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私の○○ベスト3
Vol.36 鳴神響一 忘れられない旅空ベスト3


第1位 オホーツクの落日
第2位 函館湾の天使の梯子
第3位 大間崎の虹



子どもの頃、父に何度も家族旅行に連れて行ってもらって、旅やキャンプが大好きになった。小説を書き始める四十歳以前は、毎週のようにどこかに出かけていた。旅先で眺めた景色や触れた風土は、作品にも大きく影響を与えているはずである。二百回を超える旅のうちで、鮮やかに記憶に残っている三つの空がある。

●第3位 大間崎の虹(青森県下北郡大間町)

1987年秋。とにかく北に行きたかった。知人に借りたボロ車に初心者マークを貼って初めての冒険ドライブに出かけた。青森のフェリーターミナルで航送料金に驚いて北海道に渡ることを断念した僕は、下北半島に鼻先を向けた。緑萌える牧場の丘を走って迷い込んだ林道でスタックし、親切なおじさんにユンボで引っ張ってもらったり、初めてツキノワグマを見たり、と心に残る旅だった。本州最北端の大間崎まで辿り着いたとたん、弁天島の向こうに虹が架かった。好きな女性にフラれて傷心の僕には吉祥にしか思えなかった。「きっといいことがあるさ」そうつぶやいて僕は岬を後にしたのであった。

●第2位 函館湾の天使の梯子(北海道函館市)
函館は大好きな街で、何度も滞在している。2005年のお正月休みは二度目の滞在であった。冬の夜景を目当てに函館山に登った僕は、目の前に広がる函館湾を見て息を呑んだ。低く垂れ込めた雲からあまりにも華やかな天使の梯子が、函館湾に輝く光の柱を何本も落としている。こんなに見事な薄明光線は見たことがなかった。そればかりか、海面にはスポットライトを当てたような光の輪がいくつも浮き上がっていた。職業小説家を志して最初のお正月だった。天が自分の前途を祝福してくれるような錯覚に酔いしれた時間だった。

●第1位 オホーツクの落日(北海紋別郡興部〈おこっぺ〉町)
2005年の夏休み。愛車TJラングラーで半月の北海道キャンプに出かけ、沙留(さるる)海水浴場のコテージに泊まった。スーパーで買ってきたホタテ貝を肴にシェラカップでワインを飲んでいると、目の前に見えるオホーツク海と東の空が赤く染まり始めた。僕は我と我が目を疑った。東の水平線上に赤々と落日が輝き始めたのだ。そんなはずはない。東空に日が沈むわけがないではないか。この気象現象はいくら調べてもわからなかった。「奇跡は起こるのだ」そう信じた僕は、九年にもわたる落選地獄の道へと迷い込むことになってしまった。
いま振り返ると、旅の記憶とはきわめて主観的なものなのだとあらためて思うのである。



なるかみ・きょういち
1962年東京生まれ。中央大学法学部卒業。2014年に『私が愛したサムライの娘』で、第6回角川春樹小説賞を受賞しデビュー。著書に「脳科学捜査官 真田夏希」「おいらん若君 徳川竜之進」などの人気シリーズがある。