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隙あらば「伏線とギャグ」を

東川篤哉『君に読ませたいミステリがあるんだ』刊行記念インタビュー
隙あらば「伏線とギャグ」を

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聞き手/千街晶之 撮影/泉山美代子

◆読者を騙すための舞台「鯉ケ窪学園」

――『君に読ませたいミステリがあるんだ』は、鯉ケ窪学園シリーズとしては『探偵部への挑戦状』(2013年)以来、久しぶりの新刊です。今回の作品は、どのように生まれたのでしょうか。あと、前作からあいだが空いた理由も、差し支えなければお聞かせください。

東川:そもそも、この連作のミステリのトリックというか、最後のオチがあるじゃないですか、まずそれを思いついたんですよ。たぶん『純喫茶「一服堂」の四季』を書いているころだったと思うんですが。で、それをやるには、学園を舞台にしたほうが上手く読者を騙せるんじゃないかと。だったら鯉ケ窪学園シリーズでやるのがいいんじゃないかなと思ったんです。

だから、「鯉ケ窪学園シリーズの新作を」と依頼があった時にそれを書こうと思ったのですが、なぜか年に一回の連作になったんですよね。その経緯はよくわからないんですけど(笑)。僕は今忙しいですみたいな感じで、断ったわけじゃないけど、もうちょっとあとに……みたいなことは言った記憶があるんですが、当時の担当の方がそれをどう解釈したか、年一回の連作にしましょうみたいなことを言われて。それで結局、五話書くのに五年かかったんですね(笑)。だから前作からあいだが空いたわけです。

でも実際書いてみると、年一回って書きにくかったですね、去年書いた設定とか、どんな伏線を張っていたかとか忘れてるから(笑)。もうちょっと集中して書けば良かったのかもしれません。

◆初めて「作中作」ミステリに挑んで

――今回の作品では、鯉ケ窪学園第二文芸部の部長・水崎アンナが、自分の書いた犯人当てミステリの原稿を語り手の「僕」に読ませる……というかたちで話が進んでいきますが、東川さんにとって、作中作ミステリは初めてですよね。

東川:初めてですね。

――それまでの書き方と勝手が違ったみたいなことはありますか。

東川:いや、それはべつに。……作中作に移るまでに、アンナが「僕」にミステリを読ませる展開に持っていかなければならないというのは毎回考えどころでした。そこはちょっと面白く書けたんじゃないかなと思います。

――水崎アンナの手による作中作ですが、読み終わったあとで「僕」が突っ込みを入れられるよう推理の穴を用意しておかなければならないとか、素人の高校生が書いたものだから巧すぎてはいけない……といったあたりは意識されたのでしょうか。

東川:それも考えたんですけど、結局、普通に書いてもどうしても辻褄が合わないところが何カ所か出てくるものです。そこをあとで「僕」に突っ込ませるみたいなことはお約束で毎回やっていましたが、決してわざと下手に書いていたわけでは(笑)。突っ込みどころを先に考えて書いたわけではなく、書き終えたら「ここ、なんか弱いな」というところが見つかって、それを「僕」に突っ込ませるという、そういう感じで書いてましたね。

東川篤哉

――毎回、作中で動機が言及されていないという点については。

東川:あれはわざとですね(笑)。そもそも動機について読ませる作品でもないという感じで、途中からはわざと動機については適当にデッチ上げる感じで書きました。

――鯉ケ窪学園シリーズは、長篇では殺人事件が起きているものの、霧ケ峰涼が登場する短篇のほうでは起きていません。ひとつの学園で頻繁に殺人が起きるとどうしても不自然になってしまいますが、作中作というかたちにすれば、いくら殺人事件を起こしても不自然ではない……という狙いもあったのでしょうか。

東川:それはたしかに。そうですね、狙ったわけじゃないけど、作中作だからいくらでも人が死んで大丈夫というのはありましたね。ただ、霧ケ峰涼シリーズでも、人が死んでないだけで、傷害事件は沢山起きていて、ギリギリ命が助かってるだけですから(笑)。

――作中作を扱ったミステリの先例は何か意識されましたか。

東川:そんなに読んでないからなあ(笑)。作中作を書こうと思ったというよりは、あのトリックを書く時にどうしたらいいかなと考えて、そうならざるを得なかったという感じです。何か物語の周りにフレームがあれば勘違いさせられるかな、というところから思いつきましたね。

――まずトリックのために作中作という設定が生まれ、そこから学園ものにするという発想が生まれ、更にそこからああいう小説を書くのはどんな人物かという発想から、水崎アンナというキャラクターが生まれたわけですね。

東川:そうですね。

◆キャラとタイトルが生まれるまで

――水崎アンナのキャラクターとしての肉付けはどのように行われたのでしょうか。

東川:まず先に名前だけ……水先案内人という意味での名前をつけて、あとは勝手にこういうキャラになった感じです。水崎アンナはこういうマイペースな女性キャラですが、僕の書くユーモアミステリの場合、おとなしい文学少女ではあんまり笑いにはならないですから。

