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桜木紫乃×川本三郎「人は、自分のためにしか生きられない――」
桜木紫乃『星々たち』刊行記念対談

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桜木紫乃×川本三郎

デビュー作『氷平線』で惚れ込んで以来、桜木作品を見つめ続ける川本氏との対談が実現。
二人の語る北の大地では、女の生きかたも、男の切なさも、空に散らばる当たり前の星々たち――
撮影/永田雅裕  構成・文/ジェイ・ノベル編集部

桜木:なんだかまた薄暗い本になりました(笑)。

川本:いや、いかにも桜木さんの世界です。

桜木:担当編集者が昭和四十年生まれの同い年だったこともあって、「同じ昭和歌謡で育ったんだから、感覚はわかるだろう」と安心しつつ、好きにお話を運ばせてもらって。

川本:昭和と貧乏とエロ?

桜木:エロは少な目にしたつもりなんですけど、読み返すと結構入りましたね。

川本:今回は、長編小説のおつもり? それとも連作短編?

桜木:私なりの連作短編集ですね。

川本:短編の連なりに人間が入り組んでいく、いわゆるチェーンストーリーですよね。

桜木:視点のないひとりの人間、今回だと塚本千春という女の一生なり、半生なりが見えるものを一冊にしたかったんです。三代にわたる女性 ――母の咲子、娘の千春、そしてその子どもがお互いにまったく関わり合うことなく北海道のそれぞれの地で生きてゆく。書き始めたころは手探りでしたが、ラストシーンだけは決めていて、九本集まると丸く収まりました。たいへん気持ちよかったです。

川本:お話の出だしはいつごろですか。

桜木:昭和五十三年です。塚本千春の母親・咲子と同名の歌手として伊藤咲子とその歌が出てきます(「ひとりワルツ」)。他には岩崎宏美とか後には中森明菜とか、「スター誕生!」の出身者が歌謡番組にいっぱい出ていた時代ですね。

川本:その一話目は釧路が舞台ですね。当時は動物園もデパートもあったんですか?

桜木:人が三列、四列で北大通を歩いているくらい、まだにぎやかでした。道東で初めてのジェットコースターが出来たのもその頃です。

川本:本当に桜木さんは生まれ育った北海道に根を下ろしていますね。道民の読者がすごく多いんじゃないですか。

桜木:ありがとうございます。でも、もしかしたら地元には嫌われてるんじゃないかと思うんですよ。

川本:またまた。

桜木:あんまりいいこと、明るいことを書いてないですから。そんなに喜ばれていないような気もします。

川本:殺人が絡むミステリーなんかだと実名の町を出すのも大変ですよね。実在する町だからこそ、小説として迫力があると私は感じるんですが。

桜木:いくら町の名前をふせても景色を描けば何となく気付くでしょうし、嫌な思いをされるかたもいるはずです。それでもやっぱり、書きたい欲求のほうが勝って書いてしまう。フィクションとはいえ、喜んでもらえるばかりじゃないのだと肝に銘じているのですけれど。

川本:『星々たち』では釧路、根室、留萌(るもい)、札幌、小樽、小樽郊外の塩谷(しおや)もでてきて、昭和から平成に移りゆく北海道が描かれますね。たとえば根室の人口は今、三万人を切ったくらい、最盛期の三分の二ほどでしょうか。桜木さんの少女期は、だんだん北海道がさびしくなっていった時代ですか。

桜木:子どもの頃はまだ栄えていましたが、200海里問題が出てきた高校時代あたりから漁業がぐんと落ちましたね。私が生まれた釧路もさびれていってしまったんですけれど、これは釧路が海の土地なのも関係あるかもしれません。道東とひとくくりになっていますが、十勝と釧路って死生観が違うんです。来年もみんなで協力してその土地で作物をとらなきゃならない十勝の人たちと、食べるものがなくなったら海にとりにいけばいいさと考えている釧路の人たちでは、ものの考え方に違いが出るんでしょうね。町と町が離れているだけに、帯広の人、釧路の人、根室の人、札幌の人と、みんな違っている印象があります。

川本:それでも北海道は基本的にはルーツのない人たちが流れてきているから、しがらみが少ないですよね。

桜木:人との関係が無意識なところで薄いかもしれません。

川本:今度の小説でも、千春さんも、お母さんの咲子さんも、簡単に家や男を捨てながら放浪してしまいます。

桜木:それも道内でぐるぐる。

川本:これは身近にあっておかしくないことですか。

桜木:ごく普通にあるように思います。町を離れれば〝遠い人〟。夫の転勤で留萌に移ったときに、釧路から内地(道内から見た本州)並みに離れた気がしました。電話をかければすぐにつながるのに、〝遠くへ行った〟という感覚がお互いに生まれやすいです。町から町へいくのに、JRを使っても五、六時間かかる場所もあるんですよ。私の場合も、会ったことのない親戚や消息のわからない人たちがけっこういます。おばあちゃんのお葬式ですら、孫が全員そろわなかったりする。

