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近藤史恵〈清掃人探偵・キリコ〉誕生20周年記念インタビュー
働くことの苦さと難しさと、楽しさと軽やかさ。 ずっとキリコちゃんの目を通して見ていたような気がします

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近藤史恵

キュートな清掃人探偵・キリコがこの世に登場したのは1997年、実業之日本社の小説雑誌「週刊小説」(2001年に休刊、「月刊ジェイ・ノベル」に移行)でした。それから5作にわたって書き継がれ、愛されてきた〈清掃人探偵・キリコ〉シリーズが、20周年を記念してイラストレーター・高橋由季さんによる新カバーで登場! 著者の近藤史恵さんに、シリーズへの想いを伺いました。
(聞き手・構成/編集部)

――清掃作業員を主人公にミステリーを書こうと思われたきっかけを教えてください。

近藤 :20代のとき、清掃作業員のアルバイトをしていました。作家としてデビューしたけど、まだ専業では食べていけなかった時期です。早朝の短時間バイトで、帰ってから執筆する時間が取れるので、2年くらい続けたと思います。
 飲食店のフロアやイベントスペース、オフィスのフロアなどもある巨大ビルだったのですが、いろんな発見があったのです。オフィスの机やゴミ箱が個性豊かだったり、同じトイレでも汚れやすいフロアと、そうでもないフロアがあったり。清掃作業員じゃないとわからないことって、たくさんあるのでは、と思ったのがきっかけです。

――ご自身が清掃作業員をされていたころの、忘れられない思い出があれば、お聞かせください。

近藤 :ビルの中に会員制の高級クラブがあって、そこの担当になるのがいちばん楽しかったです。清掃作業員でないと、絶対に行くことのない場所ですから。あとは、一緒に働いている仲間が個性的で印象深かったですね。海外からの留学生とか、アマチュアのスポーツ選手とか、いろんな人と知り合いました。普通の学生もいましたが、比較的、他に経験したバイトとくらべて個性的な人が多かった気がします。仕事仲間はたくさんいても、作業をするときはそれぞれひとりなので、協調性のない人でも続けられたからかもしれません。

――お掃除はお好きですか? 得に好きな掃除、苦手な掃除の種類と、その理由を教えてください。

近藤 :実は、すごく苦手です。今はもう定期的にプロのお掃除サービスを呼んでいます。キリコちゃんにきてほしいです(笑)。まあ、冗談はさておき、特に苦手なのは「片付け」ですね。台所とか水回りとかを掃除するのは、比較的好きです。ただ、わたし自身が「散らかってても平気」なタイプなので、気が付けば、手をつけるのも面倒な状態になっていることが……。プロにときどきやってもらうと、きれいな状態に戻るので、そこからしばらくはなるべく維持できるように、ちょこちょこやっています。

――主人公のキリコちゃんは、キュートでおしゃれで聡明で、とても魅力的です。どのような意図で人物造形をされたのでしょうか?

近藤 :20年前はまだ、フィクションでは、派手な服装をした若い女の子は、どちらかというと賢くないような描かれ方をすることが多かったので、それは絶対におかしいという気持ちがありました。洋服やおしゃれが好きなことと、知性がないこととはまったく関係ないですよね。

――ワトソン役である大介くんに託した役割をお聞かせください。

近藤 :ワトソン役は、ちょっと気弱な男性がいいかなあ、と思って、大介というキャラクターを設定しました。彼自身、優しくて公正な男性ですが、一方で社会の規範から完全に自由なわけではありません。最初からパーフェクトな男性ではなく、少しずつ気づいて、自分を変えていける男性にしたかったのです。

―― 1巻では、職場内の嫉妬や、競争心、ハラスメントなど、だれでも身に覚えのあるネガティブな感情が事件を起こす場面が登場し、他人事とは思えません。こうしたアプローチは、近藤作品の魅力でもありますが、特に意識して取り上げていらっしゃるのですか?

