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バーチャル危険運転をあなたに 佐藤青南

4月の文庫新刊『白バイガール 爆走!五輪大作戦』刊行に寄せて
バーチャル危険運転をあなたに 佐藤青南

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熊本大学を除籍になった僕は、しばらく一人暮らしを続けながらフリーター生活を送ってみたものの、とくに明るい展望もやりたいことも見出せなかったため、故郷である長崎県島原市に帰りました。

当時の僕には交際中の彼女がいました。彼女にはまだ熊本での学生生活が残っていたので、アルバイトの休みを彼女の授業の休みに合わせ、彼女のアパートまで通うようになりました。島原市から熊本市までは有明海を横切るかたちでフェリーが通っており、所要時間はおよそ一時間です。遠距離恋愛というほどではありません。ですが便数も多くはなく、台風など悪天候で欠航になることも珍しくはなかったため、所要時間ほど気軽に往来できる雰囲気ではありませんでした。感覚的には中距離恋愛ぐらいでしょうか。

最初のうちはフェリーとバスを乗り継いでいましたが、そのうち友人が古い原付スクーターを譲ってくれたので、僕のメインの足はスクーターになりました。スクーターごとフェリーに乗り込むのです。運賃はやや割高ですが、バスの接続待ちなどがなくなる上に、熊本市内でもスクーターで移動できるのでなにかと便利です。

熊本港は有明海に浮かぶ人工島に作られた港です。九州本土までは熊本港大橋という長い一本橋を渡ることになります。スクーターには、この橋がなかなか厄介な代物でした。海に架けられた橋なので、なにしろ風が強い。おまけに橋全体がゆるやかにアーチしており、それなりに速度を出さないと坂を登り切れないのに、いざ速度を出すと強い横風に煽られてハンドルを取られそうになる。しかも途中にアスファルトの接続部分なのか地面の盛り上がった場所があり、そこがジャンプ台の役目をはたすので、油断すると車重の軽いスクーターは飛び上がってしまうのです。

冬場はさらに過酷でした。ダウンジャケットの内側に何枚も着込み、完全防備で臨んだつもりでも、海上で冷やされた風に容赦なく体温を奪われます。手袋の内側で指先の感覚が薄れていくのがわかり、吹き荒ぶ強風を避けることもできない橋の途中では休憩する気にもなれず、とにかく早く渡りきりたいと念じながら運転に全神経を集中しました。

さて、『白バイガール 爆走!五輪大作戦』です。

白バイ隊員たちの活躍を描く小説だけに、クライマックスでは毎回オートバイでのチェイスシーンを用意しています。活字を追いながら、読者自らがバイクを駆って横浜の街を走り回っているような感覚を味わって欲しいと願いつつ、執筆しています。主人公と同じようにハラハラドキドキしながら一気に読み切り、気づけば手に汗を握っていた。そんな読書体験を提供したいです。

ところが、そのためには大きなハードルが存在します。僕は二輪免許を持っていないのです。二輪免許を持たない小説家が白バイの小説を書く。かなり難儀だし、作品を世に送り出すときには、オートバイ描写に誤りがないか、オートバイ好きの方が鼻白むような記述をしていないか、いつも戦々恐々としています。いっそ二輪免許を取得しようかと考えたこともありますが、忙しさにかまけて行動に移せないまま、ついにシリーズも5作目となってしまいました。よくもまあ、オートバイの操縦方法もわからないまま5作も書いてきたものです。

ともあれ、二輪免許未取得の小説家がオートバイのチェイスシーンを描くには、おそらくオートバイを操縦しているのに近い感覚がえられる(と僕が勝手に思う)経験を総動員する必要があります。

そこで冒頭のエピソードにつながるわけです。

自動車や自転車の運転、ジェットコースター等のアトラクション、カーレースのテレビゲーム。オートバイで速度を出す感覚に近いものを味わえそうな行為はいろいろ浮かぶし、参考にしていますが、たぶんあの、熊本港大橋を原付スクーターで渡ったときの感覚、少しでも気を抜いたら、ハンドル操作を誤ったら大事故につながる、そしておそらく自分の命はないという、あの緊張感が、自分の人生経験の中では一番じゃないかと考えて、『白バイガール』シリーズのクライマックスを描くときにはいつも思い出しています。

その甲斐あってか(?)、今回もこれまで以上にスケールが大きく、手に汗握るクライマックスを作れたと自負しています。

本当にフルスロットルで公道をかっ飛ばしたら白バイに捕まりますが、読書なら法を犯すことなく、安全に、その爽快感が味わえます。オートバイに乗る人も乗らない人も、バーチャル危険運転をぜひともご体験ください。

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