私の○○ベスト3Vol.91 葉山博子 私の好きなフランスのグルメベスト3

コラム

2026.06.23

第1位 タルタルステーキ(生ハンバーグ)

第2位 シードル(りんご酒)

第3位 バゲット


 昨今、円安と厳しい国際情勢からおいそれと海外へ出ることは躊躇われますが、だからこそ私が過去に渡仏した記憶――特に日常に充溢していたグルメの記憶がふつふつと蘇ってまいります。私の舌が覚えているベスト3グルメといってもそれは案外平凡な物にすぎません。
 一位は、タルタルステーキ(生ハンバーグ)です。初めて食べたのは確か二十代半ばで、「こんなおいしいものがあるのか」といたく気に入ってしまいました。ボーイが心配して、「生肉ですけど大丈夫ですか?」と尋ねてくる場面も。「生でいいんです」と答えました。私の中でフランス料理といったら、高級なマナーが要求され、糊のきいた白いテーブルクロスの上でサーヴされるコース料理のそれではなく、フレンチフライ(フライドポテト)がどっさり添えられた、庶民的なタルタルステーキです。必ず赤ワインと一緒に頼みます。日本人が気軽にお刺身を食べるのと同じ感覚でしょうか。でも日本で生肉を食べることはありません。
 二位は、シードル(りんご酒)。私はデビュー作で、スパイの男が注文したシードルにヒロインが酔う場面を書きました。あれは私自身がシードルにはまり込んでいたからです。スーパーでしょっちゅうノルマンディー産シードルのボトルを買っておりました。これを手に取る度に、ああそうだ、フランスは北海道より高い緯度で、りんごがおいしく実る寒い国だった、と思い出したものです(今は温暖化で熱波に苦しんでいるようですが)。
 フランスは、近所のスーパーでもワインとシードルの品数だけは多く、値段も手ごろなものからお高めのものまで様々。毎回酒を選ぶのが楽しかった(ワイン、シードルまでは酒のうちに入らない??)。あの日々を思い出すと夢のようです。
 そして三位、フランスといって外せないのは、バゲット。主食をパンにすれば、毎日米を研ぐ必要がありません。研がずに済むから、爪にマニキュアを直塗りできます。日本に帰国してマニキュアを塗る気が失せたのは、毎晩、米を研がないといけないからです。だからといってゴム手袋をして研ぐのは気が進まない。フランスの勤め人が夕方にパン屋に寄り、バゲットを買って帰宅する日常の光景を今でも覚えています。日本人が米屋に立ち寄るくらい軽やかな場面でした。
 パリ暮らし=都会生活ですから、本を何冊も入れたリュックを背負って混雑したメトロやバスに乗り、絶えず街路を歩き回る運動量の多い生活だったにもかかわらず、当時、私の重量はだいぶ増えておりました。それは、バゲットを主食とする暮らしを好み、バターを大量に使う料理に凝り、カビに覆われた美味なるチーズを毎日のように摂取していたからです。


葉山博子(はやま・ひろこ)

1988年、石川県金沢市生まれ。2023年、『時の睡蓮を摘みに』(早川書房)で第13回アガサ・クリスティー賞大賞を受賞し作家デビュー。2025年7月、デビュー後第2作『南洋標本館』(早川書房)を刊行。