8月の文庫新刊『あっぱれアヒルバス』刊行に寄せて
コール・ミー・デコ 山本幸久
みなさん、こんにちは。アヒルバスのバスガイド課、高松秀子です。親しいひとはもちろん、そうでないひとにもデコって呼ばれています。ツアーに参加なさったお客様に自己紹介するときには、気軽にそう呼んでくださいとお願いしています。この文章をお読みいただいているあなたもかまわなくてよ。
さてあたしは十一年前、『ある日、アヒルバス』という小説に主役として登場しました。現在、実業之日本社文庫にて782円(税別)で絶賛発売中です。今回、その続編である『あっぱれアヒルバス』でも主役を張らせていただいています。
ヒロインといえばヒロインです。でも全然、ヒロインっぽくないの。グチを言うわけじゃないけど、ふつう、小説のヒロインって言ったら、素敵なお相手がいるもんじゃありません? あるいは見た目もキャラも正反対だけど、どっちもイケメンっていうふたりのあいだで、乙女心を揺らすのがスジってもんでしょ?
ところが『ある日、アヒルバス』につづき、『あっぱれアヒルバス』も全然、そんなことないんだよね。あたしの乙女心、一ミリも揺れません。
一応、イケメンはでてきます。あたしより五歳年下の、『ビビット・コム』っていうフィギュア製作会社で、営業部グッズ課の龍ヶ崎銀蔵くんです。アヒルバスのイメージキャラクター、アルヒくんのグッズをつくってもらってるんで、ときどき打ちあわせをするのよ。笑うと菩薩様みたいなんだ。
趣味はコスプレ。しかも女の子のキャラばっか、あたしより美人なんだよ、これが。足は細くて長いし、スタイル抜群だから、やんなっちゃうよ。女として立つ瀬ないって感じ。
もうひとり、男がでてくるんだけど、コイツがサイテーでさぁ。本多光太っていう三十八歳のオジサン。あたしとおんなじバスガイド課で、外国人観光客相手の通訳ガイドなんだよ。コイツといっしょに外国人観光客向けツアーを担当することになるわけよ。
イケメンなら少しは我慢もするわ。だけどこのオジサン、鼻が低く頬骨もでてないし、目の凹(くぼ)みがほとんどない、彫の浅い顔なんだ。ツアー先の『ぴゅあはぁと』(っていうメイド喫茶)の女の子達には、カオナシってあだ名をつけられているくらい。しかも性格がチョー悪いの。マジ、まいったわ。
謎のフィンランド人の男性四人組っていうのも、でてくるわ。四人とも肩まで髪を伸ばして、見た目がナマハゲそっくりなの。ムーミンの国なのにナマハゲよ。どういうこと? はたしてこの彼らは何者なのか? まあ、それは読んでみてのお楽しみ。
そう言えばもうひとり、イケメンがいるんだった。『ある日、アヒルバス』にもでていた、戸田カオルくんよ。『ある日』では保育園に通っていた彼も、いまや小学六年生。イケメンに育ったのはいいんだけど、生意気にもなったんだよねぇ。
カオルくんだけじゃなくて、『ある日』の登場人物も大挙出演するのよ。ざっと名前だけ挙げとくと、バスガイドは戸田課長でしょ、中森亜紀、山中空、おかっぱ左門、お手玉パティ、女おすぎ、平和鳥、運転手の小田切次郎、カメラマンの郷田、アヒルバスなのに梟(ふくろう)にそっくりの社長ってところかしら。あとだれか忘れてないかな。おっと、そうだ、忘れちゃいけない、バスガイドの独身寮の寮母、モモさんも登場するんだった。八十歳とは思えぬパワフルさで活躍するのだ。
それと『ある日』だけでなく、おなじ山本幸久作品のヒロイン達がつぎつぎ登場し、桜の木の下で、一堂に会します。めちゃくちゃ規模の小さい『アベンジャーズ』状態です。
特別なことはなにも起こらない、だれも死なない、だれも病気にならない健康体、強盗誘拐殺人バスジャック起こらない、アヒルバスが倒産の危機にならない、権力争いなし、ノー喧嘩ノー土下座、だからといってみんななかよしというわけでもない、ライバルと戦うこともない、敢えて言えばあたしが自分自身と戦う話です。最後に勝ち得たものはなんなのか、そしてタイトルの『あっぱれ』の意味はいったいと謎は謎を呼んだりしません。
純情可憐は昔の話、天真爛漫とは言い難い、それでも高松秀子三十路(みそじ)がんばってます。唄って踊るおシゴト小説、『あっぱれアヒルバス』、なにとぞひとつ、よろしくお願い申しあげるよ。
※本エッセイは月刊ジェイ・ノベル2016年10月号掲載記事を修正・転載したものです。