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堂場瞬一“駅伝・マラソン小説”の魅力 神田法子

人気陸上小説〈チーム〉シリーズに寄せて
堂場瞬一“駅伝・マラソン小説”の魅力 神田法子

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不安定な「チーム」
学連選抜

スポーツ小説を創作の柱の一つとしてきた堂場瞬一が、陸上競技の長距離走をモチーフにした作品『チーム』(実業之日本社文庫)で取り上げたのが箱根駅伝の「学連選抜」と知ったときには唸らされたものだ。関東学連選抜(現:関東学生連合)チームとは、人々が箱根駅伝に期待するドラマ性(本文にも出てくるように「同じ釜の飯を食った仲間」とか「連続出場の伝統にかけて」とか)からはちょっと外れたところにあるからだ。チームとしての物語性に欠けると思われるものをテーマに据えて『チーム』という小説にするなんて! という驚きである。

箱根駅伝のために一時的に結成された寄せ集め集団である学連選抜(連合)の存在自体、とても不安定だ。創設されたのは2003年の第79回、12年ほどの歴史の中で、オープン参加/正式参加の変更、出場選手枠の変化がたびたびあり、2015年からは関東学生連合と名前を変えていく。未だその存在には賛否両論の議論がある。

小説『チーム』が優れているのは、個性豊かな人物を登場させ、期間限定の寄せ集めの集団が波乱を含みながらチームとして一つになる過程を見事に描き切ったところにある。さまざまな事情や想いを抱えて学連選抜に選ばれた選手たちを必死にまとめようとするキャプテン・浦大地、それを飄々と見守る名伯楽・吉池幸三監督、一年生ならではの初々しさをもった朝倉功、最後の走りと割り切って参加している門脇亮輔などがそれぞれの思いを胸に箱根に挑む。

なかでも出色のキャラクターが山城悟である。トップクラスのスピードを誇り、故障知らずのタフさを持つ、まさに天才ランナーという形容がふさわしい山城は、一方で自分が勝つこと以外には関心のない強烈なエゴを持ち、チームに同調しようとしないダークヒーローでもある。『チーム』では、山城がその才能を発揮し、チームの和を乱す態度をとりつつ、有言実行の結果を出す走りをするのだが、その間に彼の心と体に生まれたほんの少しの隙間に、キャプテンの浦大地のこのチームに懸ける想いが入り込んでいき、ラストシーンの印象深いセリフにつながっていく。

異色のペースメーカーと
ダークな対決

山城のダークヒーローぶりは、続くシリーズ作『ヒート』 (実業之日本社文庫)でさらに強まっている。舞台は四年後、実業団選手としてマラソンで輝かしい実績を上げつづける二十七歳の山城を新設のレースに駆り出そう、という計画から生まれる物語だ。

物語は元箱根ランナーである公務員・音無太志が、日本人選手による世界記録を出す高速レース新設、という政治的な計画の実務担当として白羽の矢を立てられるところに端を発する。低迷する日本のマラソンシーンを活性化させたいという県知事の野望で、その呼び物の選手として山城を口説こうと画策する。

この設定の背景には日本男子マラソンの低迷が影響している。かつて日本人がメダルを獲得できていた頃の栄光は遥か遠く、今は五輪や世界選手権で8位以内入賞を出せば御の字という状況である。20㎞という中途半端な距離で若い時代に燃え尽きさせる箱根駅伝不要論すら持ち上がっているほどだ。その状況を打破するためのショーアップとして、この無謀な計画は魅力的にすら映る。

音無の計画は非常に綿密で、コースの検討は自らも自転車で走って行い、ランナーの敵である風対策として防風壁を立てるなど、元箱根ランナーらしい実感の伴った視点で進められるのが興味深い。中でも大きな軸となるのがペースメーカーを依頼した甲本剛の存在だ。甲本は所属していた実業団が続けて解散し、アルバイトをしながら大学の施設を使わせてもらってレースに出続けているランナーだ。甲本の境遇は、現在の実業団スポーツの暗い一面を反映している。彼の葛藤と覚醒した後の活躍がドラマを守(も)り立てるのだ。

交渉の初っ端から山城は出場を強く拒絶し、音無の説得を鼻にもかけない。山城が勝つことだけにこだわり他人を寄せ付けない側面が、傲慢とも思えるほど肥大しているとわかる。それが実績を伴う自信に裏付けされていることも。そんな山城の説得に元学連選抜チームのメンバーや監督を使ったのも音無の鋭さだ。固い山城の気持ちをほぐすのは、「誰かのために走る」という気持ちを一瞬だけでも与えたこのチームの面々以外に考えられない。キャプテンだった浦は一芝居を打ち、名伯楽・吉池は山城をとりなしつつ甲本にも貴重な助言を与え、それが思いもよらぬ展開につながる。

