10月の単行本新刊『監禁探偵』刊行記念ブックレビュー
ユニークな着想が光るサスペンス長編 千街晶之(ミステリ評論家)
今年(2019年)は我孫子武丸のデビュー三十周年にあたるのだそうだ。早いものだとしみじみ感じざるを得ないが、それは私がデビュー作『8の殺人』(1989年)をリアルタイムで読んでいる世代だからこその感慨かも知れない。
綾辻行人や法月綸太郎らを輩出したことで知られる京都大学推理小説研究会に所属していた著者は、彼らに続いて『8の殺人』で作家デビュー、新本格の初期の有力作家となる。驚愕の真相で読者をあっと言わせた『殺戮にいたる病』(1992年)でブレイクを果たし、切れ味鋭いどんでん返しを特色とするミステリの書き手として確固たる地位を築いた。
また著者は、小説だけにとどまらない、さまざまなメディアを縦断する試みにも積極的だ。中でも、シナリオを担当したサウンドノベルゲームソフト『かまいたちの夜』(1994年)は広く知られている。また、TVのクイズ番組にブレーンとして参加するなど、小説以外の媒体を活用してミステリの面白さを布教してきた功績は大きい。
そうした著者の多彩な活躍の中にはコミックの原作もある。そのひとつが、2011年、西崎泰正のコミックとして実業之日本社から刊行された『監禁探偵』だ。
コンビニで働く主人公・山根亮太は、向かいのマンションに住む女性の部屋に忍び込み、住人の他殺死体を発見するが、彼には、その部屋に不法侵入したこと以外にも、警察に通報できない理由があった。なんとその数日前、アカネという若い女性を自室に監禁していたのだ。しかも、亮太は殺人現場に指紋や遺留品を残してきていた。もはや殺人犯扱いは間違いなし……と頭を抱える亮太だが、意外にも、彼に知恵を授けるのは、彼に監禁されているアカネだった。
監禁者が巻き込まれ型の主人公、監禁されている側が名探偵……というユニークな着想のサスペンスであり、幾人も登場する怪しげな人々の誰が真犯人か容易に予想させない点もスリルを盛り上げているが、このコミックが好評を博し、三浦貴大と夏菜の主演による映画化決定を受けて、2012年末には同じく我孫子武丸・原作、西崎泰正・画のコンビによる第二弾『監禁探偵2 狙われた病室』が刊行された(映画は13年6月公開)。前作と共通する登場人物はアカネだけだが、今回、彼女は車にはねられて重傷を負い入院中。どうやら記憶も失っているらしい。主人公は、彼女が運び込まれた病院の研修医・宮本伸一だ。幽霊が現れるという噂もあるこの病院で、ナースが屋上から転落死する。自殺と思われたが、死の直前のナースと医師らしき人物の情事を目撃していたアカネは他殺ではないかと疑う。
この「監禁探偵」シリーズが、新たに小説版として、コミック版と同じ実業之日本社から上梓されることになった。内容は三話から成っており、第一話はコミック版第一巻、第二話はコミック版第二巻に該当し、そして第三話は新たなストーリーとなっている。
コミック版をもとにした第一話と第二話は、心理描写が追加されたり、登場人物の名前が一部異なっているなど細かい差異はあるものの、基本的には大きな改変は施されていない。今回の小説版で最も注目すべきは、新たに追加された第三話である。
病院でのナース変死事件を解決したアカネは、その後、どこへともなく姿を消した。事件が原因で多くの患者やスタッフが病院から逃げ出したせいで、残留した数少ない医師として多忙な日々を送る伸一のもとに、かつてアカネを監禁していた亮太が現れる。事件の報道に接した彼は、それに関わった入院患者がアカネだと気づいたのだ。やがて二人は、彼女が何らかのトラブルに巻き込まれて姿を消した可能性に到達する。
かくして、第一話と第二話の主人公が力を合わせてアカネの危機に立ち向かうことになるのだが、同時に、この件をめぐって彼女の過去も明らかになってゆく。……と、さらっと書いてしまうと簡単に思えてしまうかも知れないが、実はこれはかなり危険な綱渡りである。というのも、アカネとは素性の知れないところこそが魅力のキャラクターだからだ(そもそも、アカネというのが本名なのかどうかもわからない)。
しかし、この第三話はアカネの過去に迫りつつ、そのミステリアスなヴェールで覆われた魅力は損なわないという難題を両立させることに見事に成功している。単にコミックの原作を小説化したのみにとどまらず、新たな角度からアカネという不思議なキャラクターを掘り下げてみせた意欲作と言えるだろう。
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