「絆」のない家族

川本:震災後、しきりに家族の絆と言われてきたけど、今回の『星々たち』はそれが全然ない小説ですよね。むしろ「家族はばらけるのが当然」、というような。そこがいいんですね。

桜木:たしかに、人づきあいという点で面倒に向かっていかない気質はあるかもしれません。良くも悪くも、楽なほうを選んでしまう。家族の絆って、「親子だから」と互いを縛り合い、身動きが取れなくなる場合もありますよね。そこからあっさり手を引いたとき、人はどんなふうに生きるのかを描きたかったんです。自分の娘に二十年会ってない人が普通にいる土地なので。『ラブレス』(新潮社)を書いた頃から、もしかしたら私にとっての普通と、この国の常識や文化は強烈に違うのかもしれないと感じています。最初は「こんな地味な、どこにでもある話を書いて大丈夫かな」と心配だったんですけど、それはどうやら日本では異質だった。血の昔がりって、目に見えなくて厄介だな、と思ってしまうほうなんです。言語化すると、ひどい話ですが。

川本:なんとなく、フロンティア時代のアメリカ西部って感じがしますよね。

桜木:言われてみれば……フロンティアを意識したことはないですけど、入植したじいさん、ばあさんの代の感覚がわかるのは私たち三代目からなんです。二代目は開拓した場所を守らなくちゃいけない義務感がありましたから。罪悪感なく好きなところに行ける三代目の私は、あっちこっち動いてしまって、親不孝してます。

川本:小説のなかでも、平凡な奥さんが、自由に家を離れていった咲子を羨ましがっていますよね。旦那さんが市役所に勤めていて……(「渚のひと」)。

桜木:息子を医大にいれようとして。あれも書いていて切ないお話でした。

川本:桜木さんはご主人もいらっしゃって、娘さん、息子さんもいらっしゃる恵まれた主婦なのに、どうしてこんな小説ばっかり書くんだろうと不思議でならない。

桜木:それ、いつも言われる(笑)。でも、いまの生活のほうがずっとファンタジーなんですよ。昨年末に西原理恵子さんとお話しする機会があったんですけど、「いまの生活のほうがメリーゴーラウンドみたいだよね」と、意見が一致しました。

川本:作家生活のことですか。

桜木:私も外側だけ見ると普通の奥さんなんです。でも、表現をする場所があって、娘も息子もいて、亭主もいて、というのは憧れていた暮らしに違いないのですが、見たことがなかったんで、まったくピンとこないんです。そんな光景に頑張ってたどりついてみたものの、現実感がなくて。小説に書いている世界のほうがよっぽど自分にとってはリアルです。いまの生活にものすごく不満があるわけでもなく、かといって幸福なのかもわからないまま、どこかフレームを通して日々の暮らしを眺めている部分もあります。

川本:ご家族ではお嬢さんが小説をお読みになるとか。

桜木:はい、けっこう辛辣な意見を言いますね。

川本:いまおいくつですか。

桜木:十六歳です。高校二年生。今回のゲラのチェックは明け方までかけてふたりでやったんですが、作業を終えてひとこと、「千春の人生は不幸とか幸福とかじゃなくて、豊かだよ、おかあさん」と娘に言われて。「お言葉頂きました!」と叫びました。いつも娘の第一声は気になるんですけど、大好きなお話ばかりを集めた一冊を娘が「豊か」と表現してくれたことが、とても嬉しかった。

川本:十六歳ですごいですね。

桜木:変なやつなんです。おもしろいことをいう子ではあります。

川本:ご主人は読まないんですか。

桜木:一行も読まないですね。僕が読んだら書きづらいでしょ、って。

川本:小説の中ではだいたい強くてたくましい女と甲斐性のない男の組み合わせが多いですよね。

桜木:私にとっての現実的な男女観です。だからいつ亭主がヒモになっても驚かないし、なったらなったで頑張ります(笑)。

川本:きちんとした男性は『起終点駅(ターミナル)』(小学館)の弁護士くらい?

