刀根里衣さんインタビュー|絵本『春に恋したねこ』誕生秘話

絵本作家・刀根里衣さんに『春に恋したねこ』の誕生秘話をインタビュー。 作品に込めた思いや、物語が生まれた背景について伺いました。 刀根里衣さんインタビュー|絵本『春に恋したねこ』誕生秘話

インタビュー・対談

2026.07.28

冬の妖精たちによって生み出された、雪でできたまっしろなねこ・ユキ。
白と青だけの世界で暮らしていたユキは、ある日、小さなことりと出会います。色鮮やかであたたかなことりから、まだ見たことのない「春」の存在を教えてもらったユキは、春に強く心を惹かれていきます。
けれど、雪でできているユキにとって、春の訪れは自分が溶けてしまうことを意味していました。
春を見たい。けれど、春が来れば自分はいなくなってしまう――。

美しい色彩と静かな言葉で、憧れと葛藤、命の循環を描いた絵本『春に恋したねこ』。
物語はどのようにして生まれたのでしょうか。
作者の刀根里衣さんに、作品に込めた思いや、物語が生まれた背景について伺いました。
雪の世界で暮らすユキと雪だるまたち
※この記事では、物語の結末に触れています。
「春に恋する」という言葉に込めた思い
『春に恋したねこ』というタイトルは、とても詩的で、思わず物語を知りたくなります。このタイトルには、どのような思いを込められたのでしょうか。
春に憧れ、心待ちにする切なくも純粋な気持ちを、「恋」という言葉を使って表現しました。タイトルを目にしたときに、「春に恋する」という何か素敵なことが起こりそうな予感を感じてもらえたらと思っています。
また、ユキが具体的に誰に、または何に「恋」をしていたのか、読者の方それぞれが想像を膨らませていただけると嬉しいです。
雪だるまから生まれた、白いねこ・ユキ
雪でできた白いねこ・ユキが「春」に恋をするという発想は、どのように生まれたのでしょうか。最初に浮かんだのは、“春を待つ物語”でしたか。それとも、主人公のイメージでしたか。
主人公は最初こそ「雪だるま」というもっとアノニマスなキャラクターだったのですが、物語のベースはかなり前から私の頭の中にありました。
時間をかけてお話を構築していく中で、より主人公は個性のあるキャラクターの方がよいと考え、冬の動物とは全く関係のない「雪でできたねこ」を主人公に据えることにしました。
ことりの「あたたかさ」が表すもの
ことりに触れたユキが、その「あたたかさ」に驚く場面が印象的です。この作品のなかで、“あたたかさ”はどのようなものとして描かれているのでしょうか。
あたたかいことりと、冷たい雪でできたユキ、そのふたつの「命の対比」、そして「春と冬の対比」として描きました。
ユキは「春」に惹かれていきますが、春を呼び起こすあたたかさは、自分自身を溶かしてしまうものだと雪だるまたちに知らされます。新しい命を生み出すあたたかさは、ユキにとっては残酷なものでもありました。
終盤、自分が消えてしまうと分かっていながらも、ユキは再びことりのあたたかさに触れます。そのときの「あぁ、ことりさん、あなたはやっぱりとってもあたたかいわね」という言葉。ことりのあたたかさは、まさに「命を持つこと」そのものであり、ユキの切ない憧れでもあったのだと思います。
春への憧れと、消えてしまう怖さ
ユキは「春を見たい」と願いながら、春が来れば自分が消えてしまうことを知ります。この切なさと、相反する心の動きを描くうえで、意識されたことはありますか。
ユキの胸の中にある「矛盾する心の動き」を、丁寧に描写することを意識しました。
偶然知った「春」に恋焦がれる一方で、その春が来るときには、自分はもういなくなってしまう。春は見たいけれど、あたたかくなることは、少しでも長くこの場所にとどまりたいと願うユキにとって、同時に「脅威」でもあるわけです。
そうした切ない矛盾を、大袈裟なセリフや絵で表現するのではなく、物語の節々にそっと忍び込ませるように描きました。
例えば物語の中盤、ユキが太陽の照る日なたに出るのをためらう場面があります。自分が溶けてしまうことを知っているからですが、同時にユキは「ことりのような春を待つ生き物たちは、今ごろ喜んで太陽の光を浴びているはず」と想像しています。本当はユキだって、みんなと一緒に太陽の下で春を待ちたかったはずです。命を持つ者と持たざる者を光と影を使って表現したつもりです。