クライマックスであるレース当日、この大会の仕組まれすぎたからくりに気づいた山城がニヒルな笑いとともにすべてを壊そうとする走りをし、甲本も30㎞を過ぎても走り続けるという掟破りを選択する。ダークなエネルギーがぶつかり合うデッドヒートの描写がたまらない。

ちなみに実際にペースメーカーが最後まで走り記録更新に至った逸話がある。一九九二年の大阪国際女子マラソンでペースメーカーとして出走した小鴨由水(こかも・ゆみ)が、最後まで走って優勝し日本最高記録を打ち出し、バルセロナ五輪の代表に選ばれた。だがバッシングも少なくなく、翌年早すぎる引退を決意する(のち復帰、現在も講師や市民ランナーとして活躍中)。ペースメーカーが結果を出すということはそれほど大胆不敵なことなのだ。

どちらが勝つかギリギリまで引っ張った挙句、読者の目の前でレースをカットアウトさせた終わり方に想像力を駆り立てられる。

スピンオフ的に読める
『キング』の楽しみ

2015年8月に刊行された『キング』 (実業之日本社文庫)は、実は堂場瞬一のごく初期の作品であり、シリーズ中で最も古くに書かれたものである。『ヒート』で山城の所属する実業団チーム・タキタの監督を務める須田真二郎がメインに登場し、『ヒート』を先に読んだ読者はスピンオフ的な楽しみ方ができる。舞台は少し時間をさかのぼっており、須田は本作では現役マラソンランナーで、数々の記録を打ち立てながらも、度重なる故障で「ガラスのエース」と呼ばれている。だが実家が裕福であるのをいいことに米国の高地ボールダーで「チーム須田」を結成し、五輪代表選考レースである五輪記念という大会に向け復帰をかけたトレーニングに励んでいる。

その須田を複雑な思いで見ながら、自らも現役続行と引退の狭間で揺れる青山晋がメインの視点で物語は展開する。安定しているものの突出したところもないごく普通の実業団選手である青山の前に、武藤が現れる。武藤も抜群の才能を持ちながら、陸連批判をしたために引退同然の状態に追い込まれており、リベンジをかけている。須田、青山、武藤、タイプもレースに対する姿勢もまったく異なる三人は実は元同級生。その意外性のドラマに注目した新聞記者の坂元美奈の立ち位置も『ヒート』を読んだ読者には興味深いかもしれない。

『キング』ではドーピングがメインテーマになっている。絶対検出されない薬に頼れば勝てる、という誘惑にどう抗うかというのはアスリートにとってリアルな問題だ。

実際、本文庫刊行の直前に、ドーピングをめぐる衝撃的なニュースが伝えられた。五輪優勝者や上位入賞者を多数輩出する米国のオレゴンプロジェクトで組織的なドーピング指示が行われていたという元選手の告発である。冤罪説もあるが、陸上界でトップクラスの記録がドーピングによるものだとしたら、競技の根底が揺るがされる事件となるかもしれない。

『キング』の凄絶なラストシーンが何らかの警告になればと切に願う。

そして再び
チーム結成へ

『チームⅡ』 (実業之日本社文庫)は『ヒート』の読者の目の前でぶつ切りにされたラストシーンの続きから始まる。まさにヴィデオの一時停止を解除したかのように。

しかし、そのシーンを脳裏に焼き付けた山城に、かつての精彩はない。彼は初めての故障による長期離脱を体験し、引退の二文字が頭をかすめている。さらにそんな山城に追い討ちをかけるニュースが!

そこで『チーム』の浦大地、『ヒート』の甲本剛、『キング』の須田真二郎が結集する。窮地に追い込まれた山城を救おうと立ち上がったメンバーたちが取った行動とは?

天才ランナーにしてダークヒーローである山城のエゴのむき出しぶりは相変わらずで、正面から手を差し伸べても拒絶されるとわかっていながら、なぜ浦たちは力になりたいと思うのか。やはり走ったことのある者なら誰もが、圧倒的な走りをする者に対する敬意と憧れを消し難いのだ。ただ速く走るため、ただ勝つためだけに走る山城。彼の、傲慢さすら許される強さを生かすために、再び結成されたチームの行方を興味深く見守ることができる展開になっている。

『ヒート』でもその一端が描写されていたが、実業団陸上をめぐる現況は必ずしも恵まれてはいない。チームの成績が良くても本体の業績悪化で名門チームでも解散を余儀なくされる(瀬古利彦をはじめ数多くの日本代表選手を輩出したエスビー食品陸上部の廃部、DeNAへの移籍は記憶に新しい)。一方、実業団に属さないランナー(マラソンの川内優輝や藤原新など)が五輪代表に選ばれ、実業団の存在自体に疑問符が呈されたこともあった。チームの存在意義が問われる今だからこそ、孤高の天才ランナーを支えたかつてのチームという絆が、心に響くのかもしれない。

※本エッセイは月刊ジェイ・ノベル2015年11月号掲載記事を転載したものです。

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