柴田亜美の「浮世の氣楽絵」第11回 「名古屋城の金鯱」

コラム

2026.04.25

 魚の体に龍や虎の頭。この奇怪な生き物、実は鯱(シャチホコ)である。巨大な魚の絵を描きたくなったので、何気なく鯱の由来でも調べてみるかとネットで検索したら、この説明が出てきて驚いた。単に頭がデカい魚じゃなかったのね。『龍』や『虎』の単語が出てきては神獣好きとしてジッとしてはいられない。さっそく日本一有名な鯱がいる名古屋城を取材するため新幹線に飛び乗った。

 そもそも鯱を初めて城に飾ったのは、あの戦国時代の風雲児織田信長で、安土城の天守にド派手な金の鯱を飾ったのが始まりだそうだ。他の戦国大名もそれに続き、豊臣秀吉は 大坂城に金鯱、そして徳川家康が名古屋城に金鯱を飾った。鯱は中国では水を司る霊獣なので、火災から建物を守る火除けの守り神として屋根に飾られるようになったそうである。

 名古屋城の天守を見上げると、左右の両端に輝く金鯱が。北側が雄、南側が雌だそうだ。
 仰天したのがこの金鯱、金箔でなく金の板が貼り付けられているとの事。戦火での焼失もあり現在の金鯱は昭和34年に再建されたものらしいが、創建時の金鯱には慶長大判1940枚分、純金量に換算すると220kg程度に相当する金が使われていたそうである。

 金の相場はコロコロ変わるけれど、今だと何十億もの価値がある鯱を野晒しにしていたのだから名古屋恐るべし。そりゃ、「天下様でもかなわぬものは 金の鯱ほこあまざらし」と尾張藩の豪快さを称えられるわ。もっとも藩が財政難に陥った際は何度かその金を使われたらしいが。
 霊験あらたかな守り神からすっかり金の価格に話が移ってしまったが、全てひっくるめて名古屋城の金鯱は実に人間の権威と願いが混ざりあった面白い霊獣である。

 名古屋城を見た後に名古屋市内を観光した。高級ブランドが立ち並ぶ栄の近くには、古着屋やエスニック料理の路面店が並ぶディープな街の大須。高級な鰻のひつまぶしの店もあれば、立ち呑みのどて煮や味噌おでんの店。名古屋発祥のソウルフードあんかけスパゲティに味噌煮込みうどん、味噌カツ、バラエティに富んだ名古屋グルメをあげればキリがない。
 何気なく見ていた鯱も龍や虎の頭を持った霊獣と気づくと途端に面白く見えてきたように、新幹線で通過していた名古屋という街も滞在してみると食も文化も実に味わい深い。現に私はこの2ヶ月の間に最初の取材を含めて3回も名古屋に行っているよ。
 すっかり鯱と名古屋の魅力にハマっております。



鯱(しゃちほこ) アクリル、キャンバス 6F 2026年