桜木:傷のない人はいないでしょうし、みんな女々しくても、だらしなくてもいいんじゃないかと。それが嫌だっていう人もいますけど、だらしなくない男なんているのかな。

川本:私の大好きな映画監督の成瀬巳喜男(なるせ・みきお)、彼の映画の基本もしっかりした女とだめな男の組み合わせなんです。自分の奥さんが死んで葬式代がないから愛人のところに借りにいく男とか。小津安二郎の映画にはいつも立派な父親が出てくるのに対して、成瀬は逆なんですね。

桜木:「男らしい」っていうのはある種のファンタジーだと思ってます。私にとって「男」の原型は父なので。男兄弟もいないですし。

川本:ひとりっこですか。

桜木:年の離れた妹がいます。なにしろすごい父親なんですよ。ゼロ資金でラブホテルを始めるために、「男にしてください」って土下座してお金を一億円借りてくる人。でも、借金をするまでは男なのに、返す段になるとだんだんつまんなくなって逃げ回るの。「外で〝男〟であるために、男の人はこれほどまでに無理をするものなのか!」と痛感しました。だらしない自分を隠して〝男〟になろうとする強烈に捻(ねじ)れた男の姿を全部見せてくれた。そういう点では父親の存在はありがたかった。言語化できるようになったのは最近ですけど。

川本:最初に登場するヤマさんも、どっちかというと無理して男になっていますね。

桜木:ああいう二面性を持った生き方は切ないですよね。一緒にいる女の人によって変わるのかもしれませんが。映画でも小説でも、かっこいい男の人ってなんで早死にしなきゃいけないんだろう。

裸ですべてを引き受ける

川本:ところで桜木さんは、ストリップがお好きなんですよね。今作にも、他の作品にも登場しています。

桜木:相変わらず、観にいってます。この間も東北で別のお話の取材をした帰りに、八戸の伝説のストリップ劇場「八戸マノン」に行ってきました。最高でした。お客さんは三人、踊り子も三人。そのうちのひとりは五十前後のドイツ人ストリッパーで。彼女がショーの最初に出てきた瞬間、涙が出ました。こういう人がいるから自分も頑張って生きていけるんだって。

川本:ドイツ人! 流れ流れて八戸に。

桜木:三沢に米軍基地があるから、外国人のストリッパーが演(の)るようです。他の日本人の子も、結構年季の入った三十~四十代くらいのダンサーで。

川本:身体はきれいなんですか。

桜木:ドイツの踊り子さんは、若い頃にはトップダンサークラスだったんじゃないかしら。上背もあるし、スタイルも立派です。ただ、踊ってるときに背中や脚、ふとももにはいる皺が切なくて泣けるんですよ。ストリップ劇場で泣けるときって、すべてが浄化される幸福な時間のような気がする。

川本:女性が観にいったら目立つでしょう。

桜木:全然構わずに一番前で観ます。

川本:嫌がられないんですか?

桜木:嫌がる子は半分素人です。長く踊っている人は、客が好きで来てるかどうかくらいは、目を見たらわかってくれます。

川本:なぜそんなにストリップがお好きに?

桜木:十五年ほど前、清水ひとみさんが道頓堀劇場を北海道に復活させた、という新聞の特集記事を読んだんです。「裸の仕事に命がけの人がいるんだ」って嬉しくなっちゃって、ひとりで見に行ったのがきっかけです。(編集部注・同劇場は現在休業中)

川本:ひとりで!

桜木:そう、ひとりで。清水さんは既に引退されてたんですけど、そこで見た世界が忘れられなかった。人の恥ずかしい部分を全部舞台の上で引き受けていて、それって小説と同じじゃないの、と。ストリッパーっていうのは、すべてを引き受けてくれる人。小説書きの自分も、引き受ける人間でいなければならないのかな、と感じさせられます。

川本:今度の小説のなかで、世間からの隠れ場所としてストリップ劇場が出てくるのが面白いですね(「隠れ家」)。

桜木:いちばん隠れやすいところだと思ったんです。服を脱いでるし、大方のお客さんは踊り子の素顔を見ていないですから。濃い化粧して踊りますし、仮に知り合いでも、ちょっとやそっとじゃわからないです。十日間公演をしたら次の土地に移る、の繰り返しだと、外との交流もほぼなくなってしまいますし。たいがいの踊り子さんはお客さんと密な付き合いをすることも、個室に一緒になることもないです。だから、身を隠すなら風俗よりもストリップ劇場かもしれない。小説と同じですね。名前を変えて書いていると、メディアに顔が出ていても、本名の〝私〟だとはわからない人がいっぱいいるわけです。「隠れ家」では、隠れるために、着てるものを脱ぐ。踊り子さんの顔って、小説家でいうペンネームみたいなものだろうと思ったんですよね。

