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柴田亜美の「浮世の氣楽絵」
第10回 「鳳雛」

「京都で絵を描かれるなら、うちの書院の2階が空いているからアトリエにしませんか?」
 そう提案してくださったのは、豊臣秀吉の御正室ねね様のお寺として名高い高台寺岡林院(こうりんいん)の御住職、公胤(こういん)さんである。
『京都のアトリエ』なんて素敵な響き。もちろん断る選択などなく「ぜひ!」と天にも昇る気持ちでお受けさせていただいた。公胤さんは小学生の頃にパプワを愛読してくださっていたそうで、長年漫画家を続けていると読者だった少年が大人になってこんな素敵なプレゼントをくれるのかと涙した。

 さて、書院と聞いていたアトリエに伺ってみると2階建の立派な日本家屋。1階では禅の体験や茶会も催されているそうである。こんな由緒あるお寺の敷地にある立派な日本家屋で、屋根裏に棲みついた古狸のように私ごときが絵を描いていても良いのだろうか。一瞬怯んだものの「まぁ、座敷童のように階下の方々に気づかれぬようにしていればいいか」と生来の能天気さで絵画制作を開始した。

 描くのは『鳳雛(ほうすう)』と決めていた。鳳雛は鳳凰の雛で、将来有望な若者を意味する言葉でもある。ねね様は、お子はできなかったけれど、加藤清正や福島正則ら多くの武将達から母のように慕われておられた。

 また、武将のみならず皇族から養子としてお迎えした八条宮智仁親王にも深い愛情を注がれた。後に八条宮智仁親王は八条宮家を創設し、日本庭園の最高傑作の一つ桂離宮の創始、また古今和歌集の解釈を伝える古今伝授にも尽力し、文化面で大きな功績を残した。
 このように文武において才能ある逸材をお育てになった方なので、鳳雛の絵がよいと思った。

 アトリエは観光名所のねねの道沿いにあるにもかかわらず、一般の立ち入りを禁止している区域にあるので驚くほどの静寂さ。鳥の囀りと木々が風に揺れて葉擦れする音のみがBGMなので作業に集中できた。東京での日々の暮らしが如何に雑念が多かったのかが身に沁みる。

 アトリエの近くにはキクタニギクが咲いていた。準絶滅危惧種に指定されているキクタニギクの保全活動で岡林院の参道脇にある菊谷川のほとりに植栽されたそうだ。観賞用の華美な菊とは違い、なんとも素朴な可愛らしい小菊である。
 ねね様は花をとても愛されていたので、高台寺には花の装飾が多い。ねねの道は実際にねね様がお散歩されていたそうだから、きっとこの花もご覧になっていたのだろうなぁ。そのお姿に想いを馳せてキクタニギクもそっとキャンバスに添えた。




鳳雛 アクリル、キャンバス 4F 2025年