『チームⅢ』刊行記念対談 堂場瞬一×額賀 澪
「スポーツ小説」を書き続ける理由
ベストセラー陸上小説シリーズの最新刊『チームⅢ』を上梓した堂場瞬一さんと、額賀澪さんの対談が実現! 『タスキメシ』で駅伝を、『競歩王』で競歩を描いた額賀さん。創作における互いの共通点や相違点など、作家同士ならではの、突っ込んだお話を伺うことが出来ました。
構成/宮田文久 撮影/泉山美代子
◆堂場ワールドとの出会い
額賀:『チームⅢ』刊行ということで思い出したのが、私がシリーズ最初の『チーム』を買ったときのことなんです。2009年に大学に入学して、近所の新所沢パルコにあったリブロ新所沢店(現リブロブックセンター新所沢店)で手に取ったんですよね。『チーム』は箱根駅伝の関東学連選抜がテーマでしたが、私も箱根駅伝はずっと好きだったのに、「言われてみれば学連選抜についてよく知らないな」と思って読み始めたのが、堂場さんのスポーツ小説を読み始めるきっかけだったんです。
堂場:時期としても合っていると思います。『チーム』は2008年10月の刊行なんですが、その年の1月の箱根駅伝で、学連選抜が4位になって話題を呼んだんですよね。
額賀:そうでした! 『チーム』を読んだ後は、競泳メドレーリレーを描いた『水を打つ』上下巻を読んでいって……私が作家になってからもずっと拝読していたのですが、最近ふとしたきっかけで直接お会いできたんですよね。
堂場:僕は普段、文学賞のパーティーにはほぼ行かない人間なんですが、人に会う約束があって、たまたまある場に顔を出したときですね。
額賀:ドアの横で私と編集さんが喋っていたら、名札をつけた堂場さんがサーッと前を通られて、思わず「あ、堂場さんだ!」と(笑)。気を利かせてくださった編集さんを通じて、初めてご挨拶させていただきました。
堂場:そうした出来事も、今日のような対談も、僕にとっては珍しいことなんですよ。依頼もなければ友人もいないものですから(笑)。いや、でも本当に、スポーツで何冊も書き続けている方というのは実はあまりいないので、注目させていただいているんです。
額賀:たしかに、「書かれたときにたまたま著者の方がその競技に注目されていたのだろうな」という小説は多いですが、スポーツ小説を自身の中のジャンルのひとつとして書いていらっしゃる方はあまりいないですよね。私も著作の中の割合としては決して高いわけではないですが、編集さんと新作の打ち合わせをするときには、ネタを3つ出すとしたら必ず1つはスポーツを入れています(笑)。
堂場:額賀さんはスポーツ小説に何を求めて書いていらっしゃいますか? というのも、そこが書き手によって違うはずなんですよね。僕の場合は、「人間のエゴの発露」を書く、ということが第一です。自分が誰かより優れていることを証明したいとスポーツ選手は思うわけですから、それがたとえ所属するチームを勝たせるためであるとしても、基本的には自分のエゴを満たそうとするところがある。そうしたちょっと黒い野心を、僕はどうしても書きたくなっちゃうんですよ(笑)。
額賀:なるほど。
堂場:僕がスポーツを描くベースになっているのが、学生時代にやっていたラグビー――試合中に監督やコーチが口出しできない競技である、ということも大きいかもしれない。練習方法だろうと何だろうと、自分のことは自分で考える、そんな自立した人間を書きたいんです。ただ、そういう人間は往々にして嫌な奴で、必然的にだいたいどの作品にも嫌な奴が出てくることになります(笑)。
◆取材のとき重視すること
額賀:私はずっとスポーツを見るのが好きで、好きなものは小説にしたい、という人間だったんです。『タスキメシ』はデビュー前には書き上げていた作品なんですが、それも最初に好きになったスポーツが箱根駅伝だったから。スポーツ小説を書くベースも駅伝ですね。個人競技ではあるはずなのに、トータルで見るとチームスポーツである、という。そうした観点のもとに、自分が観戦したり、取材に行って見聞きしたりしたものの中で、「これは美味しそうな“食材”だ!」と思ったものをどう調理できるか、という感じで書いています。
堂場:額賀さんは、周りから攻めていきますよね。『タスキメシ』や続編の『タスキメシ 箱根』は「食」がもうひとつの重要なテーマです。実際にアスリートたちにとっては、どう食べて、どう休むかというところまで大事になってきているわけですから。若い書き手の方は新しいことをどんどん考えてくるな、と感心しているんです。スポーツ小説の目のつけどころ、というのはまだまだあるな、と。『競歩王』も同様に、競技を取材する小説家が語り手ですから、ダイレクトにアスリート単独の視点ではありませんよね。
額賀:自分はあまりスポーツをやる側の人間ではなくて、観戦者やファンの目線から入っていくところがあります。まさに『競歩王』がいい例ですが、周りからジワジワ入っていって、この競技の本質は何だろうと探っている感じはありますね。
堂場:もしかしたら、そこがふたりの間で一番大きな違いかもしれませんね。僕は常々、アスリートの視点で書きたいと思っています。野球や長距離走であれば、幼いころの感覚をエクステンド(拡張)して書くこともできる。唯一の例外はクロスカントリースキーを書いた『ルール』かもしれません。体験しには行ったのですが、僕にスキーの才能がなくて……(笑)。とはいえ基本的に僕は、競技を見には行くけど選手への取材はしないんですよ。影響されやすいタイプなので、フラットな状態でキャラクターをつくるためにも、なるべく会わない。
額賀:わかります。アスリートを取材した場合にその人の要素をキャラクターに入れてしまうと、どんどんその選手に引っ張られていってしまいかねない。ですから、まったく逆の要素でキャラクターをつくることもあります。口数の多い人を取材したら、キャラクターは無口にする、というような。
