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『名探偵誕生』刊行記念 似鳥鶏×下村敦史トークセッション
小説のタネをどう育てるか――『名探偵誕生』『黙過』創作裏話

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似鳥鶏×下村敦史

『名探偵誕生』の刊行を記念して、いま注目の作家同士の対談が実現! 創作のプロセスや編集者との付き合い方など、ここでしか聞けないトークの一部をご紹介します。
本稿は2018年6月16日に大垣書店京都ヨドバシ店で行われたトークイベントの採録です。
構成・撮影/Webジェイノベル編集部

●『名探偵誕生』の名場面

似鳥:昨日大阪入りして、一日書店員さんたちと話をしていたら、すっかり影響されて関西風のイントネーションになってしまいました。標準語の感染力が20だとすると、関西弁の感染力は280くらいあるような。下村さんは生まれも育ちも京都だそうですね。

下村:はい。ただ、僕はほとんど京都弁が出ないので、地元の新聞記者から「本当に京都人ですか?」と疑われたことがありました(笑)。

似鳥:確かに、下村さんはいつも穏やかで落ち着いた語り口で、いわゆる関西人のイメージとは少し違うかもしれません。

下村:最近は東京にもよく行っているので……。似鳥さんの新刊『名探偵誕生』、とても楽しく読ませていただきました。主人公の少年、瑞人の一途さに胸を打たれました。小学生時代からはじまって、中学生、高校生、大学生、と成長していくわけですが、いつも隣にいる名探偵、千歳お姉ちゃんをずっと追いかけていましたね。

似鳥:もしワトソンがホームズに恋をしたら?というのが企画当初のコンセプトでした。ふたりで同じ景色を見ているにもかかわらず、想いを寄せるホームズはどんどん先を推理していってしまう。その背中を追うワトソン。

下村:その関係性は面白いですね。意外な着目点です。

似鳥:普段はまずトリックを最初に考えるのですが、今回は私としては珍しく物語が先で、ストーリーラインに合うトリックを考えていきました。鮎川哲也賞出身なので、どうしてもトリックはちゃんとやりたくてあれこれ腐心しました。

下村:それにしても大胆なタイトルですね。古今東西これだけ名探偵がいるなかでの『名探偵誕生』。でも読み終わってみると、このタイトルしかない。ぴったりです。

似鳥:執筆段階で仮につけたタイトルでしたが、最終的に編集担当さんから「ストレートで良いのでこれで行きましょう」と言われ決まりました。「戦力外捜査官」も同様の成り行きだったので、この流れのときは上手くいくことが多いかなと。

下村:帯にもある「神様、どうか彼女に幸福を」の場面が印象的でした。

似鳥:はい、まさにこの台詞に向かって、物語を走らせていった感じです。実は、この場面は、アニメ「ドラゴンボール超」が着想のきっかけでした。「“未来”トランクス編」というサイドストーリーがあるのですが、いつもは穏やかなトランクスが覚醒してスーパーサイヤ人になるという場面がありまして、これだ!と。 (似鳥注:本編のイメージが台無しになるので、言わなければよかったと後悔している。)

下村:それは意外! 恋愛ものなのにドラゴンボール……(笑)。

似鳥:もしも「このシーンを描いた作者の意図を述べなさい」という入試の設問があったとしたら、「ドラゴンボールの『未来トランクス』を書きたかった!」が正解です。 (似鳥注:言わなければよかったと後悔している。)

下村:誰も正解できない(笑)。このシーンも含めて、男の子目線が非常に瑞々しくて、リアリティがありました。似鳥さん、バスケ部でしょう? 中学時代のバスケットボールを練習しているシーンの描写も、とても生き生きとしていました。

●どうしたら人物をリアルに描けるか

似鳥:はい、見てのとおりバスケ部です(※似鳥氏は文芸界有数の高身長)。バスケのシーンもそうですが、第一話、隣町に探検に行く話はほぼ私の実体験です。下村さんは主人公にご自身を投影することはありますか?

下村:登場人物の一部分に、自分自身の持っている要素が出ることはありますが、どちらかといえば、創作です。以前、先輩作家がこんなことをおっしゃっていました。「たとえば暴力的な人物を描く場合、自分が暴力的でなくても、誰かに腹を立てた経験があったとしたら、そのときの感情を過剰に膨らませることで、そういう人物がリアルに描ける」。この方法は僕も実践しています。

似鳥:なるほど、人物造形の作り方は人それぞれですよね。下村さんは、現実の芸能人に影響されることはありませんか? 『名探偵誕生』の第五話に、ブロッコリー頭の刑事が出てくるのですが、書いているうちにどんどんセリフが大泉洋の声になってきてしまって。「大泉洋はキャスティングとしては今やありふれているぞ?」と思いつつ、いったん大泉洋の声でしゃべりだしたら、もう戻らない。 (似鳥注:これは私のせいではなく、大泉洋さんの汎用性が高すぎるせいである。どんな人物でも大泉洋だと思えば大泉洋に寄っていく。大泉洋すごい。)

