柴田亜美の「浮世の氣楽絵」
第8回 「龍踊」
子供の頃、龍に頭を噛まれた。
もちろん実物の龍ではないし、そもそも龍自体が架空の生物だ。幼い私の頭をカプリとやったのは、「龍踊(じゃおどり)」の龍である。
私の故郷長崎には「長崎くんち」という秋のお祭りがある。地元では「おくんち」の名で親しまれている。「くんち」という馴染みのない言葉を他県の人から不思議がられるが、その語源は中国で最も縁起が良い日とされる旧暦の9月9日の重陽の日からきている。9日(くにち)が方言で「くんち」という読みに変わったと伝えられている。
長崎では「くんち」が始まった頃に出島ができ、異国の文化がドッと入ってきた。そのため奉納踊には異国趣味のものが多く取り入れられるようになった。「阿蘭陀万歳」という、その昔長崎に漂着した2人のオランダ人が万歳を披露して生計を立てる様子をコミカルな舞で表現した創作舞踊まである。「龍踊」も元は長崎の唐人屋敷で行われていた、中国では数千年前からの雨乞いの儀式だ。
この「龍踊」とにかく動きが激しい。月に見立てた金色の玉を追い求めて龍が乱舞するのである。龍が玉を飲むことによって、空が暗転し雨雲を呼び寄せ雨を降らせると信じられていた。日照りに苦しむ人々の願いを込めてこその激しい踊りなのだろう。「龍踊」の龍を舞わせる龍方の人たちは、10月のくんちに向けて年明けからマラソンなどして体力作りを始めるそうだ。
今回は「長崎くんち」の時期に実家に帰省していたので、長崎で「龍踊」の絵を描いた。しかも今年は子龍も参加する諏訪町の「龍踊」なので賑やかだ。踊り町に住んでいた私の兄や従兄弟たちは子供の頃に「おくんち」に参加したが、引越しで踊り町から離れる事になったために私は参加できなくなった。引っ越しが決まった年の「おくんち」に、当時住んでいたアパートの前に立って「龍踊」が通るのを眺めていたら、突然龍の顔がこちらを向いてカプリとやられたのである。小さな女の子に対するサービスだったのであろうが、けっこう牙鋭くてデカいよ。
面食らったけれど、今もこうやって鮮明に覚えているのは特別な想い出だからなのだろう。だから私が描く龍は、架空の生き物でありつつも、「おくんち」で激しく舞う「龍踊」の生き生きとした龍なのである。
もちろん実物の龍ではないし、そもそも龍自体が架空の生物だ。幼い私の頭をカプリとやったのは、「龍踊(じゃおどり)」の龍である。
私の故郷長崎には「長崎くんち」という秋のお祭りがある。地元では「おくんち」の名で親しまれている。「くんち」という馴染みのない言葉を他県の人から不思議がられるが、その語源は中国で最も縁起が良い日とされる旧暦の9月9日の重陽の日からきている。9日(くにち)が方言で「くんち」という読みに変わったと伝えられている。
長崎では「くんち」が始まった頃に出島ができ、異国の文化がドッと入ってきた。そのため奉納踊には異国趣味のものが多く取り入れられるようになった。「阿蘭陀万歳」という、その昔長崎に漂着した2人のオランダ人が万歳を披露して生計を立てる様子をコミカルな舞で表現した創作舞踊まである。「龍踊」も元は長崎の唐人屋敷で行われていた、中国では数千年前からの雨乞いの儀式だ。
この「龍踊」とにかく動きが激しい。月に見立てた金色の玉を追い求めて龍が乱舞するのである。龍が玉を飲むことによって、空が暗転し雨雲を呼び寄せ雨を降らせると信じられていた。日照りに苦しむ人々の願いを込めてこその激しい踊りなのだろう。「龍踊」の龍を舞わせる龍方の人たちは、10月のくんちに向けて年明けからマラソンなどして体力作りを始めるそうだ。
今回は「長崎くんち」の時期に実家に帰省していたので、長崎で「龍踊」の絵を描いた。しかも今年は子龍も参加する諏訪町の「龍踊」なので賑やかだ。踊り町に住んでいた私の兄や従兄弟たちは子供の頃に「おくんち」に参加したが、引越しで踊り町から離れる事になったために私は参加できなくなった。引っ越しが決まった年の「おくんち」に、当時住んでいたアパートの前に立って「龍踊」が通るのを眺めていたら、突然龍の顔がこちらを向いてカプリとやられたのである。小さな女の子に対するサービスだったのであろうが、けっこう牙鋭くてデカいよ。
面食らったけれど、今もこうやって鮮明に覚えているのは特別な想い出だからなのだろう。だから私が描く龍は、架空の生き物でありつつも、「おくんち」で激しく舞う「龍踊」の生き生きとした龍なのである。
龍踊 アクリル、キャンバス 4F 2025年
