J_novel+ 実業之日本社の文芸webマガジン

私の○○ベスト3
Vol.79 長谷川まりる シェフのまかないベスト3


1位 冷やし中華

2位 トンカツ

3位 ジンガラ



 イタリアンでバイトしている。
 何年も働いていて最近知ったが、私が働いているレストランの看板にはイタリア語で「伝統的な」と銘打たれているらしく、どうりでメニューはイタリア料理しか並んでいない。
 そんなの当たり前だと思われるかもしれないが、ではイタリアンで明太子スパゲッティを食べたことのある人はそれがイタリアンだと本当に思っていらっしゃる? おろしポン酢スパゲッティは? キッシュはフランス料理だし、サングリアはスペインのお酒だけど、イタリアンレストランで見かけたことがあるというのなら、それは断じてイタリアンではない。イタリア人は食に関しては保守的だ。カルボナーラにきのこを入れたらそれはもうカルボナーラではないと言い切るのがイタリア人だ。実際言われた。
 そんな伝統的なイタリア料理だけを出すお店だが、まかないは意外と多種多様である。なぜならシェフがイタリアンに飽きているからだ。そんなもんである。
 まかないはランチタイムが終わってからのお楽しみ。最後のお客さんを送り出し、片付けを終えてタイムカードを切ったらほかほかごはんが毎日出てくる。私の栄養源。これだからバイトはやめられねえ。
 ベスト3と銘打っているので第3位からいこう。やっぱりここはイタリアンだからひとつくらいイタリア料理を出しておきたい、ということでジンガラをご紹介する。
 ジンガラ、というのは「ジプシー風」という意味である。ジプシーは現在ではロマと呼ばれるヨーロッパの流浪の民だが、これはテーブルを使わず、手づかみで食べられるからその名がついたらしい。ピザ生地は、具材を載せずに石窯で焼くとお餅みたいにふくらんで丸くなる。釜から出すとしぼんでしまうが、半分に切ったら某猫型ロボットのポケットみたいな形になる。そこに、ひみつ道具ではなく野菜やらハムやらチーズやらを入れてサンドイッチにしたのがジンガラである。超おいしいのにほかのお店で見たことがない。なぜ。一度は食べてみるべき一品だ。これがまかないに出てくるとテンションあがる。
 第2位は、悩むがトンカツにしておこう。
 シェフの作るお肉料理って火加減が絶妙なのよ。普通、鳥の胸肉とか出てきたら「ぱさぱさなんだろうなあ」って思いながら食べるでしょ? でもプリプリなの。超おいしいの。さすがプロ。トンカツもさ、はしっこって「脂と衣だけなんだろうなあ」って思いながら食べるでしょ? ちがうの。はしっこまでお肉なの。トンカツ屋の定食でもこうはならない。ソーデリシャス。
 そして、運命の第1位!
 冷やし中華。なぜかって? 私の好物だから。
 シェフが作ったとか、あんま関係ない。好きなものは好き。それが一番。けちをつけるとすれば、私は断然ごまだれ派なのに、シェフは毎回醤油味を出してくる。なんでだよ。どう考えてもごまのほうがおいしいでしょうが!
 休みたいと言ったのにシフトに入れられた日はたいてい冷やし中華である。シェフなりの「ごめんね、ありがと!」という意味だと受け取っておく。
 ま、忙しかった日は、たいていカレーなんだけどね。



はせがわ・まりる
長野県生まれ東京都育ち。2018年『お絵かき禁止の国』で第59回講談社児童文学新人賞佳作を受賞、同作でデビュー。『かすみ川の人魚』で第55回日本児童文学者協会新人賞、『杉森くんを殺すには』で第62回野間児童文芸賞を受賞。その他の作品に『満天inサマラファーム』『キノトリ/カナイ 流され者のラジオ』『砂漠の旅ガラス』『呼人は旅をする』『アリーチェと魔法の書』などがある。