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12月の文庫新刊『七日じゃ映画は撮れません』刊行記念ブックレビュー
大胆不敵で熱量溢れる、まごうことなき傑作! 吉田大助(書評家・ライター)

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真藤順丈がついに、発見された。沖縄の戦後史を題材にした大長編『宝島』がこの冬、第9回山田風太郎賞を受賞したのだが、とにかくもう、やたらめったらな褒められっぷりなのだ。選考委員諸氏の選評に共通するキーワードは、「熱量」だ。<一読、この物語が持っている熱量に圧倒された。作者の覚悟が見える。小手先感がない>(夢枕獏)。<『宝島』は、無理をしている。無理を努力で圧し切っている。その結果として、異常な熱量を持った叙事詩が生み出されたようだ>(京極夏彦)。<私は最初、真藤さんが沖縄出身で、故郷への熱い想いをぶつけたのだと思っていた。東京出身だとわかり心底驚いた。この地霊が乗り移ったような書きっぷりときたらどうだろう>(林真理子)。

真藤は、第3回ダ・ヴィンチ文学賞受賞のデビュー作『地図男』を皮切りに、主要エンタメ小説新人賞4冠を達成している。だが、以降は文学賞へのノミネートの声すらかからない状態が続いていた。ならば『宝島』は突然変異なのか? 違う。優れた作品を発表していながらも、運悪く気付かれなかっただけだったということが、この一冊を差し出せば証明できる。2014年に単行本刊行され、このほど文庫化された680ページ越えのメガノベル『七日じゃ映画は撮れません』。タイトルは、神は七日で世界を創造したとする聖書の一節から取られている。不完全な世界をまるごと創造するよりも、一本の映画を完成させる方が大変なんだよ! そんな大胆不敵な主張が、読み進めるうちに納得できてしまうようになるところが驚きであり、快感だ。

大きく二部制が敷かれた本作は、前半が撮影準備(プリプロダクション)、後半が撮影本番に当たる。小説の形態で表現し直すならば、前半が連作短編で、後半が長編だ。どういうことか?

前半は、映画製作に関わる9部門――「監督」「助監督」「撮影」「録音」「衣装」「美術」「照明」「俳優」「製作」のスタッフを各編の主人公に据えた、一話完結型の短編で構成されている。例えば、第一編「1 [監督] 天国の真下で」の主人公は、才能はあるものの売れない映画監督の安達雄矢。2010年春のある日の午前零時、彼は世田ヶ谷の砧スタジオに侵入し、同期の売れっ子監督・柏谷道彦と、幻の脚本の撮影権を巡って対決を行う。監督が「王」として君臨し、己のビジョンのもとにすべてをコントロールしようとした映画の方がいいか。それとも監督が「熱源」となり、スタッフを刺激して個々の創造性を引き出し、全員で即興的に組み上げていったその日その時にしか生まれない映画の方がいいか? 「屍者の軍団」なる破天荒極まりないクリーチャーを召喚しながら、物語は二者択一のアンサーを提示して終わる。

二編目以降の登場人物を紹介しよう。「現場ジャンキー」でブルース・リーおたくの助監督・ウガ。狙ったモノは(ピントを)外さない「魔法の弾丸」を求める撮影技師・モトイチ。現場の「守護者」と慕われる録音技師のタブさん。伝説の「蜃気楼のドレス」を作成した衣装デザイナーの助手、ヨッシュ。キャンピングカーで寝泊まり&移動するさすらいの美術部バンディット・ワークス。光よりも闇に魅入られた「闇使い」の照明技師・zap。役作りよりも「役抜き」に手間と時間をかける究極の憑依型俳優・齊藤崇之。実は“最凶”のトラブルメーカーであるプロデューサー・奥野春美。個々の部署の専門性を吟味したうえで想像力を羽ばたかせ、その成果を物語と登場人物の両面に昇華させた各編は、一話独立の短編小説として高い完成度を誇る。映画の撮影現場が呼び込む「魔」の気配は、キャラもジャンルもばらばらな九編を、同一の世界観にまとめあげてることに成功している。

そして……今から凄いことを書きます。実質的な第二部に当たる「10 アンダーヘヴン撮影記」では、第一部に登場した9人+αが一本の映画製作のために集結し、それぞれの個性と存在感はそのままに群像劇を織りなしていく。いわば、脇役なしの全員主人公状態。これは小説版『アベンジャーズ』だ!

真藤にとって映画は、彼のルーツだ。30歳で作家デビューする直前まで、彼は映画の道を志していた。自主製作映画の団体を立ち上げ4本の長編を脚本・監督、制作応援や助監督としてさまざまな映画の現場にも足を運んでいたと聞く。そんな人物が、映画に対する情熱と、映画作りの現場で得た体験的リアリティを注ぎ込んで築き上げたのが、本作なのだ。熱量がない、はずがない。

語る言葉は尽きないがもう一点だけ、本作の「語り」について触れておきたい。文中に登場する無数の映画名や映画の専門用語には、カギカッコ付きで小文字の「註」が付与されている。基本は客観的でクール、時おり超個人的で饒舌な「註」の言葉が、物語に燃料をじゃんじゃん投下していく。できるだけ読み飛ばさず、丁寧に言葉を拾い上げていって欲しいと思う。なぜならば作家はこの「註」に、ばかでかいサプライズを仕掛けているからだ。

真藤順丈について語る言葉を、『宝島』一作のみに留めておいてはならない。『七日じゃ映画は撮れません』。まごうことなき、傑作です。

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