

佐藤 そう考えるとやはり、原監督の登場は大きいですよね。他大の監督はわりと教育者あがりの方が多いのに対して、原監督は元サラリーマン。とくに違いを感じるのは、自分がやれない部分は他人に任せるという、役割分担ができる点です。

神野 それは僕も在学中から感じていました。たとえばフィジカルトレーニングは外部から専門家を呼んで来るとか、チームで部を運営しているイメージが強かったですね。

佐藤 まさしく、そういうところに原監督ならではのビジネス感覚を感じます。

神野 それに、選手とのコミュニケーションの取り方が絶妙なんですよ。「この選手はこう励ましたほうが気持ちが乗るだろう」とか、「こういうタイプには叱咤激励して鼓舞しよう」とか、一人ひとりをちゃんと見て接し方を使い分けているんです。

堂場 それで箱根駅伝で何度も優勝しちゃうのだから、もうリアリティが感じられない凄さですよ。まるで漫画の世界のようです。

神野 僕が青学へ行こうと決めたのは、ちょうどシード権を取り始めたくらいのタイミングで、「もしかしたら箱根に行けるかも」という程度の期待があってのことだったんです。それがまさか、優勝して連覇するなんて……という感じですよ(笑)。

佐藤 また、原監督はスカウティングも上手かったと思うんです。とくに神野君たちが優勝したあたりの時期は、青学というブランドもしっかり確立していたでしょうし。

神野 そうですね、それも大きいと思います。

堂場 それに、世間一般の皆さんも何となくイメージしていると思うんですけど、青学の体質として、あまりハードにガンガンしごかれるのを好まないじゃないですか?(笑) 原監督のような今っぽいやり方が、やはり合っていたのでしょうね。

神野 たしかに、選手に直接言うと角が立ちそうなアドバイスについては、あえて主務やマネージャーに「俺はこう思うんだよね」と話して、間接的に伝えるようなやり方を原監督はしていました。第三者を1人介するだけで、妙に腹落ち感のあることもありますからね。

堂場 いわゆるワンマンタイプの監督とは対極ですよね。

知られざる駅伝選手の食事事情

神野 僕の時代はとくに、原監督も一緒に寮生活をしていて、食事の時も必ず選手とコミュニケーションを取っていました。だから選手の深いところまで理解していて、試合前で緊張している選手がいたり、食事の量が減っている選手がいたりするのを、すべて見ているんです。最後に10人の出場選手を決める際も、タイムではなくコンディションを踏まえて選ぶので、当日ベストなパフォーマンスを発揮する選手が多かったですね。

堂場 それは素晴らしい。平成の終わりから令和にかけてのこの時代に、スポーツにおける新たなコーチングの在り方を示してくれた感があります。

神野 ただ、あえて当時の環境で難点を挙げるとすれば、その食事なんですよ。大学の食堂で作られた料理が寮に運ばれてくるのですが、調理から時間が経っているので、どうしても冷えたご飯になってしまうのがちょっと寂しかったですね。

佐藤 そのあたりが改善されれば、さらに好成績を残せた可能性も?(笑)

神野 そうかもしれないですね(笑)。少なくとも、僕は大学時代に疲労骨折を4回やっているので、食事についてはもう少し考えるべきだったとは思います。

佐藤 でも昼食は自由だから、外食もしていたでしょう?

神野 まさに、実はそこでけっこう差がつくんですよ。みんなアルバイトができる状況ではないので、親からの仕送りでやりくりしているのですが、それを競技のために食事にお金をかける選手もいれば、趣味に使う選手もいて。僕は何も考えずにステーキや焼き肉ばかり食べていたので、もう少し考えるべきだったと反省しています。

堂場 もっとカルシウムを摂るべきだった、と。

神野 本当にそうなんですよ。実際、昼食を節約する選手は怪我が多かったですから。

堂場 そう考えると、めちゃくちゃシビアな世界ですよね。いろんなスポーツがある中で、最も食事に気を使わなければならないのは、長距離走の選手なのかもしれません。

神野 よく「食事制限しているの?」と聞かれますけど、量ではなく内容が大切なんです。毎日30キロ以上走るので、何をどれだけ食べても太りようがないので、栄養バランスを考えて摂取しなければなりません。

堂場 なるほど。その点、僕はラグビー部だったから、肉食って米食ってバーベル上げとけばそれでよかったから楽でしたよ(笑)。

駅伝選手の“364日”に着目

佐藤 ちなみに。僕がこうして駅伝を題材にするようになったのも、実は青学の優勝がきっかけでした。ちょうど初優勝の直後に青学出身ジャーナリストの会合があり、そこで喜びを分かち合いながら、「箱根駅伝の選手たちは年に2日間スポットがあたるけど、他の日は何をしているのだろう」と話題になったんです。出場選手1人あたりでいえば、走る当日以外の364日の過ごし方というのはたしかに興味深いテーマだなと、原監督に取材オファーを差し上げたのが始まりです。

