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伊坂幸太郎『フーガはユーガ』刊行記念インタビュー
1年ぶりの新作は〝原点回帰〟を目指した意欲作

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――1年ぶりとなる新作長編『フーガはユーガ』は、風我と優我、双子の男性を主人公に据えた、SFエンタテインメントに仕上げられました。まずは着想から教えてください。

伊坂 :実業之日本社さんでの書き下ろしは『砂漠』以来、13年ぶりなんですよね。ちょうど『砂漠』が発売される時に、担当編集さんに双子の子供が生まれたことから、「次の作品は、双子を題材にしましょうか」と言っていまして。それから実際にアイデアが固まるまでに、10年以上も時間がかかってしまったんですけど(笑)。

――今回の物語は、双子の兄弟が誕生日の当日、2時間おきに体ごと入れ替わるという設定が大きな特徴となっています。

伊坂 :双子というのは当然、同じ日に生まれているわけですから、「誕生日を迎えるたびに何か不思議なことが起きるというのはどうだろう」と考えることから始めたんですよね。最初は“一方が体験した事象が、2時間後に兄弟の身にも起きる”という、未来予知に近い設定を用意していたんです。だけど、これを物語として膨らませるのが意外と難しくて、じゃあ“2時間おきに互いの意識が入れ替わる”というのはどうか、と考えました。それで編集者も、「意識が入れ替わったらできること」みたいなアイディアメモみたいなのを作ってくれて。これで書けるかな、なんて思っていたら、映画『君の名は』が公開されまして(笑)。

――『君の名は。』は言わずと知れた、東京で生活する男子高校生と岐阜で暮らす女子高生の「入れ替わり」を題材とした、大ヒットアニメ映画ですよね。

伊坂 :入れ替わり自体は珍しいものではないのかもしれませんけど、気になったので、公開後すぐ劇場へ観に行ったんです。すると、これがものすごくいい作品で、感動しちゃって。直接出会うことのない2人が協力して何かをなすというのが、たぶん、僕、好きなんですよね。自分で書いた『ゴールデンスランバー』もそうでしたし。『君の名は』を観て、感銘を受けて、「これはもう、入れ替わりネタでやるのは厳しいな」と感じました。もしこれが僕にとってつまらない作品であれば、さほど気にしなかったかもしれませんが(笑)、とても後追いする気にはなれなかったですね。

――それでも「双子」という設定は残されました。

伊坂 :それも捨てちゃうと、もう何もとっかかりがなくなっちゃうので(笑)。では双子で何がやれるかともう一度考えて、それで、中身だけでなく体ごと入れ替わるパターンにしようかな、と。「さすがに体ごとは、無理がありますよね」と最初は冗談で、担当編集者に話していたアイデアでしたが、だんだんそれが具体化してきたことで、『フーガはユーガ』のプロットが生まれました。

――もともと伊坂さんが創り出す世界観は、こうした不思議でSF的な事象との相性がいいように感じます。

伊坂 :ただ、これまでは“地上から数センチ浮いた話”と表現されることが多かったのに、体ごと入れ替わるとなると、「数センチどころか何メートルも浮いてしまってないか!?」という迷いもありました(笑)。さすがに、「体ごと」はリアリティがなさすぎなのでは? と何度も自問自答する感じで。どうにかこうにか現実味を出したつもりではいるんですが、ここまで現実離れしていると読者がついてきてくれないのではないかという不安も少しだけありますね。


●設定を面白く、でもストーリーはシンプルに

――双子が体ごと入れ替わるという設定に加え、本作では現在から過去に遡る視点を用いることで、物語を立体的に組み立てる構成が採られています。

伊坂 :当初から一貫して念頭にあったのは、設定さえ面白ければ、ストーリーはシンプルでいいという考えで、全体的にややコンパクトな物語にしたいと思っていました。極端な話、定期的に入れ替わる双子が殺人犯と戦えば、それである程度は成立するのではないか、エンターテインメントとしてはそれが正しいのかな、と。ただ、それだけでは僕自身、書いていてわくわくしないというか、書けないんですよね。もう少し、語り方とかに工夫ができないかな、と頭をひねっていたところ、僕自身が目撃したある奇妙なシーンがヒントになりました。

――奇妙なシーンとは?