川本:「フィナーレ」(角川文庫『誰もいない夜に咲く』所収)にも、札幌のストリッパーの話がありましたね。桜木さんは取材はされるほうですか。

桜木:実はあまりしないんです。あの短編を書いた頃はまだ道頓堀劇場がススキノにあったので、何日間か楽屋に通って踊り子さんたちとご飯を食べたりしていましたが。あんまり話を聞いちゃうと、「せっかくあんなにお話ししてくれたのに、こんなふうに書いていいのかな」と考えて書けなくなってしまって。気が弱いんです。

地図をのぞく桜木さんと川本さん

桜木さんが知人にもらった「北海道地図ハンカチ」を取り出すと、鉄道好きの川本さんは大喜び。道内の土地談義に花が咲いた。

川本:こんなにリアリティがあるのに、ほとんど頭のなかで?

桜木:自分の周りにいてもおかしくない人ばかりを書くので、モデルになる特定の人も特にいないんですよね。

川本:つましい暮らしをしてる奥さんがもやしばっかり食べてたりしますが……。

桜木:スーパーで一袋19円のもやしを買ったりして(笑)。

川本:ああいう描写がすごくいいんですよ。

桜木:もやしとキャベツさえあればなんとか暮らせると思ってますから(笑)。主婦を書くときはたいがい自分の感覚です。モデルが私自身というわけではなくて、家の中や台所にあるものとか、主婦として見ている景色がその登場人物と私とでそんなに変わらないという意味ですが。

川本:「普段は決して使わないタクシーを使った」とかも。

桜木:そこは生活が出ちゃう。娘には「千円〝の〟Tシャツって書けばいいところを、千円〝も〟するTシャツって書くから、お母さんの小説は貧乏くさくなるんだ」って指摘されました。

川本:お嬢さん、やはりすごい! 桜木さんの書く少女たちも鋭いですよね。一話目で中学生の千春さんが動物園に行ったあとの「猿山のボス、可哀相だった」というひと言とか、普通はああいう感想は出ないと思います。もしかしてお嬢さんが言った言葉だったり?

桜木:ではないですが、あの子なら言うかもしれないですね。

川本:あれもよかったなあ、『無垢の領域』(新潮社)。妊娠する女子高校生が出てきますけど、優等生なのに知らん顔して、体を売っているっていうのがいいんですよ。

桜木:彼女の場合学費を稼いで家を出るためなんですけど、私、そんな子が実際にいたら応援したくなる。そのぐらいしっかりしていれば、人に依存しないでやっていくんじゃないかと思って。それを「かわいそう」とか「不幸」だとか判断する価値観は、私にはどうやらなさそうです。

川本:お嬢さんが「豊か」と評した千春さんの人生、小説後半での変転ぶりには驚かされました。彼女はこれからどうなっていくんでしょう。

桜木:作者としては、千春がどうなるのか、わからないままにしたかったのですが、読者の意見は分かれるところかもしれません。

川本:本が出てからの反応が楽しみですね。私は桜木さんの本を読むと、舞台になった場所に行きたくなります。北海道は広いから、まだまだたくさんの土地が桜木さんに書かれるのを待っていますよ。

桜木:ありがとうございます。頑張って書きます!

(2014年5月8日 東京にて)

※本対談は月刊ジェイ・ノベル2014年7月号の掲載記事を転載したものです。

川本三郎(かわもと・さぶろう)

川本三郎(かわもと・さぶろう)
1944年東京生まれ。東京大学法学部卒業。文学、映画、旅を中心とした評論やエッセイ、翻訳など、幅広い執筆活動で知られる。『大正幻影』でサントリー学芸賞、『荷風と東京』で読売文学賞、『林芙美子と昭和』で桑原武夫学芸賞と毎日出版文化賞、『小説を、映画を、鉄道が走る』で交通図書賞、『白秋望景』で伊藤整文学賞を受賞。他に『マイ・バック・ページ』『いまも、君を想う』『そして、人生はつづく』など著書多数。

桜木紫乃(さくらぎ・しの)

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桜木紫乃(さくらぎ・しの)
1965年北海道釧路市生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。同作を含む『氷平線』で07年単行本デビューし、注目を集める。12年『ラブレス』で「突然愛を伝えたくなる本」大賞、13年同作で第19回島清恋愛文学賞、13年『ホテルローヤル』で第149回直木賞を受賞。近著に『無垢の領域』『蛇行する月』などがある。

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