一見すると何気なく、淡々と進んでいく物語ですが、そうしたユキの小さな心の揺れを、読者の方々にも色々と深掘りして感じていただけたら嬉しいです。
「終わり」ではなく、春へとめぐっていく
雪だるまたちは「とけたら大地にかえって、春をむかえるおてつだいをする」と語ります。この“終わりではなく、めぐっていく”という感覚は、作品全体の大切なテーマなのでしょうか。
根底にあるテーマとしてとても大切にしていますが、これに関しても、絵本の中で大々的にメッセージとして宣言しているわけではありません。
ユキが、春の訪れとともに溶けていく雪だるまたちと会話をし、彼らの姿が消えた後の景色を見て「こうして春が生まれていくんだ」と気づかされ、やがて自分の役目を静かに自覚していく……という流れを意識しました。
ただ、私から「この物語をこう受け取ってほしい」という強いメッセージや希望はありません。物語の結末も含めて、読み手の方それぞれが自由に感じ取った「ユキの物語」があっていいのではないかと思っています。
白と青の世界から、色と命に満ちた春へ
ユキは、ことりとの出会いによって、白と青だけの世界から、色と命に満ちた春を知ります。この色彩の変化は、どのように設計されましたか。また、この場面では、どのような気持ちを表現されたのでしょうか。
単純ですが、青=静寂の冬の世界と定義し、だんだんと春が近づくにつれて色数を増やしていきました。
物語の流れの中の一場面であり、特別な意味を持たせたわけではないですが、知らないことを「知りたい」と誰もが純粋に思う気持ちを表現しました。
読者に特にじっくり見てほしいところや、ご自身で気に入っている場面はありますか。
特定の1ページというよりも、ページをめくるごとに変わっていく「ユキの心の変化」をじっくり見ていただきたいです。
最初はただ春に恋焦がれていたユキが、だんだんと自らの役目を自覚していきます。そんな中でも、終盤にことりに乗ったときの「あぁ、ことりさん、あなたはやっぱりとってもあたたかいわね」というセリフからは、消えてしまう切なさだけでなく、「命を持って生きたかった」という純粋な憧れも感じ取っていただけると思います。
そして、ラストのページに描いた、春の訪れを祝福するような雨。ユキの姿はもうそこにはありませんが、「ユキの一番の願いはちゃんと叶ったんだな」と、あたたかい余韻を感じていただけるシーンになっていると思います。
ユキの願いと、「やさしい雨」の意味
ラストではユキの姿が消えてしまいますが、春の雨や花、動物たちのなかに、その存在が残っているようにも感じられます。刀根さんご自身は、ユキの結末をどのように捉えていますか。
私が「結末はこうです」と一つに結論づけてしまうのはあまり好きではないのですが、ユキはいろいろな葛藤を抱えながらも、最後は自分の選んだ選択に満足して、静かに姿を消していったのだと考えています。
そして、先ほどのお話と重複しますが、ユキの一番の願いはちゃんと叶ったのではないかと思っています。また、「とてもあたたかくてやさしい雨」の意味をそれぞれの解釈で考察していただけたら嬉しいです。
読んだ人それぞれの「ユキの物語」
この絵本を、子どもたち、そして一緒に読む大人たちに、どのように受け取ってもらえたらうれしいですか。
このインタビューで私自身の制作意図をいろいろとお話ししてきましたが、読み手の解釈はそれぞれ違うと思うので、まず皆さんが最初に感じたその気持ちを大切にしてほしいと思います。
そして、物語中では語りきれていないこと、あえて語っていないこともたくさんあると思います。そういったことを「あれはきっとああだったんじゃないか、こうだったんじゃないか」と想像を膨らませてもらえたら嬉しいです。

刀根里衣 (とね さとえ)
福井県生まれ。絵本作家。
2010年、イタリア人編集者に見いだされ、翌年『なんにもできなかったとり』(“Questo posso farlo”、NHK出版)でデビュー。
ミラノを拠点に約12年を過ごし、現在は日本とイタリアの二拠点で創作活動を行う。
2012・13年にボローニャ国際絵本原画展入選、13年「国際イラストレーション賞」受賞。
受賞作をもとにした『ぴっぽのたび』(“El viaje de PIPO”、NHK出版)は日本でのデビュー作。
主な著作に『モカと幸せのコーヒー』(NHK出版)『ねずくんとママのおおげんか』(Gakken)ほか。(2026年1月現在)