近藤 :たぶん、プロットを思いつくきっかけになるのが、ある種の理不尽さや感情の複雑さなのだと思います。なぜ、こんなふうに感じるのだろう、とか、こう考えてしまうのだろうという疑問から、どんどん広げていったり、他の要素を足していったりして、ストーリーを考えることが多いです。ただ、どんな感情も他人事ではなく、一度自分の中に落とし込んでから、自分のものとして考えるようにはしています。「人間観察をされているんですか?」と聞かれることが多いのですが、他人を観察するより、自分を観察する方がよくわかるんですよね。

――シリーズは全5巻で完結しています。連作短編だけでなく、長編仕立てのものもあって、一巻一巻とても読み応えがあります。最終巻ではキリコ自身の謎も明らかになりますが、5巻完結の構想は、執筆当初からあったのでしょうか?

近藤 :最初は1巻で終わりのつもりでしたが、好評だったのでしばらく続けようかな、と。長編は当時の担当編集者さんと相談して挑戦してみましたが、やはり連作短編が彼女には合うような気がします。5作と決めたわけではありませんが、いつまでも続けるのはちょっと違うかな、と思っていたので、5作目を書くときに、ここで完結させようと決めました。

――キリコちゃんが誕生してから20年が過ぎました。この間に日本の労働環境は、良くなった部分も、悪くなった部分もあると思います。改めて1巻を読むと、セクハラなど、現在顕在化している問題を早い段階で題材にしていることに、先見の明をお持ちだと感じます。 2018年のいま、仕事に奮闘している人々(特に女性)に向けて、伝えたいメッセージがあれば、お願いいたします。

近藤 :悩んだり、迷ったとき、自分のことを大事な友達のように扱ってください。たとえば、不当な扱いを受けたときや、理不尽なことに苦しんだとき、「自分が我慢すればいい」と思ってしまう人が多いですけど、もし大事な友達が同じ扱いを受けたときに、「我慢すればいい」と言うでしょうか。
 この国で、特に女性は自分を大事にするだけで、わがままを言っているように取られることが多いけれど、それは、そんなふうに考えさせることで得をしている人たちがどこかにいるのです。捕食者が仕掛ける罠のようなものです。
 最初からすべてに逆らって自由であることはできないかもしれないけれど、心だけは、そんな罠に捕らわれないでください。もちろん男性も。

――また、キリコちゃんに会いたい、という気持ちが募ります。再登場を願っています。

近藤 :いつか、彼女にしか解けない謎と出会ったら……ですね。

(聞き手・構成/編集部)

近藤史恵(こんどう・ふみえ)
1969年大阪市生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。93年『凍える島』で第4回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。2008年自転車ロードレースを描いた『サクリファイス』で第10回大藪春彦賞受賞。〈猿若町捕物帳〉〈ビストロ・パ・マル〉といった人気シリーズのほか著書多数。近刊に『震える教室』『わたしの本の空白は』。


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実業之日本社文庫〈清掃人探偵・キリコ〉シリーズ

  1. 『天使はモップを持って』 好評発売中
  2. 『モップの精は深夜に現れる』 2019年2月刊行
  3. 『モップの魔女は呪文を知ってる』2019年4月新カバー作成
  4. 『モップの精と二匹のアルマジロ』 2019年4月新カバー作成
  5. 『モップの精は旅に出る』 2019年4月刊行(初文庫化)

※1、2は、当時実業之日本社が文庫シリーズを持っていなかったため、文春文庫より文庫化されました。このたび発売される実業之日本社版は、基本的に文春文庫版と同一の内容ですが、『天使はモップを持って』に収録されている短編の結末が変更されています。詳しくは『天使はモップを持って』収録の「実業之日本社文庫版のあとがき」をご覧ください。
3、4は、実業之日本社文庫より刊行済ですがこの機会に新カバーを作成、5は初の文庫化となります。なお、刊行予定は変更になる可能性があります。

詳しい内容はこちら→http://www.j-n.co.jp/books/?goods_code=978-4-408-55447-1