柴田亜美の「浮世の氣楽絵」
第7回 「獏」
悪夢。
漫画家にとっては、もちろん〆切が迫ってくる夢である。画家の仕事がメインとなった今でも、白い原稿と向き合って焦っている悪夢を定期的に見る。多分一生見る。
獏の絵を初めて描いたのは、そんな世知辛い悪夢を食べてもらうためではない。2022年、世界中がコロナという悪夢にうなされていた時期である。画家デビューして間もない頃、龍、麒麟、白虎といった神獣を描いていた。次にどんな神獣を描こうかと思った時に浮かんだのが、悪夢を食べてくれる獏である。
獏は古来中国で悪霊を祓うといわれた伝説上の生き物で、その皮の上で寝ると疫病を遠ざけ、絵に描くと邪気を払うと信じられていたそうだ。この獏の信仰が室町時代に日本に伝わった時に、悪夢を遠ざけるという話から悪夢を食べてくれる生き物と広まったらしい。
縁起物として《獏枕》なるものも作られており、京都の豊国神社の宝物殿には晩年悪夢にうなされた豊臣秀吉が寝室に置いたとされる獏の形の獏御枕が展示されている。東京でも獏に出会えぬかと調べたところ、渋谷の金王八幡宮に獏と虎の彫刻があるとの事。初めての獏の絵を描く前に参考に見に行ってみた。
金王八幡宮は1092年に創建されたが、御社殿は徳川2代将軍秀忠の世の1612年に青山忠俊と春日局によって造営されたとのこと。時代劇でもよく描かれているが、徳川3代将軍家光はすんなりと将軍に選ばれたわけではない。竹千代(後の家光)9歳、弟国松7歳の頃、3代将軍は国松であろうとの風説が流れたため、竹千代の乳母春日局と守役青山伯耆守忠俊はこれを憂い、なんとしても竹千代が3代将軍になるよう願いを込めてこの社殿を造営したそうである。
獏の彫刻には世の安寧、虎は正しいまつりごとへの祈りの心が込められている。願いは叶い竹千代は約260年間続く江戸幕府の基礎を築いたといわれる名将軍徳川家光となった。まさに獏が竹千代にとって悪い夢(風説)を喰らい、吉祥を呼び寄せたのだ。
そのような獏の彫刻の前で何かとても良い氣を身体に浴びているようで、境内で穏やかな時間をゆっくりと過ごさせていただいた。
うん、天下泰平に比べれば〆切に怯える悪夢ぐらいは自分でなんとかしよう。現に月刊美術さんの〆切は今のところ優等生なぐらいに守っているし、今回の絵は特に早く提出したし。これも獏のご利益でしょう。
漫画家にとっては、もちろん〆切が迫ってくる夢である。画家の仕事がメインとなった今でも、白い原稿と向き合って焦っている悪夢を定期的に見る。多分一生見る。
獏の絵を初めて描いたのは、そんな世知辛い悪夢を食べてもらうためではない。2022年、世界中がコロナという悪夢にうなされていた時期である。画家デビューして間もない頃、龍、麒麟、白虎といった神獣を描いていた。次にどんな神獣を描こうかと思った時に浮かんだのが、悪夢を食べてくれる獏である。
獏は古来中国で悪霊を祓うといわれた伝説上の生き物で、その皮の上で寝ると疫病を遠ざけ、絵に描くと邪気を払うと信じられていたそうだ。この獏の信仰が室町時代に日本に伝わった時に、悪夢を遠ざけるという話から悪夢を食べてくれる生き物と広まったらしい。
縁起物として《獏枕》なるものも作られており、京都の豊国神社の宝物殿には晩年悪夢にうなされた豊臣秀吉が寝室に置いたとされる獏の形の獏御枕が展示されている。東京でも獏に出会えぬかと調べたところ、渋谷の金王八幡宮に獏と虎の彫刻があるとの事。初めての獏の絵を描く前に参考に見に行ってみた。
金王八幡宮は1092年に創建されたが、御社殿は徳川2代将軍秀忠の世の1612年に青山忠俊と春日局によって造営されたとのこと。時代劇でもよく描かれているが、徳川3代将軍家光はすんなりと将軍に選ばれたわけではない。竹千代(後の家光)9歳、弟国松7歳の頃、3代将軍は国松であろうとの風説が流れたため、竹千代の乳母春日局と守役青山伯耆守忠俊はこれを憂い、なんとしても竹千代が3代将軍になるよう願いを込めてこの社殿を造営したそうである。
獏の彫刻には世の安寧、虎は正しいまつりごとへの祈りの心が込められている。願いは叶い竹千代は約260年間続く江戸幕府の基礎を築いたといわれる名将軍徳川家光となった。まさに獏が竹千代にとって悪い夢(風説)を喰らい、吉祥を呼び寄せたのだ。
そのような獏の彫刻の前で何かとても良い氣を身体に浴びているようで、境内で穏やかな時間をゆっくりと過ごさせていただいた。
うん、天下泰平に比べれば〆切に怯える悪夢ぐらいは自分でなんとかしよう。現に月刊美術さんの〆切は今のところ優等生なぐらいに守っているし、今回の絵は特に早く提出したし。これも獏のご利益でしょう。
獏 アクリル、キャンバス 4F 2025年
