私の○○ベスト3
Vol.85 染井為人 ぼくを支える名言・名文ベスト3
第1位「一日生きることは、一歩死に近づくことだ」
第2位「金がないから何もできないと言う人間は、金があっても何もできない」
第3位「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」
この連載は「わたしの◯◯ベスト3」というお題で書く決まりらしい。で、あれこれと悩んでみたものの、意外と何も思いつかなかった。というより、絞りきれなかったという方が正しいかも。例えば好きな食べ物をお題に選んだとして、あなただったら3つに絞れます? そういうのって時と場合によるでしょう。ってなってくると、好きな本や映画や音楽も同じ。多すぎて選びきれないし、順位をつけられない。
ということで、ぼくを支えてくれている、というほど大げさなものでもないんだけど、日常の節々で頭に思い浮かぶ名言や名文がいいんじゃないかと思いました(ただし、これも順位はさほど意味はありません)。
で、さっそく第3位。
「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」
これはもう、みーんな知っているやつですね。夏目漱石の「草枕」の冒頭の文です。これがどういうときにぼくの頭に思い浮かぶのかというと、SNSを眺めているとき(笑)。SNSを眺めていて気分が悪くなる、はたまた落ち込んでしまうという方は、ぜひこの名文を頭に思い描いてみてください。おそらく、怒りや悲しみといった感情を、虚しさと達観が封じ込めてくれることでしょう。
つづいて第2位。
「金がないから何もできないと言う人間は、金があっても何もできない」
これは阪急電鉄や東宝グループの創業者である小林一三の名言です。ほんとその通りだなあと思うのですよ。結局、言い訳ばかりするヤツはダメなんです。あれがああじゃないから、これがこうじゃないからって、二言目にはできない言い訳を垂れる。おい、聞いてんのか染井っ! キサマのことだぞっ。
ええと、話が妙な方向に進んでまいりました。余談ですけど、ぼくは貧困こそが人をクリエイティブにすると考えています。だって、金がなかったらイヤでも頭を使って工夫するもの。なので、貧困の最中のあなた、今チャンスです。
そして第1位。
「一日生きることは、一歩死に近づくことだ」
これ、誰が言ったのだろう? もしかして誰も言ってない? というのも、ソースを調べたところ、はっきりと出てこないんですね。物理学者の湯川秀樹による「一日生きることは、一歩進むことでありたい」というのがもっとも近いと思うのだけど、ぼくは「一歩死に近づくことだ」という方が好き。どうせ人はいつか死んじゃうんだからと思えばなんでもできる、とまでは言わないけれど、ある程度のことはトライできるんじゃないかしら。ちなみにぼくは、(興味あるけど怖いなあ)といった挑戦を前にしたときに、いつもこの言葉が頭に思い浮かびます。
さて、これを読んでいるそこのあなた、今この瞬間も着実に死に近づいています。ほら、やりたいことをやった方がお得に思えてくるでしょう。
以上、おしまい。
染井為人(そめい・ためひと)
1983年千葉県生まれ。芸能マネージャー、舞台演劇ミュージカルプロデューサーなどを経て、2017年「悪い夏」で第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞しデビュー。『正体』、『悪い夏』の映像化が話題となり、ベストセラーに。ほかの著書に『正義の申し子』『震える天秤』『海神』『鎮魂』『滅茶苦茶』『黒い糸』『芸能界』『歌舞伎町ララバイ』『ひきこもり家族』『みずいらず』がある。
