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「今そこにある危機」に斬り込む最先端警察小説 吉野 仁(ミステリー評論家)

10月の単行本新刊 伊兼源太郎『ブラックリスト 警視庁監察ファイル』刊行記念ブックレビュー
「今そこにある危機」に斬り込む最先端警察小説 吉野 仁(ミステリー評論家)

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警察官にも悪いやつがいる。

実際、警察官の犯罪や不祥事に関する報道は、年々絶えることがない。

二〇一八年の一年間で懲戒処分を受けた警察官および警察職員は、二五七人だったという。その理由でもっとも多いのがセクハラや盗撮などの異性関係。以前、年間五百人を越える年もあったようだ。

もっとも、表に現れない不祥事は、まだいくらでもあるのではないかという疑いが残る。あくまでシロウト考えにすぎないが、組織ぐるみで不正を行っていたり、身内をかばおうと事件を隠蔽したりする事例が過去に何度もあったからだ。

伊兼源太郎『ブラックリスト』は、まさに警察内の「悪」を暴く物語なのだ。

副題は「警視庁監察ファイル」で、監察とは、警察官や警察職員の不正を取り締まる部署。これは警視庁人事一課監察係に所属する刑事たちを中心とした警察小説である。

すでにシリーズ第一作『密告はうたう』(実業之日本社文庫)を読んでいれば話は早い。人事一課監察係の佐良は、かつての部下だった皆口菜子巡査部長を行動確認することになった。「皆口が免許証データを外部に売っている」という匿名の密告が届いたからだ。いま彼女は府中運転免許試験場に勤務していた。さっそく佐良は皆口の行動を監視しはじめた。

もともと捜査一課にいた佐良が人事一課へ異動となったのは、一年前に起きた未解決事件と関係していた。町工場社長殺害事件の捜査中、ひとりの刑事が殺されたのだ。佐良と同じ刑事部捜査一課員の斎藤が、荒川沿いの工場内において何者かに拳銃で撃たれた。当時、吉祥寺署員だった皆口も、同じ事件の捜査班に加わっていた。しかも、そのとき皆口と斎藤は婚約していた。斎藤を殺した犯人はいまだつかまっていない。この事件を機に、佐良も皆口も、それぞれ所属部署を異動することになった。

『密告はうたう』は、さらに五年前の未解決事件も絡んでいるなど、過去にまつわる複雑な背景が、現在の事件へつねに影を落としながら進行していく。作品全体にものすごい緊迫感が感じられるのは、捜査対象がただの犯罪者ではないからだろう。相手もまた捜査のプロである警察官。行動確認のための尾行にしても、より慎重なやり方で細心の注意を払う必要がある。その相手が顔見知りの同僚ならば、なおさらだ。半端な行確はできない。

つまり、単に事件の犯人を追う物語にとどまらず、プロ対プロの攻防が展開されているのである。将棋や囲碁などでプロ棋士たちが相手の戦法をうかがい、最善の対応をしたうえで、さらに一手先を読みきろうと戦う姿に似ている。この『密告はうたう』も、最後まで読むと、「免許証データの流出」疑惑からはじまった事件の真相に驚くことだろう。まるでよくつくられた詰将棋のようだ。

さて、シリーズ第二作『ブラックリスト』。今回は、捜査二課の資料流出事件から幕を開ける。それは大型特殊詐欺グループ、YK団に関するもの。渋谷中央署の帳場から捜査資料が流出したという疑いがのぼったのだ。さっそく、佐良と皆口は帳場内勤班員の行確に入った。だが、その最初の朝、二人は何者かに銃撃された。しかも、そのとき使われた銃は、弾の線条痕から、二年前に斎藤が殺されたときと同じ銃によるものだと判明した。

その後、佐良たちは、ある警部補を行確中、西新宿の高層ビル街の一角にある広場に並ぶキッチンカーのひとつに目をつけた。タコライスのキッチンカーにわざわざその警部補が立ち寄ったからだ。

さらに佐良は、深夜おそくまで、その警部補を追ってゆく。ところが小金井公園近くで解体中の廃病院に誘い込まれ、佐良とともに行動していた班長の中西が崩落事故に巻き込まれてしまった。はたして、ブラックリスト流出事件の背後にある企みとは何か。

これから読む読者のために、ここで詳しく明かすことはできないが、事件に絡んでいたのは現代社会ならではの「正義の暴走」だ。作中で指摘されているとおり、すでにインターネットの書き込みやSNSの投稿などで、その恐ろしい現実は広がっているように思える。いわば現代の魔女狩りである。

となれば、「警視庁監察ファイル」シリーズの真のテーマとは、「今そこにある危機」ではないだろうか。警察の「悪」に迫るこの小説は、時代の最先端に斬り込んでいる。現代のもっとも恐ろしい兆候を正面から描こうとしているのだ。第一作『密告はうたう』では見えなかった謎の部分が、すこしずつ明らかになっていく。過去の事件を含めた展開、すべての真相へ迫る過程が、ますますサスペンスフルに増大している。

『ブラックリスト』は、単に悪い警察官を炙り出し、裁いてみせる物語にとどまっていない。娯楽性にあふれた警察小説のなかにある真実をしっかりと確かめてほしい。

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