堂場 気になりますよね。正月にはお茶の間で凄まじいスポットのあたり方をする彼らが、何をどうやってその日にたどり着いているのか。

佐藤 実際、1年間密着してみて、どういう流れで最終的に箱根駅伝を迎えるのかが、よく理解できました。そしてそれを機に、すっかり箱根駅伝にハマってしまって。

堂場 そうして生まれたのが、『箱根2区』や『箱根5区』といった作品なわけですね。とくに5区は、青学が初優勝を果たした時に神野さんが走った区間でもあります。

神野 それでいうと実は、僕はもともと5区を走りたいと思ったことは一度もなくて、てっきり2区を走るものだと思っていたんです。その前年も2区を走っていましたし、原監督からもずっと「2区で行くぞ」と言われていたので。

堂場 それがなぜ5区を走ることに?

神野 箱根本番の1カ月半前に山を走りに行ったら、そこでけっこういいタイムが出たんです。この時はチーム全体としてとにかく優勝を目指そうという士気が高まっていて、そのためには自分が5区を走るのが最善だろうということになったんです。

佐藤 1カ月半前というのもまた、急ですよね。

神野 そうなんですよ。でも、その山の練習でのタイムを見て、原監督が「これは行けるぞ!」、「お前、山の神になれるぞ!」とすごく興奮していて。そこから「ワクワク大作戦」という、みんながワクワクするレースをしようという作戦名が生まれました。

堂場 そういう監督の興奮ぶりに乗せられたところもあるんじゃないですか?

神野 今にして思えば、やっぱりありましたね(笑)。5区を走るからには山の神になりたいと思って当日を迎えていましたし。

佐藤 誰がどこを走るかという采配も、重要な戦術のひとつですからね。原監督もいろいろ考えを巡らせていたのだと思いますよ。もちろん、起伏の激しい5区のように、区間の特性に合わせて選手を決めるのが大前提ですが。

堂場 だから、ディープな箱根駅伝ファンは、事前に各大学で誰が何区を走るのか、予想して楽しんだりもしますよね。

駅伝は気持ちをリレーする希有なスポーツ

堂場 他のスポーツと比べて駅伝が特別なのは、対戦相手について対策を練る競技ではない部分だと思うんですよ。誰が同じ区間に来るかは直前までわからないわけですから。

佐藤 たしかにそうですね。

堂場 だから、自分自身やチームとしての戦いがまず先にあって、もちろん相手に勝たなければならないんだけど、それはどちらかというと結果論のような側面で、選手はとにかく自分のベストタイムを出せるかどうかに注力する、と。これはチームスポーツとしてはなかなか特殊ですよ。

佐藤 だからこそ、精神的な部分が物を言うのかもしれません。

堂場 逆に、何かテクニック的な要素というのはあるんですか? たとえば襷の受け渡しとか。

神野 いえ、あまりないですね。

堂場 そうですよね。これが短距離なら、バトンの受け渡しでタイムを短縮できますけど、駅伝の場合はいわば気持ちのリレーなわけで、まさにそこがチームスポーツとして異質な部分だと、小説を書いていても感じます。

神野 余談ですが、テレビ中継では伝わらないところでいうと、襷って実際に受け取ると、汗でべちゃべちゃなんですよ(笑)。

一同 (笑)

神野 だから見た目以上に重くて、気持ちの重さが伝わってくる瞬間でもあります。真冬でもこんなに汗を流して頑張ってくれたんだと思うと、襷を受け取った瞬間にこちらもスイッチが入りますからね。

堂場 なるほど。そういう部分をもっと表現できると、さらに駅伝ファンが増えるかもしれません。たとえば昔、襷にGPS発信機を仕込んで、よりリアルタイムに選手の状況を追跡できるようにしてはどうかと考えたことがあるんですが、そんなに濡れているならたぶん故障しちゃいますね(笑)。

佐藤 ドローンを飛ばせれば、上空からの俯瞰もできていいのかもしれないけど、地形的に風の強い区間もあるし、なかなか難しいのが現実です。

堂場 そうですよね。それから、小説家の立場からすると、走っている時に選手が何を考えているのかというのも、気になるポイントです。初期の頃は取材もしていたのですが、結局、選手によってまったく答えが違うので、「じゃあ何を書いても大丈夫だな」と、取材するのを辞めてしまったのですが。

神野 僕の場合は、ゴールして喜んでいる自分の姿を想像しますね。

佐藤 イメトレに近いものですかね。

神野 そうですね。あとは、「無」になるよう意識しています。呼吸とか腕の振り方とか、頭を使わなくても考えられるところに気持ちを向けていると、ゾーンに入りやすいと言われているので。

堂場 走りながらタイムをチェックしたりはしないんですか?

