柴田亜美の「浮世の氣楽絵」第14回 『狸』

コラム

2026.07.25

 お狸ちゃん。幼い頃に父が私に付けたあだ名だ。当時クラッシックバレエを習っていて、発表会の時に目の周りのメイクが濃くて狸のようだったからである。そのあだ名のおかげか、豆狸のバレリーナは大人になって徳利ぶら下げた信楽焼の狸のような呑兵衛になったよ。

 現在の私の住まいの近くに、『狸穴(まみあな)公園』という狸にまつわる公園がある。この場所に古狸が住んでいたという大きな洞穴があったことから、この名が付いたそうだ。1644年(寛永21年)には、徳川家光がここにあった洞穴の視察を命じたという話も残っている。この公園の面白いところが、敷地内に鳥居がありお稲荷さんが祀られている。狸と狐が化かしあっている、なんともとぼけた公園だ。
 公園のすぐ近くには『狸穴(まみあな)坂』という急勾配な坂もある。この辺りに数多く生息していた狸たちが、この坂でよく人を化かしたという言い伝えがあるが、私のような酔っ払いが坂道から転げ落ちたのを狸のせいにしていたのかもしれない。

 狸穴の狸の中には、なんと徳川の大奥に出没したというツワモノまでいる。美男に化けて大奥に出没し悪さをしていた古狸が、内田正九郎という侍に正体を見破られ、斬り殺されたという伝説が残っているのだ。その古狸を憐れんだ狸穴坂の下の作兵衛という蕎麦屋の主人が、古狸の霊を弔うため裏庭に祠を建てて祀ってやったことから、いつしか『狸蕎麦』が店の通り名になったそうだ。ここの蕎麦、色は黒いが味は良いと評判だったそうな。

 こんな人を化かしてばかりの狸だが、「他を抜く(たぬき)」という語呂合わせから、商売繁盛や福を呼ぶ縁起の良い生き物ともされている。実際に千代田区に「柳森神社」という狸を祀っている神社もある。境内の福寿神祠は「お狸さん」と呼ばれ、徳川綱吉の生母桂昌院が江戸城内に建立したといわれている。桂昌院様は八百屋の娘であったが、春日局に見込まれて、三代将軍家光公の側室となり、五代将軍綱吉公のご生母となった。大奥の御女中衆は、「他を抜いて」玉の輿に乗った桂昌院の幸運にあやかりたいとこぞってお狸さまを崇拝したという。
 そうか、狸は退治されてばかりでなく、立派な面もあったんだな。子供の頃に狸と呼ばれ、今では担当さん達に仕事の進み具合を誤魔化しては懲らしめられてばかりの古狸の私だが、ちゃんと商売繁盛の御利益をもたらすよう精進します。





《狸》 アクリル、キャンバス 4F 2026年






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