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「東川先輩に会いに行こう!」阿津川辰海

東川篤哉『君に読ませたいミステリがあるんだ』刊行記念エッセイ
「東川先輩に会いに行こう!」阿津川辰海

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いま注目の新鋭ミステリ作家、阿津川辰海さんが、東川篤哉さんと〈鯉ケ窪学園〉シリーズについて語り合った。

シリーズ新刊『君に読ませたいミステリがあるんだ』は、新入生の「僕」が、第二文芸部の水咲アンナ先輩の自作のミステリ小説に突っ込みを入れるのが読みどころ。作中のやりとりさながらの先輩・後輩の対面を、阿津川さんがエッセイに綴った。

***

脳ミソまで溶けそうな暑気が立ち込める八月の某日に、僕は都内の出版社に向けて足を進めていた。なぜこのクソ暑い真夏にクソ暑いスーツを着なければいけないのか。なぜクソ暑い真夏にクソ暑い歩道を歩かなければいけないのか。なぜ真夏はクソ暑いのか。

理由は単純――東川篤哉先輩に会いに行くためだ。

僕のデビュー作が選出された新人発掘プロジェクト〈カッパ・ツー〉の選考委員が東川先輩で、仕事でもお世話になっている恩人であるが、それ以前に、僕は生粋の東川作品ファンである。

七月、東川先輩の〈鯉ケ窪学園〉シリーズの新作である連作短編集『君に読ませたいミステリがあるんだ』(以下、『君ミス』)が刊行され、ユーラモスに展開する作中作ミステリと、油断ならないラストの仕掛けに快哉を叫んだ。ツイッターで感想を呟いたら、〈鯉ケ窪学園〉シリーズについて、東川先輩に話を聞き、エッセイを書く仕事をもらったのだ。

実業之日本社の会議室で対面し、早速色々聞いていく。

鯉ケ窪学園シリーズは、長編が二冊(『学ばない探偵たちの学園』『殺意は必ず三度ある』)、短編集が三冊(『放課後はミステリーとともに』『探偵部への挑戦状』『君ミス』)刊行されている。ちなみにシリーズを読んでいなくても、『君ミス』から読んで一向に構わない。本シリーズは、転校生・赤坂通が「文芸部」の部室の門戸を叩くところからスタートするのだが、今作は新入生の「僕」が「第二文芸部」の扉の前に立つところからスタートする。まさに、シーズン2の開幕なのである。

このシリーズの最大の特徴として、「魅力的なシリーズキャラはいっぱいいるが、固有の探偵役はいない」ことが挙げられる。これが今作から読んで良い理由でもある。

東川先輩いわく、

「探偵役は決めずに書いていました。光文社刊の〈烏賊川市〉シリーズでも、しばらくは鵜飼杜夫ばかりが謎を解いていて、じゃあ鵜飼が名探偵かっていうと、それも面白くないなっていう。〈烏賊川市〉も短編では探偵役を決めてませんね」

僕は頷きながら、

「結果、それが良いアクセントになってますよね。僕は『お前が解くのかよ!』と驚くミステリが好きなんです。東川さんはその趣向がプロットにも生きて、誰が解くか分からないから最後まで狙いが読めない」

「顧問の石崎先生がいますが、いつも彼が解くわけじゃないですから」

「今回再読して、『殺意は必ず三度ある』の探偵役には、また驚いてしまいました。『お前が解くのかよ!』って」

「え、誰が解くんでしたっけ?」

「え?」

「え?」

僕は思わず手元の文庫本を三度見。「東川篤哉」の名を再確認する。決して東山とか南田とか違う作家の名前ではない。――いや先輩、あなたが書いたんですよねッ!?

作者すら忘れるそのインパクト。初読み読者はひっくり返ること請け合いだ。もちろん『殺意は必ず三度ある』の魅力はそれだけではなく、一読忘れがたい強烈なインパクトを残すトリックも凄いのだ。ユーモアミステリの傑作で超オススメ。いや、ホント、マジで。

「そういう意味では、『君ミス』の『水咲アンナ』は全編探偵役を務めていてすごいですよね」

「そりゃねえ、作中作だし、自分で書いてるからねえ」  東川先輩はニヤリと笑い、

「それに、特定の探偵役を決めないのにはメリットもあるんですよ。探偵役が誰か読者に分かってると、その人が何に注目したかとか、行動が全部伏線になっちゃうからね。『君ミス』では、アンナが何を見て真相に気がつくか、というそのヒントの出し方に腐心したんですよ」

