私の○○ベスト3
Vol.86 藤野千夜 私の「冬に味わいたい村上春樹映画」ベスト3
第1位『トニー滝谷』
第2位『ドライブ・マイ・カー(インターナショナル版)』
第3位『ノルウェイの森(エクステンデッド版)』
大学一年生の冬に、大森一樹監督の『風の歌を聴け』を観た。
一九八一年の終わりだっただろうか。
面白かったのですぐに近くの本屋さんで原作を買って読み、そちらにも夢中になった。
それからずっと、村上春樹さんの新刊が出ると買っているし、映像化された作品もだいたい楽しく観ている。
なので、なんとなく寒い季節に味わいたい、私の好きな三本を——。
第3位『ノルウェイの森(エクステンデッド版)』
赤と緑の単行本(上下巻)が、クリスマスカラーで大ヒットした有名な原作。『青いパパイヤの香り』のトラン・アン・ユン監督による映画化は、劇場公開された134分のバージョンより、16分長いだけのエクステンデッド版がずっといい。十六倍いい。たった16分でなにがそんなに違うのかと見比べると、冒頭のカットの並べ方からずいぶん違っていた。
親友を亡くした大学生と、その親友の恋人。恋人が療養する山奥の雪景色が美しく、忘れがたい。
第2位『ドライブ・マイ・カー(インターナショナル版)』
カンヌで脚本賞を受賞し、米アカデミー賞の作品賞にもノミネートされた話題の映画化。こちらはインターナショナル版しか観ていないが、演出家役の西島秀俊さん(『トニー滝谷』ナレーション)、その妻で脚本家役の霧島れいかさん(『ノルウェイの森』レイコ役)が、村上春樹映画の常連に見えて、どこか「劇団」ぽくてよかった。演出家つきの運転手を演じる三浦透子さんのぶっきらぼうな告白もよい。そして韓国の女性俳優が手話で演じる劇中劇『ワーニャ伯父さん』のラストはとにかく素晴らしい。思い出しただけで泣きそうになる。
第1位『トニー滝谷』
大きな喪失感をかかえて暮らす人を描く村上作品の映像化で、何度観ても感激する一作。イラストレーター・トニー滝谷の半生が、ほとんどナレーションで語られ、その声と、音数の少ないピアノ曲(坂本龍一作曲)を遮るように、登場人物たちが、ときおりセリフを口にする。描かれる人物同士の距離感と同様に、原作と映画の距離の取り方も絶妙で、うっとりする。あまりの素晴らしさに、一日中、ずっとくり返し観ていたことがあった。
藤野千夜(ふじの・ちや)
1962年、福岡県生まれ。千葉大学教育学部卒業。1995年「午後の時間割」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。1998年『おしゃべり怪談』で野間文芸新人賞、2000年「夏の約束」で芥川賞を受賞。著書に『ルート225』『中等部超能力戦争』『親子三代、犬一匹』『ぼく、バカじゃないよ』など。『じい散歩』シリーズは累計20万部を超え、『団地のふたり』はテレビドラマ化された。
