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柴田亜美の「浮世の氣楽絵」
第5回 「私を画家にしてくれたのは鯰だ。」

私を画家にしてくれたのは鯰だ。

 連載2回目でコロナ期のほぼ無職の頃に紹介された画廊KOMIYAMA TOKYO G画家デビューした事を書いたが、その際に画廊オーナーの小宮山さんに絵を1枚描いて持って来るよう課題を出されて制作したのが鯰の妖怪の絵である。

 普通だったら人生を決める1枚なので悩むところだが、あっさりと鯰を描く事に決めた。私の漫画『南国少年パプワくん』にナマヅメハーガスという龍のような鱗に鋭い爪の腕と人の脚を生やした鯰のキャラクターがいる。必殺技が鋭い爪を飛ばして相手を攻撃するのだけれど、爪を飛ばした指から血を吹き出し自分もダメージを受けるというしょっぱい諸刃の剣だ。金色の背景に漆黒の鯰、指から垂れた真紅の鮮血の色の組み合わせが良いなぁとパッと頭に浮かんだのである。

 そのような万人受けなど一切考えてない絵を提出したところ、小宮山さんが非常に気に入ってくれて、その場で即画家としてのデビューが決まった。
「光琳派のようだね!」と絵を見て喜ぶ小宮山さんに「尾形光琳いいですよね〜。燕子花図好きです。」とヘラヘラと相槌を打ってはいたが、心の中では不気味な鯰の妖怪を一門に加えられた尾形光琳に土下座したい気分であった。

 かくして私は鯰のおかげで画家になれた。その後も何枚か鯰の絵を制作しているが、描けば描くほど鯰のずんぐりとした姿や大口になんとも言えぬ愛嬌を感じるようになってきた。地震の多い日本では、江戸時代に大鯰が地下で暴れて地震を起こすという民間信仰が広まり、錦絵や瓦版でも大量の鯰絵が版行されている。地震を起こした張本人として描かれているが、その姿はどれも実にユーモラスで親しみを感じる。鯰は地震の元凶というよりも、予兆してくれる生き物として縁起物と捉える意識が高いからであろうか。
 鯰絵も地震除けとして求められたそうである。
 また鯰の絵には地震を鎮めるとされる『要石』もよく描かれているが、私の住まいのすぐそばの坂にも巨大な要石が今も埋まっているという伝説が残っている。うん、これらの事から総合的に判断して最初に鯰の絵を描いたのは運を引き寄せるという意味でとても良かったのであろう。なので私は妖怪のつもりだったくせに、縁起物ですよという顔で今も鋭い爪を生やした鯰を描いています。



妖怪鯰 アクリル、キャンバス 3F 2025年