下村:(笑)僕はそういうことはないですね。ただ海外ドラマが好きなので、ヒロインの人物造形は海外ドラマに出てくる女性の平均値になりがちです。タフで、論理的で、強い……。

似鳥:色々違いがあっておもしろいですね。私の場合は、コントを書くような感じで人物像が形作られていきます。第二話に出てくる作家の朝宮先生は、結果的につっこみどころ満載なキャラクターになりました。「もしかして似鳥さんご自身がモデルですか?」と読者の方から聞かれることがありますが、私はあんなに非常識ではありません(笑)。小説のプロットを練るときはドトールにいることが多いのは確かですが。

●『黙過』のポイントは編集者のダメ出し

似鳥:ところで、下村さんはどこで執筆をしていますか?

下村:自分の部屋ですね。起きたらすぐパソコンを開いて書き始めます。

似鳥:起きてすぐ! youtube見たりせず? えらい!

下村:いやー、最近は逃げるときもありますけど。

似鳥:私なんか、原稿に出てくる猫について調べようとしてネットを見始めたら、youtubeの猫動画見ていつのまにか二時間経ってる(笑)。で、「あれ、なに調べようとしたんだっけなー」って。下村さんは猫動画見ませんか?

下村:猫は見ないですね。

似鳥:じゃあ犬?

下村:犬も見ません。似鳥さん動物がお好きなのですね(笑)。

似鳥:はい(似鳥注:そうでもない。ムカデやヤマビルは苦手である。)。動物園を舞台にしたシリーズも書いているくらいでして……。ところで下村さんの『黙過』(徳間書店)はめちゃめちゃ面白い作品でした。今年読んだ本の私の暫定ベストです! 心臓移植や動物実験など、医療倫理のシリアスな問題を真向から取り扱っている。こうしたテーマをふんだんに盛り込んだところからスタートするのがすごいところです。ふつうは、現代的なテーマを突き付けたところで終わりになりますが、『黙過』は、そこが出発点で。思いがけない方向に話が転がっていく。フィギュアスケートにたとえれば、三回転半したかと思ったら、縦回転するくらいのレベルです。非常に難易度の高いことを難しさを感じさせず読ませるので、いつのまにか騙されました。

下村:『黙過』はこれまでで一番苦労した作品でもあります。第一稿は一か月半くらいで脱稿しました。でも担当さんから電話がかかってきて、申し訳なさそうな声で「これだけの作品なので、焦って出すより時間をかけてじっくり直しませんか」と。実は自分自身、もっと時間をかけて直せばデビュー作を超えられるかもしれないという気持ちがあったので、刊行予定を延期していただき、徹底的に直しました。

似鳥:編集者には「脱稿したらすぐ出そう」というタイプの方もいますが、今回の場合はそうではなかったのが良かったと。

下村:僕がデビューしたとき、デビュー元の講談社の担当さんから他社との付き合い方についてアドバイスをもらったんです。それは「過去に没になった原稿なんかを『充分面白いのでうちで出しましょう』と言ってくる出版社があるかもしれないですけど、そこで喜んで出したら結果的に下村さんの評価が下がってしまいます。厳しくダメ出しをしてくれる編集者か見極めて付き合っていってください」というものでした。

似鳥:私がデビューしたときも同じようなことを言われた記憶があります。話がデビュー当時に遡りましたが、そろそろお時間のようです。『名探偵誕生』、これからお読みくださる方は、「ドラゴンボール」がネタ元であることは脳内からさっぱり消去して、楽しんでいただけたら幸いです。今日はどうもありがとうございました。

似鳥鶏(にたどり・けい)
1981年千葉県生まれ。2006年『理由あって冬に出る』で第16回鮎川哲也賞に佳作入選し、デビュー。同作品を含む〈市立高校〉シリーズ(創元推理文庫)、〈楓ヶ丘動物園〉シリーズ(文春文庫)、ドラマ化された〈戦力外捜査官〉シリーズ(河出書房新社)、〈御子柴〉シリーズ(講談社タイガ)がいずれもロングセラーに。このほかの著書に『一〇一教室』(河出書房新社)、『レジまでの推理 本屋さんの名探偵』『100億人のヨリコさん』(ともに光文社)、『彼女の色に届くまで』(KADOKAWA)など。

下村敦史(しもむら・あつし)
1981年京都府生まれ。2014年に『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。『生還者』(講談社)は第69回日本推理作家協会賞の長編及び連作短編集部門の候補になる。この他の著書に『難民調査官』『サイレント・マイノリティ 難民調査官』の〈難民調査官〉シリーズ(光文社)、『叛徒』(講談社)、『真実の檻』『サハラの薔薇』(ともにKADOKAWA)、『黙過』(徳間書店)などがある。

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