「僕」のほうは、最初は霧ケ峰涼のつもりで書いていたんですが、最終話近くなってどうでも良くなって(笑)。どうでもいいというか、これは誰と決めつけないほうが、かえってこの作品には合ってるなと。だから、一人称は「僕」ではあるんだけど、男とも女とも決めつけてないし、それこそ霧ケ峰涼みたいな「ボクっ娘」かもしれないという感じで。それは最初霧ケ峰涼のつもりで書いていたからそうなってるんですが、結果的に女性ということも書いてないし、スカートをはいているともズボンをはいているとも描写はありません。

――「僕」を霧ケ峰涼として読んでも問題はないという書き方ですね。

東川:むしろ、そう読んだほうがしっくり来ると思うんですよね。だって密室の文芸部に二人きりでいる描写がちょいちょいあるんで、あれは男の子じゃないみたいな……。男の子だったら、もうちょっと違うリアクションだろうと。あれは女性を想定して書いてるからああなったわけです。ただ、男性と想定して読んでもらっても全然構わないですし、要するに、読者が「僕」と限りなくイコールの立場で読んでもらうのが一番いいと思います。

――ところで、タイトル『君に読ませたいミステリがあるんだ』は、執筆当初から頭にあったのでしょうか?

東川:いいえ。当初、念頭にあったのは『鯉ケ窪学園の事件簿20XX年』みたいなタイトルでした。ところが最終話でアンナが「僕」にこの台詞を口にする場面があって、それを書いた瞬間に、ああ、これをタイトルにしようと思いついたんです。けれど書き終えたころには、そのことをすっかり忘れていて……最終話のゲラを直しているときに、ようやく思い出して、無事このタイトルに決まりました。

――アンナと「僕」の関係性を象徴しつつも、広くミステリファンの心に響きそうな、印象的なタイトルです。話は変わりますが、舞台が普通の文芸部ではなく第二文芸部なのは何か理由があったのでしょうか。

東川:第二じゃなくても良かったんですけど、王道の文芸部じゃないという感じですかね。そもそも普通の文芸部というのもよくわかっていないですから(笑)。

――石崎先生や足立駿介がちらっと出てきたり、祖師ケ谷大蔵と烏山千歳の刑事コンビが出てきたり、霧ケ峰涼シリーズとのリンクもいくつかありましたね。

東川:もっと入れても良かったのですが、〆切と(笑)、トリックと伏線を考えるのが精一杯で、過去の作品とリンクさせるのはなかなか……。本当は探偵部の三人組も出したかったんですが、そこまでの余裕は……体育祭のシーンで足立駿介を出しましたけど、それくらいですね。/p>

◆隙あらば「伏線とギャグ」を

――メインの仕掛けに関する伏線の張り方なんですけれども、気づかれるかどうかという、結構ギリギリの線を狙っている印象を受けました。

東川:伏線の張り方は自分でも書いていてかなり混乱しましたからね。難しいですよね……第二話の作中作の冒頭の伏線なんか、最初僕も勘違いして、変なことを書いてしまって、編集の方から指摘されて直したんですけど。とにかく途中でバレるのは興ざめだろうと思うし、かといって隠してばかりでもしょうがないといったところで……。

――アリバイトリックを扱った作品が多かったですけれども、これは意図的なものでしょうか。

東川:僕の小説は単純にアリバイものの比率が高いですよ。同じものばかり書いていると正直思うので、違うものも書こうと思うんですが、どうしてもそうなってしまうのはなんでですかね(笑)。本当は密室とかアリバイじゃないものも書こうと思うんですが、密室でもアリバイでもないけど不可思議な謎を書こうと思うと、むしろそっちのほうが難しいんですよね。そうすると結局アリバイトリックが増えてしまう……。

――東川さんの作品は伏線や手掛かりをギャグに紛れ込ませるのが作風の特色で、今回もその技が活かされていますが、まず伏線なり手掛かりなりを考えて、そのあとでギャグを考えるのでしょうか。

東川:順番から言ってもそのはずですが、たまには逆もあって、ギャグっぽいシーンを書いていて、偶然ここで情報を出せるな、みたいなことに気づくとか……。本当は、こちらのほうが理想ですよね。この情報を読者に与えなければならないという時に、それを紛れ込ませるためのギャグを考えると、不自然になりがちというのはあるんですよね。

――全体にギャグそのものはどのように思いついているのでしょう。

東川:どうでしょう……隙あらばという感じですかね。どの場面でも、ここで何かできないかみたいなことは常に考えているので、隙あらば笑える方向に持っていこうと考えていると何かしら思いつく、みたいな感じですね。最初からこういう笑いの方向でやっていこうという感じではなく、話の流れの中で考えるほうが自然になるし、そっちのほうが面白いギャグになりますね。

――今回の作品に限らず、学園ものならではの書く楽しさとは何でしょうか。

東川:僕も五十代だから、難しいですね(笑)。ただ、独特の呑気さ、気楽さですかね。社会人とは違うノリというか。特に今回は殺人といっても作中作の話なので、全く深刻にならずに済む。それが学園ものの良さですかね。

