文庫『ねんねこ書房謎解き帖 文豪の尋ね人』刊行によせて
古本との出会い 伽古屋 圭市
昔から読むのはもっぱら現代のミステリーで、古本屋でなければ手に入らない書籍を読む趣味はほとんどなかった。とはいえ、古本屋も利用はしていた。それはもう単純にお金を節約するためだ。
プロの作家となったいまとなっては、
「古本屋で買われたら作者にも出版社にも一銭も落ちねえんだよおおおぉぉぉ!!!」
と叫びたくもなるのだが、素人の、さほど裕福でなかった当時の僕には関係がない。古本屋では聞いたことのない作家の本でも、「ハズれてもいいや」と気楽に買える魅力があった。そうやって乱読した蓄積が、いまの礎にもなっているはずだ。
そういえば、作家になるきっかけも古本だった。
忘れもしない、就職してすぐの一九九一年(平成三年)四月のことだ。
ひとまずの配属先として梅田の駅ビル(第一から第四まである、あのビルだ)にある事務所に出勤していたころ、地下一階の催事スペースで古本市をやっていた。
そこで、なにかおもしろげな本はないかしらん、と昼休みに物色して見つけたのが岡嶋二人著『焦茶色のパステル』(講談社文庫)だった。言わずもがな氏のデビュー作であり、江戸川乱歩賞受賞作だ。
一九九一年だから岡嶋二人氏はすでに解散(コンビ作家だったのである)していたが、当時の僕はそんなことも知らなかった。ただ、岡嶋二人の名前は知っていた。友人に借りて、二、三冊読んだことがあったからだ。おもしろかった記憶があったので、なんとはなしに『焦茶色のパステル』を買った。百円だったと思う。
そして度肝を抜かれた。
世の中に、こんなすごいミステリーがあるのかと驚いた。そして岡嶋二人に嵌った。ますますミステリーにも傾倒した。
同時に、世の中には江戸川乱歩賞なるものがあって、それを受賞すると作家になれるのだということも、その本を読んで初めて知った。インターネットが普及する前の時代の情報量なんて、そんなもんである。
それ以前から作家になりたいとは漠然と思っていた。それがなり方もわからない夢物語から、たしかに至る道は存在するのだという、現実的な目標になった。
古本市で『焦茶色のパステル』に出会っていなかったら、絶対に僕は小説家にならなかったし、なれなかったし、本気でなろうとすら思わなかった。それは断言できる。
さて、さすがにそろそろ実業之日本社の本の話をしないと担当編集者に怒られそうだ。
本作『ねんねこ書房謎解き帖 文豪の尋ね人』は神田神保町近くにある古書店が舞台である。ときは大正十三年、関東大震災から復興しつつある時代だ。
全五話の連作短編ミステリーで、一話ごとに文学作品を取り上げている。順に列挙すると、芥川龍之介『羅生門』、黒岩涙香『幽霊塔』、谷崎潤一郎『秘密』、村井弦斎『食道楽』、永井荷風『ふらんす物語』である。
ひょんなことから書店で働きはじめる主人公、石嶺こよりは、それまでとんと小説には触れてこなかった女の子で、作中では彼女の目を通して作品を紹介している。同時に本作の読者が、これらの作品を「読みたい」と思ってもらえたらと願いつつ書いた。
それだけに、現在でも容易に入手可能な作品(現代仮名遣いで読める作品)で、なにより自分自身が「おもしろい!」と思える作品であることにはこだわった。
本作を読んでいただいて、取り上げた文学作品のうち、ひとつでもいいので手を伸ばしてもらえたら幸いである。
ちなみに二十七年前に買った『焦茶色のパステル』文庫版は一九八四年発行の初刷で、タイトルどおり見事に焦茶色に変色してしまっているが、いまでもうちの本棚に大事にしまわれている。