お世話になっておりますFile 11. 追悼 ジョゼフ・ウォンボー 伏尾美紀

コラム

2026.04.14

 過去から現在に至るまで、数えきれないほどの警察小説を読み漁ってきた。エド・マクベインやヒラリー・ウォー、スチュアート・ウッズ、ジェイムズ・エルロイ、コリン・デクスター、マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールーなどなどなど、とても全ての作家とその作品を挙げることはできない。
 現在、曲がりなりにも警察小説を書く身としては、その全てが血となり肉となり、これまで出会った全ての警察小説に対して「お世話になっております」と頭を下げねばならないだろう。
 そんな中でも別格なのが、ジョゼフ・ウォンボーだ。
 ウォンボーは元々、ロス市警の警察官だった。処女作の『センチュリアン』は、まだロス市警在職中に書かれたものだ。と聞いて、アメリカの警察って自由だな、と思ったのだが、実は規則違反だったらしい。
『センチュリアン』は制服警官たちを主人公にした群像劇だ。
 ヒラリー・ウォーが警察小説というジャンルを確立させたとするならば、ウォンボーは警察官小説(・・・・・)というジャンルを初めて世に送り出した作家ではないだろうか。
 少なくとも私は、ウォンボーが登場する以前に、警察官の群像小説など読んだことがなかった(以降もあまり記憶にない)。
 むろん、ウォンボー以前から、警察の捜査を緻密に描く、ポリスプロシーデュラルと呼ばれる作品は数多くあった。代表的なものはウォーの『失踪当時の服装は』、エド・マクベインの『87分署』シリーズなどだろう。しかしこうした物語の主人公はいつも刑事たちだった。
 現在でも、警察小説といえば、刑事たちにスポットライトのあたる作品が主流である。
 それゆえにウォンボーは新しかった。
『センチュリアン』こそが、ウォンボーの最高傑作であるという声は多い。
 だが私の一押しの作品は、5作目となる『ハリウッドの殺人』だ。
 こちらの主役は刑事である。
 あっと驚くどんでん返しや、派手な銃撃戦などはない。
 誤解を恐れず言うならば、殺人事件の真相もどうでもいい。
 複数の事件が並行して発生し、刑事たちの私生活に焦点があたる点では『センチュリアン』と同様だ。
 また、登場人物たちは刑事でありながら、不道徳でいい加減で怠惰である。軽口を叩きあい、給料日の夜は、吐くまで飲んで羽目を外し、二日酔いのまま事件の捜査にあたる。誰もかれも正義感など母親の腹の中に忘れてきた、といった態度に見えることも、『センチュリアン』に共通する。
 ところが物語が進むにつれて、現場で働く刑事たちの苦悩やストレス、仲間への思いなどが静かに浮かび上がってくる。
 ウォンボーの作品は警察小説というより、警察官や刑事たちの人間ドラマなのだ。
 本作の主人公のマッキーは仕事のストレスで勃起不全に悩み、妻との離婚問題を抱えるパートナーのウェルボーンは、ダニー・メドウズという少年の虐待事件をきっかけに、精神を病んでいく。
 この二人の刑事の関係性こそが、『センチュリアン』以上の深い人間ドラマを生み出し、ラストに圧倒的な余韻を残す。だからこそ、私の中のベストワンなのだ。
 これまで何度読み直したかわからない。おそらくこれからもずっと読み続けていく作品であろう。
『ボッシュ』シリーズで知られるマイクル・コナリーは、ウォンボーを師と仰ぎ、警察小説のスタイルを変えた作家であると述べた。
 その影響は小説だけに留まらない。
 警察官の群像ドラマとしてエミー賞も受賞した『ヒルストリート・ブルース』。これも私は好きな作品だが、ウォンボーの存在を抜きにして生まれることはなかった。これ以降、アメリカの警察ドラマでは、群像劇が当たり前となる。事件の捜査のみならず、警察官たちの私生活まで描かれることも、定番化したと言っていいだろう。
 だがウォンボーの日本での知名度は、こうした貢献度に比較すると残念ながら低い。
 理由は幾つかあるが、ウォンボーの警察小説の特徴は、なんといってもその圧倒的リアルさにある。そこがむしろ、万人受けしづらいのではないだろうか。
『ハリウッドの殺人』を例にとると、まず訳者あとがきで、1章から読んだら挫折するかもしれない、といったことが書いてある。なにしろ肝心の殺人事件の捜査が一向に始まらず、刑事たちが酒場で飲んだくれていたり、主人公が勃たなくて焦っていたり、上司がひどい便秘に苦しんでいたり、といった話が冒頭から30ページ近く続くのだ。こうした話を面白いと思えるかどうかが、ウォンボー作品を楽しめるかどうかの分かれ道であろう。
 さらには現在、彼の著作は新刊で入手することはできず、古本を探すしかない。その点でも、他人に気軽に布教しづらいのが難点だ。
 いつか、ウォンボーのような警察群像小説を書いてみたい。登場人物表が2ページ以上に亘って、刑事、警察官の名前で埋め尽くされるのだ。きっと編集者にとっては(読者にとっても)悪夢のような小説になることだろう。
 ジョゼフ・ウォンボーは2025年2月28日に亡くなった。
 お世話になりました。これからもずっとお世話になります。ジョゼフ・ウォンボー殿。


ふしお・みき
1967年北海道生まれ、北海道在住。2021年、『北緯43度のコールドケース』で第67回江戸川乱歩賞を受賞、同作でデビュー。2025年に上梓した『百年の時効』が、「本の雑誌が選ぶ2025年度ベスト10」第1位に輝いたほか、「このミステリーがすごい!2026年版」で国内編第4位、2025年版「週刊文春ミステリーベスト10」で国内部門第3位にランクインするなど、同年度のランキングを席巻。さらに同作は、第28回大藪春彦賞、第47回吉川英治文学新人賞をダブル受賞(2026年4月10日現在)。他の著書に『数学の女王 道警 沢村依理子』『最悪の相棒』がある。