毎週火曜日更新! 実業之日本社の文芸Webマガジン

柴田亜美の「浮世の氣楽絵」
第2回 「アガベの花が見れたら奇跡ですよ。」

「アガベの花が見れたら奇跡ですよ。」

 2020年4月、東京でコロナの緊急事態宣言が発令された。当時私は酒呑みの破天荒な女性漫画家として、いくつものバラエティ番組に出演するようになっていた。しかし、感染防止対策としてテレビのスタジオ収録もロケも激減。この頃はもう漫画連載もしていなかったので無職同然である。

 緊急事態宣言で呑みにも出かけられず気が滅入るばかり。せめて景色でも良くするかと、自宅のルーフバルコニーに庭園を作る事にした。呑兵衛にふさわしくテキーラの原料として知られるアガベも植えた。刺々しい外見に反して可愛らしい花が咲くというので、「へぇ、早く見たいなぁ。」と言ったら、造園業者さんから「アガベの花が見れたら奇跡ですよ。何十年に一度しか花を咲かせないんですから」と笑われた。
 ネットで調べると、「100年(1世紀)に一度だけ花を咲かせる」という意味で「センチュリーフラワー」とまで呼ばれているそうだ。なんでも花を咲かせた者には幸運が訪れるというまさに奇跡の花だ。

 さて、時はコロナの緊急事態宣言が出される少し前に遡るが、その頃はすでに通りを歩 く人の数も減っていた。閑散とした大通りを歩いていると、目の前を大御所芸人さんが横 切った。その瞬間、「あの人の番組に出演できたら個展を開こう!」と、突拍子もない発想が降りてきた。個展は長年の夢でもあったが、なぜその時突然その発想が降りてきたのかは今でもわからない。

 アガベを庭に植えて2ヶ月ぐらい過ぎた頃に、中央から槍のように尖った芽が生えた。 見た事もない形状に驚いて写真をSNSに上げると、それを見た造園業者さんから「おめでとうございます! 花が咲きますよ!!」と興奮気味の報告が。なんと槍は花芽だったのである。それからグングンと花芽は伸びて沢山の蕾を付け100年に1度と言われる花は3ヶ月で見事に咲き誇った。

 その月、大御所芸人さんの番組から出演依頼が来た。これはもう運命だと、その日から個展に向け漫画にも登場させている幻想動物の絵画を必死で描くようになった。すると、それらの絵を見た知人が知り合いの画廊オーナーさんを紹介してくれた。KOMIYAMA TOKYO Gの小宮山さんである。

 そして2021年にワタシは画家としてデビューした。
 私にとってアガベの花は、本当に奇跡の花だった。今こうやって月刊美術さんでエッセイを連載しているのも、その奇跡の一つなのかもしれない。


奇跡の花 40×20cm 2025年