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昭和と平成を結ぶ誘拐ミステリ 末國善己(文芸評論家)

9月の単行本新刊 貫井徳郎『罪と祈り』刊行記念ブックレビュー
昭和と平成を結ぶ誘拐ミステリ 末國善己(文芸評論家)

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貫井徳郎は、誘拐ミステリの『慟哭』『悪党たちは千里を走る』、警察が表立って動けない事件を処理する特殊チームが活躍する〈症候群〉シリーズ、宗教とは何かを問う『神のふたつの貌』、小さなエゴの積み重なりが悲劇的な事件を引き起こす『乱反射』、一家惨殺事件が人間の心の闇を浮かび上がらせる『愚行録』、奇妙な動機の犯罪で現代の不条理に迫る『微笑む人』など、本格から社会派まで多彩なミステリを発表している。二年ぶりの長編となる本書は、これまでの著者のエッセンスがすべて詰め込まれた贅沢な作品である。

浅草で暮らし、長年にわたり交番勤務の警察官として地域住民に慕われた濱仲辰司の死体が、隅田川に架かる新大橋の橋脚で発見された。当初は事故死と思われたが、検視で側頭部に殴られた痕が見つかり他殺と断定される。子供の頃に父親が自殺し、親代わりのような辰司の影響で警察官になった芦原賢剛は、所轄の刑事として辰司を殺した犯人を追う。一方、昔から辰司が秘密を持っていたと感じていた息子の亮輔も、勤務先が倒産し時間に余裕があることから父の過去を調べ始める。すると賢剛の父・智士が自殺した頃から、辰司が変わったことが分かってくる。

物語は、亮輔と賢剛が辰司が殺された事件を追う現代のパートと、地価が上昇し暴力的な手段を使った地上げが横行した昭和末期のパートをカットバックしながら進む。

東京の下町・浅草にも地上げの嵐が吹き荒れ、土地を売って大金を手にし転居する住民と、土地の売却を拒む住民の分断が進んでいた。容赦ない地上げによって心理的に追い詰められ命を落とす人たちも出てきたが、犯罪ではないので警察は手出しできない。そこで、正義を遂行し法が裁けぬ悪に鉄槌を下すグループが結成された。このグループは、地上げ屋を雇った大手不動産会社の従業員の子供二人を誘拐し、会社から多額の身代金を引き出すが人質は絶対に傷つけない完璧な誘拐計画を練り上げていく。

ターゲットが悪辣な企業で、私利私欲による犯罪ではないので、グループが完全犯罪を進める中盤は痛快に思えるかもしれない。誘拐で最も難しいのは身代金の受け渡しとされるが、著者はバブルの全盛期の、ある特定の日にしか成立しないトリックを用意しており、特に当時を知る読者は驚きと同時に、“これは成功する”と感じることだろう。

だが本書は、正義が勝利して終わる勧善懲悪にはなっていない。グループの誰も意図していないし、悪意の結果でもないが、計画に小さな、しかし決定的なミスが生じてしまうのだ。このミスで心に傷を追ったグループのメンバーは、その後の人生にも軋みが生じ、これが思わぬ形で辰司殺しへと繋がっていくので、亮輔と賢剛が新たな事実を掘り起こすたびに局面が変わり、物語が二転三転していく終盤は圧巻だ。


グループは、親の代から同じ地域に暮らす顔見知りが傷付くのを見かね、人情と正義感で行動を起こす。これは強い正義感ゆえに、犯罪の加害者の家族や勤務先を特定したり、何気ない発言を不謹慎と決めつけたりして、それをインターネットで拡散し炎上させる現在の状況に近いものがある。しかし、誘拐計画を実行したグループは、自分たちがはからずも背負ってしまった“罪”のため、犯罪という誤った手段で正義を行使したことに悩み苦しむ。これに対し、ネットで炎上を煽っている正義の味方たちは、同姓同名の別人を加害者の家族としても、不謹慎との判断が誤解であった事実に気付いたとしても、謝罪も反省もしないケースが多い。著者が、自分たちの“罪”を自覚し、何十年もかけて贖罪の方法を模索したグループのメンバーの人生を丹念に追ったのは、テクノロジーの発達で正義の実行に手間も時間もかからなくなり、これが“罪”の存在を忘却させている現状を突き付けるためだったではないか。

昭和と平成を結ぶ本書の構成は、もう一つ、今の日本はいつ、どこで変わってしまったのかというテーマも掘り下げていく。かつて日本人は勤勉で、福利厚生が行き届いた企業で細部にまでこだわる仕事をしていたとされたが、近年は、食品の産地偽装、大手メーカーの検査偽装、過剰なノルマを課して従業員に負担を強いるブラック企業の横行など、利益を追求するためなら手段を選ぶ必要はないとの空気が広まっている。本書は、こうした拝金主義の原点がバブルにあるのではないかとしており、考えさせられる。

読者の常識を覆すミステリの手法を用い、昭和末から現在に至る日本社会の移り変わりと、日本人の価値観の変容を連続する一本の線の延長線上にとらえた本書が、元号が変わり時代の節目が寿がれている令和元年に刊行された意義は大きい。

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