伊坂 :数年前、あるファーストフード店で仕事をしていた時のことです。平日の昼間に若い、不良君みたいな若者が二人、一つのトイレに一緒に入ったきり、しばらく出て来なかったんです。男女共用トイレで。まさか二人同時に用を足すわけはないですし、いったい中で何をやっているんだろうと不思議に思っていたんですけど、結局、僕がいる間は出てこなくて。あとでもしかすると2人は盗撮犯で、カメラを仕掛ける作業を行なっていたのでは? と思ったら急に怖くなって。もちろん憶測なんですけど(笑)。

――今回の物語ではまさに、あるテレビのディレクターが、風我と優我が入れ替わる瞬間を撮影したトイレ内の隠し撮り映像を入手したことに端を発しています。

伊坂 :この体験以来、隠し撮り映像に思いがけないものが映っているというアイデアを、ずっとストックしていたんです。たとえば、オバケの格好をした何者かが映っていれば盗撮犯は震え上がるでしょうし、いつか短編を書く時などに使えるのではないかと。だけど、あえて今回はそれを冒頭で使ってみようかな、と思いつきまして。テレポーテーションの瞬間がたまたま映像に映っていたことから、それを見たディレクターが優我のもとを訪ねてくるという書き出しにすると、小説の語り方としては若干、複雑になってワクワクするかなあ、と思って、それで書き始められました。

――結果的に、不思議な設定あり、悪に立ち向かう構図あり、そしてリーダビリティありと、非常に伊坂さんらしい作品となった印象です。

伊坂 :そうだったらいいんですよね。思っていたことは一通りやれたかなという達成感はあるんですけど、できあがったものを読者がどう読むのかは本当にいつも分からないので。


●読後に優しい気持ちになれる――原点回帰を目指した作品に

――ところで先ほど、今回の『フーガはユーガ』は「全体としてコンパクトな作品にしたかった」というお言葉がありました。その狙いは何でしょう。

伊坂 :特に狙いというわけではないのですが、今は何となく、そういうものを書いてみたかったんですよね。いわゆる大作を書き上げるのには、やはり体力が必要です。もちろん、渾身の大作を仕上げればそれだけ充実感もありますし、喜んでくれる読者の方もいるでしょう。ただ、大きな山ばっかり登るのはいいことばかりでもないというか、『キャプテンサンダーボルト』『火星に住むつもりかい?』という大きな山を登って以降は、比較的、標高はそれほど高くないけれど、変わった景色が見えるような山を、たとえば、『サブマリン』とか『ホワイトラビット』とか、そういった作品に挑戦している気がしていて、今回もその流れにあるのかな、と。

――伊坂さんもはやキャリア18年目、気がつけばこれが37作目になります(※エッセイを除く)。それはベテランの域に差し掛かったことで訪れた、創作観の変化なのでしょうか。

伊坂 :あ、もうそんなに書いてるんですか。書きすぎている気もしますが(笑)。でもそう考えると、過去には『魔王』や『あるキング』のような作品も書いてきましたし、少々のことは読者の皆さんも受け入れてくれるかもしれませんね(笑)。『ゴールデンスランバー』や『キャプテンサンダーボルト』『火星に住むつもりかい?』といった小説は、ボリュームがあって、自分としても大作を作ろうという気持ちで完成させたのですが、一方で『重力ピエロ』や『オー!ファーザー』のように家族を扱った作品も僕にとっては重要で、今回は、そちらに属する小説になりました。

――今回も家族を描いた物語ではありますが、親からの虐待を受けて育った風我と優我にとって、決して幸せな家庭環境ではありません。

伊坂 :そうなんですよ。僕がこれまで書いてきたのは、しっかりと信頼関係の成り立つ家族が多かったんですよね。ただ、今さらですけど、「世の中には必ずしも幸せな家族ばかりではないんだよな」と当たり前のことに気づきまして、そういった中で、特別な力を持った子供たちのことを書きたくなったんですよね。以前、海外の読者の方から「伊坂さんの作品は、悲しくて寂しいけど、読後に優しい気持ちになれます」とメッセージをいただいたことがありました。言われてみればたしかに、『重力ピエロ』や『アヒルと鴨のコインロッカー』といった初期の作品では、そういう感覚を大切にしていたところもあり、『フーガはユーガ』はもう一度そこに戻ったような印象が、自分ではあります。

――さて、この『フーガはユーガ』は結果的に、伊坂さんのキャリアの中でどのような位置づけの作品になるのでしょうか。

伊坂 :あらためてこのタイミングで、原点回帰的とも言える、「悲しいけど優しい」という感覚の小説を完成させられた達成感はあるんですよね。シリーズものではないオリジナル作品で、歯切れよくコンパクトに物語をまとめられたことに手応えも感じています。これでまた、別の大きな山にも登っていけるような気持ちにもなりました。

――もともと伊坂幸太郎という作家は、一定の世界観を守りながら、あの手この手でエンタテインメントを表現してきた作家だと感じます。『フーガはユーガ』はファンにとって、そうした伊坂テイストがたっぷりと濃縮された、満足度の高い作品と言えそうですね。

伊坂 :それはとても嬉しい言葉で、僕はデビュー当時からずっと、次にどんなものを書くのかを楽しみにしてもらえる作家になりたいと思ってやってきました。決まったレールの上を走り続けるのではなく、常に、「今度は何?」と期待される書き手でいたいんですよね。『フーガはユーガ』は誰もが爽やかな気持ちになれる物語ではないかもしれませんが、気に入ってくれる人がいるのではないかな、と思っています。

(文・構成/友清 哲 2018年10月仙台市内にて)

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