神野 一応、見ていますけど、そこで速いとか遅いとか計算すると良くないんですよ。あまりいろんなことを考えずに、たとえば呼吸のリズムだけをずっと頭の中で追っていると、いつの間にか速いペースで走っているのにきつくない状態に入れたりするんです。

佐藤 なるほど、まさにゾーンですよね。

駅伝の魅力をより広く伝えていくために

堂場 こうしてリアルな体験に触れていると、返す返すもノンフィクションをやる方は大変だなと痛感しますよ。今のようなお話をたくさん聞いて、作品に落とし込まなければならないわけですから。

佐藤 そうですかね? 僕の立場からすると、頭の中でプロットを考えて形にしていくほうが難しいように思えますが。

堂場 僕の場合は取材をしなくても書けるので大丈夫(笑)。佐藤さんのように、実際にモチーフとなる2区や5区を走ってみる必要もないですし。

佐藤 たしかに、選手がどういうところを走っているのかを知ることは大事だと思っています。実際には走力が違うので感覚もまったく違うのでしょうけど、そのコースの特性を知ったうえで選手にあたりたいというのはありますね。

神野 そういえば、中継を担当する日本テレビのアナウンサーの方も皆、自分の担当の区間を歩くのが決まりらしいです。

佐藤 そうらしいですね。でも、素人からすると歩くだけでも相当しんどいですよ(笑)。だからこそ、「こんなところを走っているのか」と実感できるわけですが。

堂場 長距離走というのは相手との接触がない競技だから、なおさらそういった内なる感覚を伝えることが大切なのでしょうね。フィクションでもノンフィクションでも、そしてテレビでも。

佐藤 あとは、よく聞かれるのは取材対象との距離感です。箱根駅伝はアマチュアスポーツですから、プロスポーツと違って選手へのアプローチの仕方に配慮が必要だと思うんですよ。たとえばサッカーの現場などでは、ある程度評論家目線で上から物を言っても許されるムードがありますが、学生スポーツとなるとそうもいきません。

堂場 なるほど、それは明確な違いですよね。

神野 そのあたりを凄くお気遣いいただいているからなのか、佐藤さんが相手だと安心して何でも話せる感覚はあります。これも関係性ができあがっていればこそなのでしょうね。

堂場 そんな神野さんは、今はプレイングマネージャーとして、M&Aベストパートナーズの陸上部「MABPマーヴェリック」のニューイヤー駅伝出場を決めました。ずばり、駅伝という競技の今後をどう考えていますか?

神野 やはり少子化でこれから競技人口も減っていくはずですから、他のスポーツに負けず、もっと魅力的な競技にしていかなければならないですよね。SNSなどを活用してもっと多くの人に興味を持ってもらえるよう工夫する必要がありますし、選手が経済的にも報われるスポーツでなければなりません。そのために、まだまだやらなければいけないことはたくさんあると思います。

堂場 おっしゃる通りですね。まずは我々も、年明けのニューイヤー駅伝の結果と、神野さんの今後の活躍を楽しみにしています。

(2025年11月 東京都内にて)

(写真左から)堂場瞬一さん、神野大地さん、佐藤俊さん

神野大地(かみの・だいち)

1993年愛知県津島市生まれ。中学校入学と同時に本格的に陸上を始め、中京大中京高校から青山学院大学(総合文化政策学部)に進学。大学3年生の時に箱根駅伝往路5区で区間新記録を樹立、“3代目山の神”として駅伝ファンに親しまれる。卒業後は実業団に進み、プロランナーへの転向を経て、現在は株式会社M&Aベストパートナーズが運営する実業団チーム「MABPマーヴェリック」の選手兼監督として活動中。
MABPマーヴェリック 陸上部公式サイト https://mabp-maverick.jp/


佐藤俊(さとう・しゅん)

1963年北海道生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、出版社を経て1993年、フリ-ランスとして独立。サッカ-、陸上を中心に、ジャンルを問わない、仕事は断らないがポリシ-。波乗りとマラソンを愛す。『稲本潤一1979-2002』『宮本恒靖 学ぶ人』(文藝春秋)、『箱根0区を駆ける者たち』(幻冬舎)、『箱根奪取 東海大・スピード世代 結実のとき』(集英社)、『箱根5区』『箱根2区』(徳間書店)など著書多数。


堂場瞬一(どうば・しゅんいち)

1963年生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業。2000年『8年』で第13回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。警察小説とスポーツ小説の両ジャンルを軸に、意欲的に執筆活動を行っている。スポーツ小説には『チーム』『チームⅡ』『チームⅢ』『キング』『ヒート』『大延長』『ラストダンス』『ザ・ウォール』『大連合』『ザ・ミッション』『綱を引く』(いずれも実業之日本社)など多数の作品がある。2025年11月刊行『チームⅣ』で著作200冊に到達。