J_novel+ 実業之日本社の文芸webマガジン

『下北沢インディーズ』刊行に至るまでのこと 岡崎琢磨

7月の単行本新刊『下北沢インディーズ』刊行に寄せて
『下北沢インディーズ』刊行に至るまでのこと 岡崎琢磨

share

Xでシェアする facebookでシェアする

もう5年以上前の話になる。当時、福岡に在住していた僕のもとに、実業之日本社の担当編集者が打ち合わせのためやってきた。

入ったのは、ライブ&喫茶『照和』。チューリップや甲斐バンドなどあまたの有名ミュージシャンを輩出し、いまなお伝説として語り継がれるライブ喫茶だ。音楽好きの担当さんと、行ってみようという話になった。

昼間の訪問だったのでライブ演奏はなかったが、ここがあの照和か、と感激した。それに引きずられたせいかはわからないが、音楽の話を書きましょうということで話がまとまった。店を出て、日帰りのため慌ただしく空港へと戻る担当さんを見送った。

仕事が忙しくなった関係で、2015年の春に上京した。住む街に笹塚を選んだのは、近くに下北沢があったからというのも大きい。かつてバンド活動に励み、一度は音楽でプロの道を志した者として、下北沢には強烈な憧れがあった。美容院を下北沢で選び、人間ドックも下北沢で受けるなど、しばらくは自宅から徒歩20分の下北沢へ足しげくかようことになる。

上京した年の夏、担当編集者と若手編集者と3人で、ライブの機材や演出を見られる大規模展示会へ足を運んだ。風船の演出の見学やVR体験、グラビアアイドルのイベントなど、半ば以上仕事を忘れて楽しんだ。その日の夜、ある事情から担当が同席した若手編集者に引き継がれることを聞かされた。

このころ音楽雑誌の編集者を語り手に、ライブハウスのマスターを探偵役に据えるという設定が固まった。新しい担当さんに相談したところ、知り合いにある音楽雑誌の編集者がいるとのことで、話を聞かせてもらえる運びになった。担当が替わらなければ得られなかったであろうご縁で、めぐり合わせに感謝した。音楽雑誌の編集者の仕事について教わったことは、その後の連載に大いに生きた。

1話目のアイデアは、ジムで走っている最中に思いついた。連載初回を書き上げたとき、すでに作品全体を貫くテーマとちょっとした仕掛けにも思い至っていた。めずらしいことなのだが、2017年4月に連載がスタートした際、友人に「おもしろいから読んで」と薦めたことを憶えている。手応えのある第一話だった。

忙しい日々が続き、担当さんのご厚意に甘えに甘えて、情けないことに連載は大幅に遅れた。年4回の予定で始まったのに、2018年は1話しか上げられなかった。途中の打ち合わせはすべて下北沢でおこなった。おいしい居酒屋に行ったり、音楽をコンセプトにしたバーをはしごしたりと、下北沢を満喫した。のちに再訪するような店にも出会えた。

最終話の内容が固まったころ、4年近く住んだ笹塚を離れた。下北沢を舞台にした物語がもうすぐ書き上がるということを、象徴する出来事だった。

連載終了後、また担当が引き継がれることになり、新担当と旧担当と3人で下北沢取材に出かけた。この1日の体験が、連載後のブラッシュアップに役立っている。単行本のタイトルを決めるとき、「下北沢」の一語はどうしても入れたいと思った。そこで作中にも下北沢に関する描写を増やし、その気になればモデルにしたお店などをめぐって、街歩きを楽しんでいただけるよう心がけた。

振り返れば、5年以上前の照和に始まり、担当編集者は3人がバトンタッチし、たくさんの人に助けられ、長い時間をかけてようやく刊行まで漕ぎつけた。とにかく楽しい作品にする、そう決めて執筆に取り組んだ。不可能犯罪、アリバイトリック、『九マイルは遠すぎる』風短編など、ミステリ面でも趣向を凝らした全5話になったと自負している。

初めから終わりまで楽しい執筆でした。読者のみなさまにも、お楽しみいただければ幸いです。

<イベント情報> ※このイベントは終了いたしました。
7月30日(火)開催! 『下北沢インディーズ』刊行記念 岡崎琢磨×誉田哲也×島本理生×佐藤青南トーク 詳細はこちらをチェック→http://www.j-n.co.jp/event/?article_id=540

関連作品