『一・五代目 孫正義』“孫家の訓え”から学ぶ新しい思考法

孫泰蔵氏 × 井上篤夫氏 特別対談『一・五代目 孫正義』“孫家の訓え”から学ぶ新しい思考法

レポート

2026.04.01

2025年10月3日、東京・青山の小原流会館地下2階イベントスペース「エスパスⅠ」で、新刊『一・五代目 孫正義』(実業之日本社)の刊行を記念した特別対談が行われた。登壇したのは、起業家の孫泰蔵氏と、同書の著者である作家の井上篤夫氏。
50名ほどの聴衆が集まり、オンラインでも多くの参加者が見守るなか、熱気と静けさが共存するような空気が会場を包んだ。
本書は、ソフトバンクグループ孫正義会長兼社長を38年にわたって取材してきた井上氏が、その生い立ち、思想、そして父・三憲氏との関係を丹念に描き出したノンフィクションである。今回の対談では、取材者と家族という異なる立場から、「孫家の訓え」に秘められた思考法と生き方が語られた。
文・構成:森谷 令(編集部)

■ 挑戦を生きる父と息子

冒頭、井上氏は『一・五代目 孫正義』執筆の背景を振り返りながら、「孫家の物語は、父・三憲さんの“挑戦の連鎖”から始まる」と語った。
孫三憲氏は、その両親の時代に朝鮮半島から日本へと渡り、事業を興した人物だ。その信条を表す言葉が、息子たちに強く刻まれている。
「人がしきらんことは、俺がしてみる」
この一言が、孫家の原点ともいえる。「常識にとらわれず、自分の中の確信を信じて動く。それが孫家の血に流れている」と井上氏は強調する。
一方で、取材を重ねるなかで感じたのは「冷静さ」でもあったという。
「孫家の人々は、直感的なようでいて実は深く考えている。彼らにとって“静けさ”は思考の前提なんです」と井上氏。
この“静けさ”こそ、後半で語られる孫泰蔵氏のキーワード「ローギア」につながっていく。

泰蔵氏もまた、父の言葉を受け継ぐ一人としてこう語る。
「父はいつも“誰もやっていないことを探せ”と言っていました。私も兄(正義氏)も、やる前に迷うより“やってみること”を選ぶ。失敗しても、それが経験になると教えられてきました」
取材者としての井上氏と、家族としての泰蔵氏。
二人の視点が交差することで、「挑戦」という言葉が単なる意欲や野心ではなく、“受け継がれた思考法”として浮かび上がってくる。

■ 孫家に流れる“利他”の精神

対談が進むにつれ、話題は「孫家の意思決定」へと移った。泰蔵氏は、重要な決断の際に家族が見せる共通点として、「一度ローギアに入る」と表現した。

「兄も父も、大きな決断の前ほど静かになる。感情を高ぶらせず、ギアを落とすんです。」
ローギアの強さ、そして静けさこそが、孫家の強さの源なのだと泰蔵氏は語る。
「世の中はスピードを求めますが、本当に大切なのは、静かに、確実に前進することです。焦らず、深く考えて動く。そこに、持続的な意思決定の力がある。」
井上氏もこの考えに強くうなずいた。
「38年間、孫正義という人を見てきて思うのは、彼が“静けさの中で燃える人”だということ。外から見ると豪快に見えるが、実際には繊細な分析と覚悟の積み重ねがある。
ローギアに入る静けさは、彼らの“勝負の瞬間”なんです」

続いて話題は、“孫家の訓え”のもう一つの柱である“利他”へ。
「父も兄も、“世界をどう変えたいか”という問いから出発している。
究極に自己満足を突き詰めると、自分だけがいいという状態では物足りなくなる。
それをさらに突き詰めると、やっぱり利他に行く、と兄はよく言葉にしていましたが、それは父も一緒でした」

泰蔵氏は自身の起業経験を踏まえながら語った。
「私は“誰かの成功を再現する”ことに興味がないんです。兄は情報革命を掲げ、私は“人間の創造性”に焦点を当てる。違う領域でも、根底には同じ教えがあります。
それは、“自分のやるべきことを見つけ、他の誰とも比べない”ということ」

井上氏が、孫正義氏が掲げる“ナンバーワン”に対し、泰蔵氏は“オンリーワン”である、と述べると、泰蔵氏は「それは畏れ多い」と笑いながら、既存の競争環境で頂点を目指すのではなく、独自の誰にも真似できない道を切り開き、その領域の「唯一の存在(オンリーワン)」になることで、結果的にトップに立つというアプローチをしている、と語った。

■ 次世代へのメッセージ

対談の終盤、話題は「次世代にどうバトンを渡すか」に及んだ。
泰蔵氏は、いまの若い世代が抱える「正解志向」に触れつつ、こう語る。
「今の時代、効率や成功の“型”を求める傾向が強い。でも、誰かが用意した答えの中には、自分の人生はないと思うんです」
その言葉に井上氏も、「まさに“孫家の訓え”が、今の時代にこそ必要だ」と応じる。
「変化の激しい現代において、自分の頭で考え、決断し、責任を持つ。三憲さんが教えたのは、そういう“人間の強さ”だった」

会場からの質問も活発に寄せられた。
ある参加者が「挑戦を続けるために、どうモチベーションを保っていますか?」と尋ねると、泰蔵氏は少し考えたあと、穏やかに答えた。
「モチベーションは外からもらうものではありません。内側から湧き上がる“なぜ自分はこれをやるのか”という問いを、常に持ち続けること。 それが見つかれば、続けることは苦にならないんです」
その言葉には、父から受け継いだ“思考の静けさ”と、次世代に託す“挑戦の火”が宿っていた。

■ 結び

2時間にわたる対談は、熱を帯びながらも終始穏やかに進行した。
そこには、挑戦を美化するのではなく、“考え抜く力”を重んじる孫家の姿勢が一貫してあった。
泰蔵氏と井上氏が語ったのは、時代を超えて通用する「行動の哲学」であり、
それは単に孫家の家訓にとどまらず、私たち一人ひとりが自分の生き方を見つめ直すヒントでもある。