堂場:大会の運営者の方のような、裏方さんにはよく取材に行くんですよ。選手の導線がどうなっているのか、といったことは調べます。
額賀:一番知りたいことは、意外とそういったところなんですよね。
堂場:そうした下調べの上でストーリーをつくっていくわけですが、『タスキメシ』も『競歩王』も、「挫折した登場人物がそこからどのように進んでいくのか」という点は共通していますよね。
額賀:スポーツ以外の青春小説でも、勝ち組や成功者の話ではないものをよく書くのですが、スポーツ小説でもそうですね。単に観戦するだけならレースの勝者に注目した方が楽しいですけれど、たとえば桐生祥秀選手の横で走っていていつも入賞できずに終わる……なんて人のほうが、正直に言って書き甲斐があるんです。ピラミッド構造の途中で、ズルズルと落ちていってしまうような……。
堂場:トップの人ではなくても、たとえば銅メダルばかりで「ブロンズコレクター」と呼ばれた短距離走選手、マリーン・オッティのような人物を描きたくなるというのは、小説だからこそ、ということはあるかもしれませんね。
額賀:でも堂場さんは、何を考えているのかが一切わからないような孤高のアスリートも描いていますよね。『チームⅢ』は、天才ランナーとして引退した日本記録保持者・山城悟に、男子マラソン選手を東京五輪へ導くコーチとして白羽の矢が立って……というストーリーですが、山城は本当に何を考えているのかわからない。私も大学時代、シリーズ最初の『チーム』で出てきたときには嫌いな人物だったんですよ。まるで苦いコーヒーが飲めるようになったみたいに、だんだん好きになってきたのは不思議なんですが(笑)。
堂場:山城は嫌われる人物として書いていますし、何だったら僕だって嫌いなんですが、読者人気は高いんですよねえ(笑)。僕はトップにいる人物、しかも自分がやっていることを自分の語彙では説明できないというか、言語と思考の乖離が出てきちゃっているような人物を描いてみたい、とは思っています。そこを僕の想像力で何とか書いてみたい、という気持ちがあるんです。
額賀:山城にスポーツメディアがインタビューした記事を読んでも、考えていることは全然わからないでしょうね……(笑)。
堂場:写真を撮られても、ムッとした顔をしているでしょうし(笑)。でもまさか、『チーム』から12年という時間を経て、『チームⅢ』にたどり着くとは自分でも思ってみませんでした。額賀さんは、『タスキメシ』シリーズの続編はどうされるんですか?
額賀:実は今、考えているものはですね……(と、構想の一部を明かす)。
◆現実の状況と、どう付き合うか
堂場:なるほど、なるほど(笑)。とても面白そうですね、楽しみです。そこで思うのですが、私たちスポーツ小説の書き手につきものの悩みとして、どんどんと変わっていく現実のスポーツ界の状況にどう上手く付き合っていくか、ということがありますよね。東京五輪のマラソン・競歩の会場が札幌になったり、厚底シューズといわれるナイキの「ヴェイパーフライ」の禁止騒ぎがあったり、そして今度は新コロナウイルスまで……。何が起きるかわからない中で書かなければいけない。記録やタイムも日々更新されますから、どんなタイムを書くのか、あるいは書かないのかも考えますし。
額賀:いつ読まれても大丈夫なように書く、というのはとても難しいですよね。
堂場:同時代の状況を描くということでいえば、女性のアスリートをどう描くのか、ということについても、新たな書き手の方が何かしらの回答を出してくれるのではないか、と期待しているところがあります。今は過渡期だと思うので。
額賀:たしかに、シンプルなスポーツ小説として書くのか、結婚・妊娠・出産といった女性としてのキャリアも含めた小説として描くのか、という判断も分かれそうですね。
堂場:僕自身、「長い間スポーツ小説を書き続けていく」ということの面白さが、最近わかってきたんですよ。選手の全盛期を書いて終わり、ではない。『チームⅢ』のように、彼らが年をとっていっても書けることがあるな、と。本作を皮切りにして、スポーツ中継がテーマの『空の声』、ラグビー・円盤投の『ダブル・トライ』、野球の『ホーム』と4作が連続刊行となるのですが、20年前のデビュー作『8年』の、「夢見る力が足りないだけだ」というセリフは、今でも覚えています。要はずっと、“ドリーマー”について書き続けているんですよね。僕もスポーツ小説にまだまだ秘められている可能性というものを、これからも探っていければ、と思います。
どうば・しゅんいち
1963年生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業。2000年『8年』で第13回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。警察小説とスポーツ小説の両ジャンルを軸に、意欲的に多数の作品を発表している。〈チーム〉シリーズに『チーム』『チームⅡ』、シリーズ外伝に『キング』『ヒート』がある。その他のスポーツ小説に『大延長』『ラストダンス』『20』『独走』『ザ・ウォール』などがある。
ぬかが・みお
1990年、茨城県生れ。日本大学芸術学部文芸学科卒。2015年に『屋上のウインドノーツ』で第22回松本清張賞を、『ヒトリコ』で第16回小学館文庫小説賞を受賞し、デビュー。他の著書に『タスキメシ』『さよならクリームソーダ』『君はレフティ』『潮風エスケープ』『ウズタマ』『完パケ!』『拝啓、本が売れません』『風に恋う』『競歩王』『タスキメシ箱根』などがある。
関連作品
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