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私の○○ベスト3
Vol.49 私の好きな「ドキュメント72時間」の名シーンベスト3 佐々木 愛


1位その1「神戸 あの日のストリートピアノで」(20年2月14日)より、神戸駅のストリートピアノでベートーベン「熱情」を弾く女性(年齢非公表)

1位その2「東京・隅田川 花火のない静かな夏に」(20年9月18日)より、川沿いの路上に寝転がる男性(68歳・求職中)

3位「海ほたるパーキングエリア 年の瀬の展望台で」(21年2月5日放送)より、航空無線を聞き続ける男性(59歳・医療機器メーカー勤務)



見ると必ず泣いてしまう番組があって、それがNHK「ドキュメント72時間」である。毎回違う場所にカメラが72時間密着し、行きかう人々に話を聞くドキュメンタリーだ。
涙の理由は、感動するとか励まされるとか癒されるとかではない気がする。「私、もしかして人間が好きなのだろうか」と感じるからかもしれない。私、人間が好きかもしれない、好きなんだな、好きだ、好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ……といった感じに心が暴走して涙になるのだと予想する。そこで2020年~現在までの放送回に絞って、好きなシーンを3つ挙げたい。※1位は同率
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●3位「海ほたるパーキングエリア 年の瀬の展望台で」(21年2月5日放送)より、航空無線を聞き続ける男性(59歳・医療機器メーカー勤務)
13時の海ほたるで、無線機を片手にひとり空を見る男性。5年前から航空無線にハマり、「羽田のパイロットと管制官の交信」を聞いているそう。「本当に真剣に仕事されてて感動しちゃうんですよね。自分はあんなに必死になって生きてるんだろうかって」と語る男性は、23時過ぎまで無線のアンテナを空に向け続けていた。

●1位その1「神戸 あの日のストリートピアノで」(20年2月14日)より、神戸駅のストリートピアノでベートーベン「熱情」を弾く女性(年齢非公表)
某芸大のピアノ科を卒業後、プロを目指したがうまく行かず、思い詰めたと言う女性。「何回も自殺未遂して入退院」という状況の中、ストリートピアノで芸大時代の同級生と20年ぶりに再会。以来、そこで演奏し合うようになったという。同級生は「彼女のピアノが好き」と言い、女性が弾き終えると「すごい」と拍手を贈る。女性は同級生のリクエストに応えてもう一度弾いた。

●1位その2「東京・隅田川 花火のない静かな夏に」(20年9月18日)より、川沿いの路上に寝転がる男性(68歳・求職中)
18歳で上京し結婚せずに夢を追いかけたが、30代半ばで体を壊したと語る男性。原因は“夢を叶えられないストレス”だったそう。夢を諦めると回復し、その後は職を転々とし今に至る。夢とは何だったのかと聞かれると「実現しなかった夢なんてね、語れないですよ」と笑い飛ばし、そして続ける。「今の夢は生きて生きて生き延びて、140歳まで生きられたら」「しぶとく生きるよ、俺はマジに」。男性は最後までにこやかで、寝転がったままだった。
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ピアノの女性と隅田川の男性には、夢の先にいるという共通点があったので、順位をつけるのが憚られ、同率1位としてしまった。
憧れって何ですか。夢って何ですか。なりたい自分にどうやってもなれないと気付いたら、その後どうやって生きればいいですか。考え出すと止まらなくて怖い。答えがずっと分からない。分からないけど私も、しぶとくマジに生きて生きて、140歳まで生きてやるといつか言いたい。





ささき・あい
1986年、秋田県生まれ。青山学院大学文学部卒。「ひどい句点」で、2016年オール讀物新人賞を受賞。19年、同作を収録した『プルースト効果の実験と結果』でデビュー。最新刊は21年1月発売の『料理なんて愛なんて』。(https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163913216