10月の文庫新刊『こなもん屋うま子 大阪B級グルメ総選挙』によせて
アナザーOSAKAへのパスポート 田中啓文
前作『こなもん屋うま子」が好評だったので、その続編を、ということになったときに私が考えたのは、つぎのようなことだ。こなもんといえば大阪の文化である。私は大阪生まれの大阪育ちで、それも大阪のディープサウス「新世界」という濃い地域に生まれ育ったせいか、大阪への想いは人一倍強い。そんなわが大阪が近頃ちょっとおかしいのではないか、やや方向が外れているのではないか……という気持ちが、ちょうどつのっていた時期だったのである。小説家として私ができるのは、非難することでも告発することでも暴露することでも怒ることでもなく、今の大阪を「ちゃかす」ことであり、私の考える理想の大阪、妄想の大阪を小説のなかに作り上げることだった。そんなわけで、前大阪府知事にして現大阪市長の某氏をパロディにした人物を毎回馬子と対決させ、その結果として、現在大阪が抱えている諸問題に私なりの解決策(もちろん現実にはありえない、浮世離れしたものではあるが)を提示する、という連作を考えたわけである。この作品が、なんやかんやと悩み苦しんでいる方々の一服の清涼剤になればなあとの思いが根底にあった。
ところが。
大阪市長某氏を取り巻く情勢は、私の考えるよりもはるかにハイスピードで進行した。私が呑気に連載しているうちに、あれよあれよと新しいことをはじめたり、物議をかもしたり、怒ったり、謝罪したり、分裂したりととうていあの行動力には追い付かない。
というわけで、私は当初の目論見を断念し、小説のテーマを「私の頭のなかにしかない、面白く、楽しい架空の大阪」を、「こなもん」という文化および「大阪のおばちゃん」という文化(?)を媒介にして作中に作り出すこと、にした。本作が、ともすれば現実離れした、無茶苦茶なものになっているのはそのせいである。たとえば『じゃりン子チエ』や上方落語や吉本新喜劇に描かれている大阪は、今の実際の殺伐とした大阪ではない。ひとを笑わせようと虎視眈々としているアホな若者、酔っ払いの無茶なおっさん、理不尽で派手なおばはん、こまっしゃくれているけど可愛げのあるこどもたち、人間以上に人間らしい動物たち……がうろつく、厳しいが人情味のある「あの世界」なのである。それは実在しないけれど、マンガを何度も読み返し、落語を聴き返すたびに我々はそこへトリップすることができる。あの、オモロイ連中にいつでも会うことができる。脳内にある、いや、脳内にしかない「もうひとつの大阪」なのである。
本作は、そんなアナザーOSAKAへのパスポートのつもりである。馬子とイルカと大阪市長の三人が大暴れする痛快娯楽小説である。正直、泣かせの話は入っていない。とにかく読んで笑ってほしい。しかし、これを読んで、大阪って面白そうだなあ、と新世界や阿倍野や難波や道頓堀をうろついても、「なんだ、東京と同じじゃん」とか、「博多と同じばい」とか、「青森と同じだべ」と思うかもしれない。「ケンミンSHOW」がいくら各県のちがいを必死にアピールしようと、日本の地域性は年々失われていく一方だ。日本中どこもかしこも一色になってしまった。もはやケンミンは焼きビーフンのなかにしかないのだ。――と言いたいところだが、実際は、よくよく探してみると、いろんなところにいろんなものが隠れているのだ。天神橋筋商店街では今日もヒョウやトラや象の馬鹿でかい顔をプリントした服が売られているし、新世界では酔っ払ったおっさんたちが自動販売機のまえで酒盛りをしている。本作を読んで、そんな世界の扉を少し開けてみませんか。
なお、連載時は七作品だったが、書籍化にあたって二作品削り、五作になった。残りの二作はイカ焼きと素麺を扱った作品で、読みたいかたは「J-novel」のバックナンバーを探してください。