◆『medium』にすっかり騙された

――今回の新作の発売に合わせて、東川さんが選んだ「君に読ませたいミステリフェア」のラインナップが発表されています。これは、エラリー・クイーン『エジプト十字架の謎』、ディクスン・カー『妖魔の森の家』、横溝正史『本陣殺人事件』、泡坂妻夫『亜愛一郎の狼狽』、島田荘司『斜め屋敷の犯罪』、有栖川有栖『マレー鉄道の謎』、綾辻行人『時計館の殺人』、大山誠一郎『密室蒐集家』、阿津川辰海『透明人間は密室に潜む』、浅倉秋成『教室が、ひとりになるまで』という十冊で、海外の古典から今年の国内の新刊まで、また長篇あり短篇集ありで非常にバラエティに富んでいますが、どんな感じで選んだのでしょうか。

東川:以前、岡山の本屋さんから十冊選んでくださいという依頼があって、その時選んだものが元になっていますが、最近の三作……大山さん、阿津川さん、浅倉さんのだけ入れ替えました。難しいんですよね……まず僕はそもそも新しいものを読んでないという問題があって、かといって古いものばかり薦めてもどうなのだろうと……新本格以降のほうがいいのかなとか考えたりして。

でもやはり古い作品も読んでほしいし。わりとオーソドックスじゃないですか、実はみんな知らないだろうけどこんな作品があるというのをお薦めするのもいいんだけど、みんなが知らない作品は僕も読んでないし(笑)、わりと平凡なチョイスになっている気がしますけど。

――読者としてミステリを読む際に、特に意識することはありますか。

東川:僕はとにかく、わりとガチで犯人は誰かとかトリックはどうかとか、それを見破りたい一心で読むので、キャラクターとか意外とどうでもいいんですよね(笑)。作者が用意した結末を見破りたいから読む。

――「読者への挑戦」があると燃えたりとか。

東川:そうですね。でも解けたためしはないです(笑)。最近、相沢沙呼さんの『medium 霊媒探偵城塚翡翠』を読んで、明らかに何か仕掛けがあるなと思ったんだけど、全然解けなかったですね。なんでこんなに簡単に騙されるんだろう(笑)。

◆「理想のミステリ」に近づいた作品

――書き手として重視することと、読み手としてミステリに望むことは一致しますか、それとも別でしょうか。

東川:どうでしょう、一致してるんじゃないかな。トリックに対するこだわりみたいなものは読んでても書いててもずっとありますね。自分が作家になると、ミステリの作者が何をやろうとしているかをつい考えながら読んでしまいます。根本的な作者の狙いを見抜こうと思って読んでいて、書く側になるといかにそこに気づかせないかを気にしながら書いている感じがしますね。

――今まで書かれたミステリの中で、ご自身の理想に最も近づいた作品はどれでしょうか。

東川:『館島』かもしれないですね。『交換殺人には向かない夜』もいいと思うんですけど、読者がある程度結末に気づけるかというとそういう書き方はしていないので、驚きはあると思いますが、本格かどうかは微妙だと思っていて。そういう意味では『館島』かなあ。あと『探偵さえいなければ』は理想かどうかわからないけど、ギャグとミステリ的要素の融合がいい感じに書けたと思います。

――最後に、今後のご予定についてお聞かせください。

東川:今年十月ぐらいに、KADOKAWAから連作短篇集が出ます。それは谷根千を舞台にした、「日常の謎」じゃないけど、ちょっと日常寄りのミステリになります。そのあとは、たぶん年末か来年ぐらいになりますが、幻冬舎の探偵少女アリサのシリーズが、三冊目で完結篇となります。つい先週書き終えたところで、ヘトヘトになりましたね(笑)。

それから、小学館で『謎解きはディナーのあとで』の新シリーズを連載中なのですが、これも来年の前半には本になると思います。あとは東京創元社の『仕掛島』を出さないといけないのですが、連載が終わってから、改稿すると言って全然やっていない。来年には出さないとさすがに怒られると思うんで(笑)。

あと、実業之日本社でやっているプロ野球ミステリの連作があります。これも今年中にあと二作書いて、そのうち本になるのですが、今年はプロ野球がこういう状態なので、ペナントレースを最後までやるのかどうか、ちょっと危機感がありますね。まあ、その時はその時で、今年のプロ野球の話題について書いて、来年には出ると思います。

――ありがとうございました。

(2020年7月6日 都内にて)

東川篤哉
ひがしがわ・とくや
1968年広島県生まれ。岡山大学法学部卒。2002年、カッパ・ノベルス新人発掘シリーズ『密室の鍵貸します』でデビュー。11年、『謎解きはディナーのあとで』で本屋大賞受賞。ユーモア本格ミステリ屈指の書き手として幅広い世代から愛されている。著書に、『館島』『交換殺人には向かない夜』『放課後はミステリーとともに』『探偵部への挑戦状 放課後はミステリーとともに』『ハッピーアワーは終わらない かがやき荘西荻探偵局』『伊勢佐木町探偵ブルース』『魔法使いと最後の事件』など多数。

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