『ランチ探偵』『ランチ探偵 容疑者のレシピ』原作のTVドラマ化決定!著者エッセイ再録
隣の3×2 水生大海
安楽椅子探偵――というミステリのスタイルがある。
事件の現場に出かけて調査をするのではなく、もたらされた情報から謎を解く形式だ。
ゆえに座る椅子は、安楽椅子――肘掛けつきのゆったりした椅子でなくてもいい。カウンタースツールでもハンモックでもOK、なんなら立っていてもかまわない。どんなキャラクターが、どんなシチュエーションで、どんな謎に向かい合うかが、あまたある安楽椅子探偵との差別化といえよう。
女子会という言葉もない遠い昔、新卒で入った会社は女性が多かった。飲みに行くのも女性同士。へべれけになればどこも同じといえ、雰囲気も味のうちと店を選ぶ。
あるお洒落な店でのできごとだ。最初からハイペースで飛ばしていたところ、隣のテーブルに男女が三人ずつやってきた。
合コンだ。合コンじゃない?
わたしたちは目で語り合った。
隣にこんな面白い見せも……いや、3×2に座られて、探らずにいられようか。
男性三人はスーツ姿。店はオフィス街のそばで、官庁街には少々遠い。ふむ、近所の会社員だろう。相手の女性はフェミニンな格好だ。ずいぶん若そうだけど、社会人? 学生? 背中と椅子の間に置いた鞄が見えた。ブランドものだ。社会人認定いいですか? いやいやどこぞのお嬢さんかもしれない。
わたしたちは隣のテーブルに釘付けだった。もちろん怪しまれないよう、惰性で喋り続ける。上司の愚痴、タレントの噂、オチまで知っている話を繰り返す。
3×2はみなさん姿勢がいい。会社の面接かよ、とつっこみたくなるほど、背筋がしゃんと伸びている。もれなく爽やかな笑顔つき。
やっぱ、合コンで正解だよ。馴染んでない感じがするし。わたしたちはうなずいた。
とぎれとぎれに探り合うような会話が聞こえ、でも誰が誰狙いかまではわからず、だんだん興味も薄れてくる。次の料理か酒が運ばれてきてそちらに関心が逸れ、やがてへべれけからべろんべろんに移行して、わたしたちはがはがはと笑い合った。隣の3×2がいついなくなったか覚えていない。
あれは面白いものを見た、とたまに思い出す。しかし結局3×2はどうなったんだ? 飲んで笑っていないで、もっと観察していればよかった。最初に繋がっていたのは誰と誰だろう。男性陣は同僚同士、女性はひとりが大学の友だち、ひとりが同僚のようだった。となるとキーマンは間の女性。いやいや同僚は少し年上で、そちらが男性陣と繋がっていたようす。となればその二人の関係は果たして……? まったく知らない相手なのにあれこれ想像してしまう。またあんな楽しいシチュエーションに出会えないかな。
だが待てよ。そもそも合コンって、知らない人間と会って話をするわけだ。不思議な体験をした人間が目の前に座るかもしれない。ものすごい秘密を抱えた人間がやってくるかもしれない。謎を謎だと思っていない人間もいるだろう。そういうのを全部暴いちゃう主人公もいい。
かくしてわたしの中に、とある安楽椅子探偵が誕生した。恋愛より謎を求める探究者。
しかしひとりでは合コンに参加できない。同伴者、ツレが必要だ。悪友がいい。べろんべろんのへべれけになってがはがはと笑って忘れないよう、ランチにしよう。
ランチ探偵。二時間で謎を解く。
さて余談だが、安楽椅子探偵もので本を出すと書いたら、友人が安楽椅子をネットで検索した。ところがどう検索が繋がったか、別の椅子に辿り着き、「すけべ椅子探偵」とツイートしていた。……そ、その椅子は安楽なのか? でも他の安楽椅子探偵と差別化できるかも。いつか書いてみようか?
いやいやとりあえず、ランチ探偵、よろしくお願いします。R指定ではありません。