なるほど、読者も驚けて、書き手もお得なメソッドなのだ。僕もいつかやってみよう。読者よ、ここで見たことはくれぐれも忘れるよーに。

僕は質問を変える。

「『放課後はミステリーとともに』『探偵部への挑戦状』は、バリエーション豊かな不可能犯罪、トリックを案出していますよね。おまけに人間消失とそれに類するネタは四回もあって、『君ミス』の『消えた制服女子の謎』も足すと五回。人間消失って考えるのが難しいと思うんですが、何がそこまで先輩を駆り立てるんですか?」

「駆り立てられてはいないんだけど……『制服女子』も堀江由衣さんのラジオでコンサートの〇〇〇〇にまつわる裏話を聞いて、そのネタをミステリに出来ないかと作っていって……だから、〇〇〇〇トリックのつもりで書いていて、あんまり人間消失ものの意識はなかった」

なるほどあれは堀江由衣ミステリだったのか(?)と何度も頷きつつ、僕は次の質問を打ち込む。

「東川さんの短編集の中には、『同じシチュエーション、同じ種類の謎』を設定するやつがありますよね。たとえば陸上部のスーパースター・足立駿介は〝『消えた凶器』殴打事件〟に二回遭遇します(『霧ケ峰涼の絶叫』『霧ケ峰涼と渡り廊下の怪人』)。UFO大好き残念系美人教師・池上冬子は〝謎の飛行体事件〟に二度遭遇(『霧ケ峰涼とエックスの悲劇』『霧ケ峰涼と十二月のUFO』)。二回目になると前回の事件の真相があるから読者のハードルも上がってしまう気がして、何がそこまで先輩を駆り立てるんだろうと思っていたんですが」

「だから君、駆り立てられてはいないんだけど……魅力的なキャラはもう一度出したい気持ちがあって、『渡り廊下の怪人』の場合は、体育祭の時期の事件だから、何か絡めて書けないか考えて、あのネタを思いついて、それなら足立駿介が再登場出来る……という順番でした」

てっきり何かに駆り立てられてどんどんトリックを生み出しているのかと思ったら、そうではなかった。フルスイングの質問してツーアウトの気分である。

つまりトリックが先にあって、どう見えるか、というプレゼンテーション・見せ方は後からついて来た。足立駿介が似た状況に立ち向かうのもその結果なのだ。

このあたりは、東川先輩と僕の、作品の作り方の違いもあるかもしれない。僕はどうしてもシチュエーション先行で、トリックを後から考えるタイプなのだ。

東川先輩にこの点質問をぶつけてみると、

「僕はトリックが先に出来ますね。見たもの、聞いたものをトリックに使えないかな、と色々考えているとネタが出来てくる。下関市の投げ釣りでよく起きる事件が〈烏賊川市〉シリーズの短編のネタになったり、イギリスの庭師がよくやるミスを扱ったニュースが『霧ケ峰涼の絶叫』では、『日本の学園ミステリでやるなら、こういう小道具だな』と作っていったりとか」

「日常の気付きを大切になさっている、と」 『君ミス』に登場する第二文芸部は、プロを目指す高校生の集団だそうだが、部室ではこんな創作論トークが交わされているのかもしれない。ちなみに作中では水崎アンナ部長一人しかいない。

最後に、どうしても気になった点をぶつけてみよう。

「ところで、『君ミス』の『僕』は霧ケ峰涼だと思いながら読み始めたんですよ。先の短編集で霧ケ峰は二年で、今回は『新入生』だから、シーズン2と見せかけて……という話だと思って。ですが、千街晶之さんとのインタビューで、霧ケ峰かどうか『途中でどうでもよくなった』と答えられていて……」

「やっぱり、そう読まれたんですか。結局あれは、そう読んでもかまわないくらいに留めてあるんですよね」 「最終的なオチにはしなかった、と」

「そうですね。あの『僕』が霧ケ峰涼だと確定しちゃうと、どうしても一つ、不自然なことがあるんですよ」

不自然なこと!? 僕は名探偵の解決編を待ち望むような高揚した気分で先を待った。

「だって今回の『僕』は、広島カープネタを全然喋らないじゃないですか」

「そ、こ、か、よ――ッ!!!」

真夏の会議室に絶叫が響き渡った――。

あつかわ・たつみ
1994年東京都生まれ。東京大学卒。2017年、新人発掘プロジェクト「KAPPA‐TWO」により『名探偵は嘘をつかない』(光文社)でデビュー。著書に『星詠師の記憶』(光文社)、『紅蓮館の殺人』(講談社タイガ)、『透明人間は密室に潜む』(光文社)。『紅蓮館の殺人』が各種ミステリランキング入りするなど、いまもっとも注目される本格ミステリの新鋭。

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