柴田亜美の「浮世の氣楽絵」第15回 『ニホンオオカミ』
コラム
2026.09.26
渋谷に狼!?
90年代、『ストリートカルチャーの聖地』などと謳われ渋谷系という言葉まで生まれたトレンド渋滞の街、渋谷。刺激を求める人の波に辟易して宮益坂を登っていると、急な石段が目に付いた。「へぇ、こんなところに神社があるんだ。」時間潰しに上がってみると境内は人もいなく都会のど真ん中とは思えぬ静けさ。その中で異様な存在感を放っている狛犬が。いや、犬じゃない、狼だ。驚きつつも、ブロンズ製の威風堂々とした狛狼の姿に目を奪われ立ち尽くした。ビルの谷間の神社での、ひと時の不思議な体験である。
後で調べると、そこは宮益御嶽神社という山岳信仰の神社だった。日本書紀によれば、山で迷った日本武尊(ヤマトタケルノミコト)と一行を白狼が無事に導いたとされている。感謝した尊が「大口真神としてこの山を守り、魔物を退治せよ」と命じたことから、狼は山の守り神として崇められるようになったそうだ。以来、日本各地で狼を祀る山岳信仰の神社が存在するようになった。
渋谷の狛狼の件から随分と年月が経ち、2024年に秩父の三峯神社へ行った。数多くの芸能人が訪れるパワースポットとして有名になった神社で、私も仕事運を願いがてらの観光気分での気ままな一人旅だった。メディアに取り上げられているだけあって、バス停は長蛇の列。予想以上の人の多さにげんなりしながら山の上の神社に辿り着くと、疲れが吹き飛ぶような神々しい景色が。
さすが関東屈指のパワースポット。
そしてここにも立派な狼の狛犬がいた。三峯神社もオイヌサマと称し、神の使いとして狼を祀っているのである。境内の売店では様々な狼グッズ。鳥居の近くにある三峰山博物館に入ると、狼に関する資料が展示されていた。ここ秩父は1905年に絶滅したとされるニホンオオカミ目撃地でもあるそうだ。1996年秩父地方の林道で撮影された『秩父野犬』、これがニホンオオカミの可能性があるとのこと。今の私たちにとって狼が童話ぐらいでしか馴染みがないのは、江戸の終わり頃にはすでに大幅に数が減っており明治に絶滅した上に資料がほとんど残っていないからだ。
現在でも神として祀っている神社がいくつもあるのに、肝心のニホンオオカミはすでに幻の獣となっている。実際に動いている姿は見たことがないが、龍や鳳凰など神話の空想上の生き物と違い、私たち日本人は狼の存在をちゃんと知っている。渋谷の街で出会った狼の狛犬を見た時の不思議な感覚は、これだったのかもしれないな。
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